2019年03月16日 09:41 弁護士ドットコム
「選択的夫婦別姓」の法制化を求める声が、地方議会を動かしている。三重県議会は3月15日、法制化を求める意見書を採択した。昨年12月にも、東京都の中野区議会、府中市議会で意見書が可決。同じく文京区でも3月1日、全会派一致で請願書が採択され、近く国に意見書が送付されることが決まっている。
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これらの地方議会に働きかけをしているのが、「選択的夫婦別姓・全国陳情アクション」のメンバーだ。事務局長で中野区在住の会社員、井田奈穂さんが中心となり、SNSでつながった仲間たちと昨年11月に立ち上げた。現在、北海道から沖縄まで70人以上のメンバーが各地で活動を行なっている。2月から3月にかけては、35以上の地方議会で法制化を求める動きがあった。
井田さんはこれまで、政治活動をしたり、夫婦別姓訴訟に関わったりしたことはない。しかし、自身や家族が改姓で悩んだ経験から、夫婦別姓問題に興味を持つようになったという。「夫婦別姓問題は、生活上の困りごとです」と話す井田さん。なぜ、地方議会に声を届けようとしたのだろうか。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)
もともと井田さんは夫婦別姓問題に興味を持ってはいなかった。しかし、2年前に再婚したことで、自分と子どもの改姓という問題に悩むことになる。井田さんが最初に結婚したのは19歳、学生結婚だった。井田さんは自分の姓を変えたくなかったが、周囲からは「長男の嫁」「夫より若い」、当時の夫からも「俺が女の姓になるなんて恥ずかしい」と言われ、改姓した。
その後、離婚したのを機に、旧姓に戻ることも考えたが、すでに元夫の姓で20年近く働いていたため、改姓すればキャリアが分断される。子どもたちも改姓を拒んだ。そこで、子どもたちと3人の戸籍を作ってシングルマザーになったものの、戸籍法にもとづいて「婚氏続称」の届け出を行い、そのまま元夫の姓を名乗り続けた。
転機が訪れたのは、現在の夫と「家族になろう」と決断した時だった。「当初は彼と結婚するつもりはなかったですが、彼が大きな手術を受けることになった際に、手術の同意書や入院の手続きなど、家族でない私には何もできませんでした。婚約者や事実婚の妻ですといっても、親族を呼んでくださいと言われてしまうことがわかりました」
それがきっかけとなり、井田さんは2017年2月、再婚した。しかし、再び改姓の問題が起きる。
井田さんは当時、「婚氏続称」で元夫の姓を名乗っていたため、夫が妻の姓を選んだ場合、夫婦が元夫の姓になってしまうというのだ。「もちろん、元夫の姓を選ぶことはできませんでした。一方、子どもたちは名前(元夫の姓)を変えたくないということで、私だけ夫の戸籍に入り、子どもたちだけの戸籍を残し、世帯は同じにしました」
結局、井田さんは再び改姓をせざるを得なかった。すると、予想以上に大変なことが起きた。
「名義を全部変えなければいけなくなりました。海外渡航のために期限切れのパスポートを新しい姓で取ったのですが、クレジットカードは旧姓のまま。海外ではIDの整合性が求められるため、クレジットカードの会社に電話したら、名前は変更できないので新しく取り直してほしいと言われました。
そうすると、クレジットカードに紐づいていた、あらゆる生活費の引き落としが変わってきます。銀行口座も同じです。生命保険、家賃、塾の費用、株や投資信託……。すべて変える必要がありました。子どもたちの社会保険、大学の奨学金まで関わってきますので、親子で合わせて100回くらいの変更手続きが必要だったと思います。コストもかかるし、苦痛すぎて。1/3の夫婦が離婚し、新婚夫婦の1/4はどちらか再婚の時代に、これはおかしいと思いました」
井田さんがその時に思い浮かべたのは、カナダで国際結婚をしている姉のことだった。
「姉は夫や子どもとは違う自分の姓を選び、何不自由なく家族と暮らしていました。それで調べ始めたところ、姉が住むケベック州では夫婦別姓が原則。誰も結婚で姓を変えません。さらに、夫婦が同じ姓でなければいけないという義務付けが残っているのは日本だけだと知りました。それはありえないだろうと。でも、法律を変えるためには、国会議員が立法するか、あるいは裁判をする必要があることもわかりました」
その時に丁度、流れてきたのが、サイボウズの青野慶久社長が2018年1月、夫婦別姓訴訟を起こしたというニュースだった。「この訴訟を応援するためには、自分ごととしてやらなければ、なにも変わらないとも思いました。自分の子どもたちの世代が自分と同じような思いをしないようにしなければ、と」
まず、井田さんはTwitterをはじめた。SNSで情報を交換するなど交流。そこでできた仲間とともに、「とにかくやってみよう。やるならば、与党として国会を動かす力を一番持っている自民党の議員さんに会ってみよう」と、まずは地元選出の松本文明・衆院議員を訪ねた。
「あなたたちの困りごとはわかるし、変える必要もあるのだろうけど、伝統的な家族観を持っている人たちが政治家の地盤を支えている。だから、あちこちで声を上げたほうがいい。政治家たちに有権者が望んでいることが示せるし、議員たちも地元の人が望んでいれば動く。党本部にも陳情に行くといい」
松本議員からそんな助言を受け、今度は地元の中野区議会の議員たちを紹介してもらった。自民党の区議からは陳情を出す方法を教えてもらい、昨年8月末に初めて提出にこぎつけた。これが端緒となり、12月には東京23区では初めて「選択的夫婦別姓制度の法制化を求める意見書」として可決されることになる。
「この動きは、あちこちの議会でできるのではないかと思いました。それから府中市(東京都)の議員の方に面会し、どれだけ困っているのかを説明するとすぐに動いてくださり、府中市議会でも12月に意見書が可決されました」
2つの議会に夫婦別姓を求める声を届けたことに手応えを感じた井田さん。全国の地方議会に広がれば、松本議員のいうように国政の動きにつながるかもしれないし、夫婦別姓訴訟の応援にもなる。そこで井田さんたちはサイトを立ち上げ、陳情や請願を呼びかけた。現在は70人以上のメンバーが、北は北海道から南は沖縄まで各地の議会に働きかけを行なっている。
「メンバーの中には、結婚して妻が夫の姓に改姓したけれども、辛すぎてペーパー離婚を決めたご夫婦も参加しています。また、結婚する予定だけど、婚約者の親から姓を変えろと迫られているといって、泣きながら電話をくれた子もいました。結婚するなとは言えませんが、とにかく行動を起こしてみよう、あと数年で変わるかもしれない。変わるまでがんばってみようと言っています」
井田さんが議員に面会する際に必ず伝えていることがある。
「私はずっと、『生活上の困りごとです』と説明しています。特に仕事している女性は困っています。改姓のために結婚をためらう人も少なくないです。日本は婚外子が出生数の2.3%と圧倒的に少なく、『結婚しなければ産みづらい国』でもあります。
もし政府が少子化対策や女性の活躍というのであれば、選択的夫婦別姓を認めてほしいと思います。それに、結婚できないことや、改姓による不利益は女性だけでなく、男性の問題でもあります。だから今、4つの夫婦別姓訴訟が起こされていますが、すべての原告に男性も入っていますよね」
また、改姓にかかる事務的コストも大きな無駄だという。
「国はマイナンバーに旧姓を表記するためのシステム改修に100億円もの予算をつけました。しかし、市町村でも改修に費用がかかるという国会答弁もあり、100億円では済みません。
また、一人を改姓させる手続きにかかる自治体の人件費だけでも最低3万円かかるという調査もあります。2017年には結婚が60万7000件。離婚は21万2000件で、そのうち6割が旧姓に戻りますので、さらにかかります。親の離婚再婚に伴って子どもが改姓しても、またかかります。
莫大なコストをかけて維持しているのが夫婦同姓です。現在、結婚する男性の96%は改姓をしていません。もし、選択的夫婦別姓を導入し、改姓を望まなければ、96%の男性同様、手続きが不要になりますから、自治体でも企業でも改姓にまつわるコストが減るでしょう」
井田さんたちが説明すると、「知らなかった」と納得してくれる議員も多いという。
「改姓は、社会的に死ぬことです。夫の姓になってうれしい人もいる一方で、私のように『望んでない名前で上書きされる苦痛』を感じる人もいます。よく、家族が分断されるという反対意見がありますが、『姓が同じほうが一体感がある』と思う人は、夫婦同姓を選べば良いだけです。
別姓婚が導入されている諸外国で、家族と姓が違うことが原因の社会問題は起きていません。この問題は、イデオロギーではなく、生活上の困りごとであり、男性も女性も困っているということを考えてほしいと思います」
井田さんたちの活動は今年だけですでに、35を越す地方議会に広がっている。都内でも現在、港区、武蔵野市などで陳情・請願の採択が続いているという。
来年度も積極的に増やして行く予定だ。また、3月31日には都内でイベント「誰もがHappyになれる『家族のかたち』を考えよう」を企画。夫婦別姓だけなく、同性婚を求める人たちとの合同イベントで、青野社長や夫婦別姓訴訟、同性婚訴訟の弁護団らが登壇する。井田さんたちは、2月から3月にかけての地方議会での活動を報告するという。
(弁護士ドットコムニュース)