2019年03月10日 10:21 弁護士ドットコム
選択的夫婦別姓を求め、ソフトウェア企業「サイボウズ」の社長、青野慶久氏らが国を相手取り訴えている裁判の判決が3月25日、東京地裁で言い渡される。
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この裁判は2018年1月、婚姻時に夫婦が別姓を選べない戸籍法は、平等を保障する憲法に反するとして、青野氏ら4人が国を相手に計220万円の損害賠償を求めて提訴したもので、国側は争う姿勢を示し、請求棄却を求めている。
夫婦別姓訴訟をめぐっては2015年12月、夫婦同姓を規定した民法750条は合憲とする最高裁判決が出ているが、青野氏らの訴訟を皮切りに、次々と夫婦別姓を求める裁判が起こされている。3月25日の判決は、最高裁判決から3年あまりを経て、夫婦別姓について裁判所があらためて示す判断となるだけに、注目を集めている。
判決の前に青野氏らの代理人である作花知志弁護士に争点を聞いた。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)
・氏には「民法上の氏」と「戸籍法上の氏」が存在する ・日本人同士の離婚の場合、通常は旧姓に戻るが、「戸籍法上の氏」を変えずに婚姻時の氏を使い続けることも可能 ・日本人と外国人の婚姻は通常は夫婦別姓だが、「戸籍法上の氏」を配偶者と同じにして、夫婦同姓にすることも可能 ・上の2点と異なり、日本人同士の婚姻の場合は、旧姓を「戸籍法上の氏」にできず、何の手当もないことは、憲法に定められた「法の下の平等」に反する ・3月25日の地裁判決で、多くの人が抱える不都合が消滅することを期待している
以下、作花弁護士との詳細なやりとりを紹介したい。
——日本では民法750条の規定により、夫婦同姓が義務付けられています。そして、離婚する時は、民法上は夫や妻は旧姓に戻ります。しかし、戸籍法にもとづく届出を行えば、婚姻時の氏を使い続けること可能です。今回の訴訟では、その戸籍法に着目し、主張の中で「民法上の氏」と「戸籍法上の氏」という概念が登場しました。これらは、どういうものなのでしょうか?
「よく知られているのは、民法767条と戸籍法19条の『戸籍法上の氏』です。日本人同士の婚姻の際に、民法750条にもとづいて氏を変えた方は、離婚すると民法上は当然に旧姓に戻ります(民法767条1項の「復氏」)。
でも、婚姻時の氏を離婚後も称したい方は、戸籍法に基づく届出をすれば、その婚姻時の氏を法律上の自分の氏として称することができるのです。運転免許証、健康保険証、パスポートなど、全ての法律上の氏が、その『戸籍法上の氏』になります。この『戸籍法上の氏』を称する制度は、先ほど説明した離婚後に婚姻時の氏を称する場合の他にも設けられています。
それは日本人と外国人との婚姻と離婚についてです。日本人と外国人が婚姻した場合には、民法750条が適用されずに、夫婦別姓となります。でも、同じ氏を称したいと考えた場合には、日本人が戸籍法にもとづく届出をすれば、外国人の配偶者の氏を『戸籍法上の氏』として称することができるのです(戸籍法107条2項)。
また、その外国人の配偶者の氏を『戸籍法上の氏』として称している日本人が、その外国人と離婚した場合、そのまま外国人の配偶者の氏を『戸籍法上の氏』として称し続けるか、それとも日本人としての『民法上の氏』を称するのかを選択することができます(戸籍法107条3項)」
——しかし、日本人同士の婚姻の場合は、姓を変更した配偶者の旧姓を『戸籍法上の氏』とすることは、民法も戸籍法も認めていません。
「そうです。婚姻と離婚の場面は、(1)日本人同士の婚姻、(2)日本人同士の離婚、(3)日本人と外国人の婚姻、(4)日本人と外国人の離婚の4つの場面が存在しています。民法と戸籍法は、(2)(3)(4)の場面では戸籍法上の氏を称することを認めて、氏についての不都合が生じないように手当をしているにも関わらず、(1)の場面では、氏についての不都合が生じないための手当が、一切行われていないことになります。
それはまさに、戸籍法に『法の欠缺(けんけつ)』が生じており、その結果、氏の保護について不均衡が生じているわけです。今回の訴訟で、その『法の欠缺』は、憲法14条1項や憲法24条2項が規定する法の下の平等などに違反している、と主張しています。
また、訴訟で原告側は、戸籍法を改正して『法の欠缺』を埋めようとしない国会(国会議員)の立法不作為は国家賠償上違法である、国会(国会議員)が戸籍法に、『婚姻により氏を変えた者で婚姻の前に称していた氏を称しようとする者は、婚姻の年月日を届出に記載して、その旨を届け出なければならない』という条文を一つ設ければ、『法の欠缺』は埋まるのだ、とも主張しています」
——もし、それが実現すればどうなるのでしょうか?
「その立法が実現されれば、日本人同士の婚姻に際して定められる氏が、いわばファミリー・ネームとなります。それは戸籍筆頭者の氏です。よって、家族が氏で分断されることはなく、子の氏が決まらない事態も生じないのです。
その上で、戸籍法上の氏により旧姓を称したい方は、そのファミリーネームの上に、戸籍法上の氏としての旧姓が重なる結果、運転免許証、健康保険証、パスポートなど、全ての法律上の氏が、その戸籍法上の氏になります。
また、戸籍法上の氏は、夫婦の制度ではなく、氏の不都合を避けるために設けられた個人のための制度になりますので、戸籍法上の氏として旧姓を称することについて、配偶者の同意は不要になります」
——このほか、原告はどのような主張をしていますか?
「この訴訟では、いくつかの、とても興味深い主張を、原告側から行っています。
その一つが、『選択的夫婦別姓制度を設けていないことで、プライバシー権侵害が生じている』という主張です。民法750条は婚姻の際して夫婦の氏を定めることを義務付けており、夫婦となる一方は必ず氏が変わることになります。その結果、氏の変動により、あの人は婚姻したのだ、離婚したのだ、再婚したのだ、ということは、本人の意思に反してでも周囲に伝わることになります。
アメリカの法律では、就職の面談に際して婚姻状況を問うことは禁止されています。また日本でも、女性の教師が授業をしている際に、その授業に参加していた男性の教師が『先生、結婚していないのですか』と聞いたことを理由として、懲戒処分を受けた事件がありました。
それは、日本においても婚姻状況がプライバシー情報であり、意思に反して開示を求めることは許されないことを意味しています。これらの例を挙げて、日本人同士の婚姻に際して氏を変えた方が、氏の変動によって婚姻状況の開示を義務付けられることはプライバシー権侵害である、そのプライバシー権侵害は日本人同士の婚姻に際して氏を変えた方が、旧姓を『戸籍法上の氏』として称することを認めることで守ることができるのに、国会(国会議員)はの立法を怠っている、と訴訟では主張しています。
また、最近は急速に少子化が進んでいます。その結果、選択的夫婦別姓を認めていない現在の法制度においては、日本の伝統であり家族の象徴である『氏』の数が、どんどんと減少していくことになります。逆に、選択的夫婦別姓制度を設けることで、少子化に伴う『氏』の減少を防ぐ効果が生まれます。それも訴訟で主張していることです。
——原告の主張に対し、国側はどのような反論を行っているのでしょうか?
「被告である国は、まず戸籍法6条『戸籍は、市町村の区域内に本籍を定める一の夫婦及びこれと氏を同じくする子ごとに、これを編製する』という条文について、現在の家族単位の戸籍において、夫婦別氏の記載をすることは許されない、との主張を行っています。
しかしながら、同条で『氏を同じくする』と規定されているのは、『子』についてであって、『夫婦』については、『氏を同じくする』との規定は存在していないのです。戸籍法6条は、夫婦別氏制度を容認していることは明らかです。
さらに、そのような指摘をした国の行政機関の担当者の論文が存在しています(昭和36年に法務省に入省し、同民事局補佐官、東京法務局人権擁護部第二課長等を歴任した澤田省三氏の著書『夫婦別氏論と戸籍問題』(ぎょうせい、平成2年)172頁以下)。
また、国は『戸籍法は民法の手続法であり、民法750条を改正せずに、戸籍法だけ改正して、夫婦別氏制度を導入することは法律上認められない」と主張しています。
しかしながら、『戸籍法上の氏(呼称上の氏)』は民法の特則ではなく、戸籍法107条の特則です。その意味で、『戸籍法上の氏(呼称上の氏)』による規定を設けるために、民法改正は不要であることは明らかです。そのことを指摘した国の行政機関の担当者の論文が存在しています(法務省民事局第二課戸籍総括係長を務めた青木惺氏の『民法上の氏と呼称上の氏について』家庭裁判月報第41巻第5号125頁)。
さらに、2015年の選択的夫婦別姓訴訟の最高裁判決は、日本人同士の夫婦について、民法750条を合憲であるとした上で、『民法750条に基づいて氏を変えた者は、通称を使用することが許される』と判示しています。この判決は、本来なら戸籍上存在しない氏を、通称使用することに法的根拠を与えた規定である、と評価することもできます。
とすると、最高裁判決は、日本人同士の夫婦について、民法750条に基づいて氏を変えた者は、通称を使用することが許される、と判示したのであるから、その立場からすると、民法750条の改正を行うことなく、通称使用に法的根拠を与えた存在である『戸籍法上の氏(呼称上の氏)』による、選択的夫婦別氏制度を導入することは、なんら違法ではないことは明らかです。
国は、最高裁判決を主張の根拠として引用したのですが、実はその判決は、原告側の主張の根拠となる内容なのです」
——この訴訟の意義と判決への期待は?
「2015年の最高裁判決は、民法上750条の夫婦同氏規定を合憲と判示したのですが、その後国の行政や最高裁では、通達により旧姓で国家文書を作成することを認めるようになりました。それは、旧姓により仕事や社会生活を過ごすことを希望される方がどれだけ多くいらっしゃるのか、さらには、選択的夫婦別姓制度が設けられていないことでどれだけ多くの不都合が生じているのかを、如実に示しています。
仮に、戸籍法上の夫婦別姓訴訟での主張が認められれば、『戸籍法上の氏』として法律上旧姓を自分の氏として称することができるようになりますから、その氏のついての不都合は消滅することになります。
さらに申すと、自分の名前は、親が氏を含めた画数や響きを考えてつけてくれた贈り物です。現在の夫婦同氏義務付け制度は、夫婦の一方が氏を変えることを義務付けられることで、その親からの贈り物である名前を変えざるをえないのですが、戸籍法上の氏として法律上旧姓を自分の氏として称することができるようになりますと、そのような事態も生じないことになります。
訴訟では、担当の裁判官3名の合議体が、とても熱心に訴訟を進行してくださいました。多くの傍聴の方々が毎回いらしてくださり、昨年12月5日に行われた原告の青野さんの尋問の際には、傍聴席に座れない傍聴希望者の方が出るほど、多くの方がいらしてくださいました。おそらくそのような姿を見た裁判長が、3月25日の判決の言い渡しの際には、より多くの方が傍聴席に座れるようにと、判決言い渡しの法廷を、東京地裁で一番大きな103号法廷に変更してくださいました。
私自身も、この訴訟を担当することで、多くの方の氏についての思いを感じる毎日を過ごしてきました。その方々の思いと願いをかなえるような判決を、3月25日の判決言い渡しの際に聞きたい、と強く願っています」
(弁護士ドットコムニュース)