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覚せい剤で逮捕された「88歳」…薬物依存、逮捕を「生き直し」の機会にするために

2019年03月19日 10:21  弁護士ドットコム

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覚せい剤は「罰」を与えることで、やめさせることができるのか。そんな疑問を改めて感じる裁判が今年あった。


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2月8日、覚せい剤の所持・使用の罪に問われた88歳の男性に、金沢地裁(田中聖浩裁判長)は懲役2年、執行猶予3年の有罪判決を言い渡した。



報道によると、男性は覚せい剤だけで前科が12犯、刑務所には11回の服役経験があるという。88歳という年齢は過去10年間、石川県内で覚せい剤取締法違反で逮捕された人のなかでは最高齢とのことだ。



男性が社会で生き直すためには、なにが必要なのだろうか。薬物事件にくわしい菅原直美弁護士に話を聞いた。(編集部・吉田緑)



●再度の執行猶予「ハードルが高い」

「覚せい剤を所持・使用した場合、初犯は執行猶予、再犯は実刑という量刑の相場があります。法律上は出所後5年経てば、再び執行猶予をつけることができます。



しかし、再び執行猶予となるハードルは高く、現状では8から10年ほど経過していなければ認められないことが多い」と菅原弁護士は説明する。



報道によると、男性は前刑(最後に服役したとき)から11年以上が経過していたという。期間が空いていたことも考慮され、執行猶予がついたようだ。もし11年以上経っていなければ、実刑判決になった可能性も否めない。



菅原弁護士は「何回も刑務所に入るということは、罰を与えてもやめられないということです。それにもかかわらず、日本では厳しい刑罰が科されます」と問題視する。



「裁判所では、覚せい剤は『ダメ、絶対』という厳罰ありきの雰囲気が根強いと感じます。



治療的、ケア的な発想を持っている裁判官と出会うことはほとんどありません。しかし、過去に私が担当したケースでは、裁判官が治療的な視点を持っており、執行猶予中に再犯をした被告人に対して社会の中でやり直すチャンスを与えてくださり、非常に珍しい『再度の執行猶予』という判決を出してくれたことがあります。



今後はこのような裁判官が増えてくれたらと期待しているところです。



刑の一部執行猶予制度も厳しい刑罰であると言わざるを得ません。実刑期間が長いうえに、保護観察の期間が長期化しており、本人にとって負担が大きい制度となっています」



●刑務所内のプログラム「限界がある」

刑務所内では、覚せい剤や大麻などに対する依存がある人を対象に「薬物依存離脱指導」をおこなっている。



しかし、「犯罪白書」(平成30年版)によれば、覚せい剤取締法に違反して服役した人が再び刑務所に戻ってしまう割合(5年以内再入率)は他の罪名よりも高い。菅原弁護士によると、刑務所でおこなうプログラムには限界があるという。





「刑務所内のプログラムは、本人が受けたいから受けているのではなく、受けるようにいわれているから受けています。そのため、本当に覚せい剤をやめたいと思っている人もやめたくないと思っている人もプログラムに参加することになります。



反対に、社会の中でおこなわれるプログラムやミーティングに来るのは、刑務所とはちがい、本当にやめたいと思った人、たくさん悩んだ人、真剣な人がほとんどだと実際に服役を経験した人から聞いています。



また、刑務所内ではうまく自分を表現できなかったけれども、社会の中では相手を信頼して素直に話ができるという話もよく聞きます」



菅原弁護士は薬物犯罪を専門に扱うアメリカの裁判所・ドラッグコートに足を運んだこともある。ドラッグコートに参加すると決めた場合は刑務所に収容されることなく、社会の中でさまざまなプログラムを受けることになる。



日本でも同じように服役を回避し、社会の中での治療や支援につなぐべきではないかと菅原弁護士は訴える。



●必要なのは社会の中での「居場所」

執行猶予がついた88歳の男性は、社会の中で生きている。菅原弁護士は、彼が生き直すためには社会の中での「居場所」が必要だと指摘する。



「『ここにいていいよ』と言われるだけで、覚せい剤の使用が止まる人がいるとダルク(薬物依存症の回復支援をおこなう団体)のスタッフから聞いたことがあります。男性が覚せい剤の悩みを安心して話すことができる仲間につながってくれればいいなと思います。



また、覚せい剤の使用歴よりも、前刑から11年以上も使っていなかった、その期間はなぜ覚せい剤を使わなかったのかに注目するべきでしょう。男性が回復するためのヒントは、その使わなかった期間にもあるのではと思います」



●「犯罪者でいたい人はいない」恩師の教えを胸に

被疑者・被告人にどのような支援やケアが必要なのかを常に考えているという菅原弁護士。弁護士になったときから「更生に資するための弁護」を提唱した高野嘉雄弁護士の教えを胸に弁護活動をおこなっているという。



「被疑者・被告人も同じ人間。犯罪者でいたい人はいない。みんなあなたと同じように、より良い人生を生きたいと思って生きている。だからこそ、刑事手続きは被疑者・被告人にとって、より良い人生へと生き直す場にならなければならないーー。



高野弁護士には、このように教わりました。被疑者・被告人の人生をより良くしようと考えて弁護することは、その人の更生のためだけではなく、結果として社会全体を良くすることに繋がっていると思っています」



弁護士になってから1年後、成城大学の指宿信教授(刑事訴訟法)に出会い、海外で広まっている「治療的司法(therapeutic justice)」の研究も始めた。



「治療的司法は、被疑者・被告人の更生にとって必要な支援やケアを刑事手続きの中で考えて、それを提供するという司法観です。私がおこなっている弁護活動は治療的司法の実践だと思っています」



(弁護士ドットコムニュース)




【取材協力弁護士】
菅原 直美(すがわら・なおみ)弁護士
2010年12月弁護士登録。刑事弁護(薬物やギャンブルなどの依存症者の弁護、治療や支援の必要な弁護活動)に力を入れている。日本弁護士連合会・刑事法制委員会 委員。成城大学「治療的司法研究センター」客員研究員。
事務所名:多摩の森綜合法律事務所
事務所URL:http://www.tamanomori.com/