トップへ

『グッドワイフ』歴代日曜劇場作品と何が違う? 日本向けにローカライズされた物語から考える

2019年03月17日 11:21  リアルサウンド

リアルサウンド

写真

 TBS系の日曜劇場枠で放送されている『グッドワイフ』が最終回をむかえる。本作は弁護士の蓮見杏子(常盤貴子)を主人公にしたリーガルドラマだ。


 杏子は司法修習生の時に主席で卒業し、大手弁護士事務所に三年間務めていた。東京地検特捜部長の蓮見壮一郎(唐沢寿明)と結婚し、16年間専業主婦として家庭を守ってきたが、蓮見が収賄容疑で逮捕されたことをきっかけに、弁護士に復帰する。


 司法修習時代の同期・多田征大(小泉孝太郎)の尽力で、多田が神山佳恵(賀来千香子)と共同代表を務める神山多田法律事務所に仮採用されることになった蓮見。しかし、彼女が本採用になるためには同じく仮採用となった新人弁護士・朝飛光太郎(北村匠海)よりも高い成果を出さなければならない。


【写真】『グッドワイフ』クランクアップを報告!


 物語は、現場に復帰した杏子が徐々に仕事に慣れていき、毎回鋭い洞察力で難しい裁判に勝利していく姿を描いていく一方、収賄容疑で捕まった夫の壮一郎の冤罪を晴らすために奔走するという主軸のドラマが同時進行していく。


 一話完結の職業モノとしても連続ドラマとしても隙のない安定感のある作品だ。ただ、夫の疑惑を妻が晴らすという内助の功を描いた話かというと、二人の関係はやや複雑である。壮一郎は収賄容疑こそ否定しているが、ある女性記者と一夜を共にしたという浮気に関しては認めてしまう。


 杏子にとっては、検事として収賄をおこなったことよりも、浮気をして家族を裏切ったことの罪の方が大きい。杏子から見た家族を第一とする地に足のついた世界観と、壮一郎がみている天下国家の正義を第一だと思う検事たちの世界観が衝突する姿を、男と女の夫婦の対立として描いているのが本作の面白さなのだが、それが結果的に、日曜劇場で中年男性向けに作られてきた『半沢直樹』や『下町ロケット』といった池井戸潤原作の企業ドラマ(に登場する天下国家を語り仕事に没入するあまり家庭をないがしろにする男たち)に対する批評的な目線となっているのが、本作の隠れた魅力だろう。


 本作は2009~2016年にかけて放送された海外ドラマ『The Good Wife』をリメイクしたもので、設定や劇中に登場する事件はSeason1のエピソードを参照しているのだが、細かい部分は日本向けにローカライズされている。


 一番の違いは夫の州検事の女性スキャンダルの見せ方が明け透けで、えげつないところだろう。例えば海外ドラマ版では夫の浮気相手がコールガールで、トーク番組で夫との性行為を語る場面が登場する。このあたりは日本版とくらべるとかなり露骨なのだが、主人公のアリシアの性格がカラっとしていてタフなので、見ていて爽快ですらある。


 対して、日本版『グッドワイフ』には、ジメッとしたなんとも言えない奇妙な手触りが節々に現れる。これは杏子を演じる常盤の抑制された奥行きのある演技によることが大きいのだが、アリシアに比べると杏子は、主婦から弁護士という同じキャリアを辿っていても、どこか控えめでおとなしく、自分のことを強く主張するタイプではない。


 だが、一方で夫の浮気(=家族を裏切ったこと)に対しては、強い嫌悪感を抱いており、その一点においては頑固だ。弁護士としては聡明で、細かい目配せも効き駆け引きもできるのだが、絶対に譲れない頑なさを持っているのだ。


 印象に残っているのは第4話。夫の冤罪以降、疎遠となった親友の女性の息子を弁護することになり、容疑を晴らした後、その女性から「今度、ランチしない、また昔みたいに」「電話する」と言われるのだが、杏子は「口だけでしょ」「きっと電話なんかくれない。でもいいのよ。世の中なんてそういうものだって、私も気づいたから」と拒絶する。


 このエピソードは海外ドラマ版にもあり、物語の展開は同じなのだが、受ける印象はだいぶ違う。このシーンには杏子の頑なであることの強さと恐ろしさが同時に現れており、この人は「許せないものは絶対に許せない」という人なんだろうなぁと思わせる。


 杏子を演じる常盤は90年代から活躍する人気女優だが、こういう恐さをはっきりと見せるようになったのは、ここ10年くらいではないかと思う。中でも印象に残っているのは連続テレビ小説『まれ』(NHK総合)で演じたヒロインの母親・津村藍子だ。藍子は大泉洋が演じるダメな夫を支え、娘の夢を応援する優しくて明るいお母さんなのだが、時々、なんとも言えない恐い表情を見せるシーンがあったのを、今でも覚えている。


 この『まれ』の脚本を担当したのは、『グッドワイフ』と同じ篠崎絵里子だ。『まれ』とくらべると、本作はリーガルドラマというフォーマットに忠実な隙間のない作品で、本来ならば、あまり作家性が強く出るタイプの作品ではないのだが、物語の節々にジメっとした手触りが漏れ出す瞬間がある。それは紛れもなく篠崎の作家性で、このジメっとした人間の手触りこそが日本版『グッドワイフ』が持つ最大の魅力ではないかと思う。


(成馬零一)