トップへ

異色のNHKドラマ『ゾンビが来たから人生見つめ直した件』 櫻井智也の“劇作家”としての脚本作り

2019年03月09日 14:01  リアルサウンド

リアルサウンド

 NHKが本格的なゾンビものをオリジナルで制作し、ドラマファンを驚かせ熱狂させている『ゾンビが来たから人生見つめ直した件』。最終回を前に、このドラマの脚本を執筆し、そのクオリティの高さで一躍注目を集めた櫻井智也にインタビュー。そこにはドラマの登場人物そのままに葛藤する男がいた! (小田慶子)


■「ゾンビも人間に戻るかもしれない」という出発点


――櫻井さんは本作が連続ドラマを単独執筆した初めての作品になりますね。なぜゾンビものを、しかもNHKでやることになったのですか?


櫻井智也(以下、櫻井):僕はMCRという劇団を主宰していて、その公演でもゾンビものをやったことがあります。だから、もともとゾンビという題材は好きなんですが、今回はNHKのプロデューサーさんから「ゾンビものをやりませんか」と声がかかって連続ドラマとして書くことになりました。ゾンビものは完全に浸透していますが、そもそもの設定を作り出したのはジョージ・A・ロメロ監督の映画『ゾンビ』ですよね。その中で主人公たちがヘリコプターで街から脱出する途中、一般の人たちが、ゾンビを銃で撃つのを楽しみながらバーベキューをしているところを見かけるんです。初めて見たときからその場面を「怖いな」と思っていて、このドラマではそういう恐ろしさを炙り出せるかなと思いました。


――人間であったものがゾンビになった瞬間に人間として扱われなくなる。そういう怖さでしょうか?


櫻井:日本では仏壇を置いてお供えをするなど、死んだ人を丁寧に敬うじゃないですか。それに比べると、アメリカのゾンビ映画では途端に尊厳がなくなるというか、死者をすごくぞんざいに扱うなって思ったんです。実は僕の父が2年前に死んで、亡くなるとき、僕が付き合っている彼女と一緒に手を握っていたら、彼女の方だけ強く力を入れてきた。ほぼ意識はないはずなんですが、明らかに僕が握っている手はスッカスカで(笑)、親父はきっと女の子の手をぎゅっと握りたかった。そのとき、「人間、最期まで自我があるんだ」と思いました。そう考えると、ゾンビの扱いも難しくなってきますよね。もし、僕がこのドラマの舞台であるあの町にいたら、「今、起っている現象はゾンビじゃないかも」と思うんじゃないか。もしかしたら“ゆっくりくん”たちはゾンビじゃなくて病気で、後で元の人間に戻るのかもしれない。そのとき「俺、あいつに殴られた」って訴えられたらつまんねえなと理性が働いて、ゾンビでも殴ったりできないだろうと……。これが昭和40年代ぐらいの暴力事件が多かった日本だったら、みんな迷いなく殴っていると思うんですけれど(笑)。


――コンプライアンス意識の浸透した2019年の日本ならではのゾンビものということですね。ゾンビ化するときに体の中からパイナップルの匂いがしたり、ゾンビの攻撃をビニール傘で防いだりという描写も新鮮かつリアルでした。


櫻井:パイナップルを食べたときのイガイガした感じがゾンビっぽいなというのはもともと僕の中の設定としてありました。ゾンビがグリーンの体液を吐くというのも書きました。あとは、現場でディレクターさんたちが意見を出し合いながらみんなでゾンビものを楽しんで作っている感じはありました。スナックのママをあの葛城ユキさんにお願いするというのもプロデューサーのアイデアです。


――キャスティングの際、櫻井さんから「この役をこの人に」というリクエストしましたか?


櫻井:尾崎役の川島潤哉さん、ピザ屋役の阿部亮平さん、広野役の山口祥行さんは、脚本の段階からイメージして書いていたので、お願いしました。尾崎とピザ屋のコンビでは、ゾンビの世界になったから逃げまどう人たちとチャンスだと思う人たちの対比を描きたかったんです。実はそんなにテーマ性は意識していなかったんですが、何かテーマを背負っているとしたら、川島さんが演じた“尾崎乏しい”じゃないかな。そして、神田役の渡辺大知さんと小池役の大東駿介さんは早い段階でゾンビ化してしまったんですが、僕はもうその熱演に感動して、ちゃんとやってくれているんだなぁって感じ入りました(笑)。演劇界の重鎮である岩松了さんがお父さん役をやってくださったのもすごいこと。でも、今回、初めて岩松さんにお会いして、「櫻井くん、劇団をやっているんだって?」と聞かれ、劇団名を言ったらご存知なかったので「これは岸田國士戯曲賞の受賞はないな」と思いました(笑)。岩松さん、選考委員ですから。


――その岩松さん演じる父と原日出子さん演じる母、そして主人公のみずほ(石橋菜津美)と妹という4人家族が群像劇の中心にありますよね。家族へのこだわりはありますか?


櫻井:単純に家族って人生で一番長い時間しゃべっている相手だと思うんです、多くの人にとって。そこに親子というルールがあるから作劇するときに使いやすい。親は子どものことを好きで、でも子どもはそれを感じていなくて、そういう関係性を外すようなことを言わせると面白くなるんですよね。今回、原さんが演じてくださったお父さんのことが大好きなお母さんって、みんな好きじゃないですか。現実にはあまりいないけれど(笑)。単発ドラマ『ただいま母さん』(NHK総合)では南果歩さんに母親役を演じてもらったんですが、たぶん僕はほんわかしたお母さんを出すのが好きなんだと思います。


■「やりたいものを全部このドラマに落とし込んだ」


――今回、連続ドラマを通して書いたのは初めてで、かなり大変だったということですが、苦労されたのはどんな点ですか?


櫻井:打ち合わせが始まったのが2018年の5月で最終話を書き上げたのが年末でした。7月ごろ第1話を書いた時点で女の子にメールし、「ちょっとこれ、全部書くの無理だわ」って(笑)。1話30分だから台本も30ページぐらいなんですが、その分量にまとめるまでに2倍、3倍を書いていたんですよ。ひとつのセリフが出てくるまでに9時間かかったこともあったし、そこから削ったり組み合わせたりしたので、作業効率が悪すぎました。自分の脳内で登場人物たちが「もっとしゃべらせろ」と言ってくる感じがあって、「ちょっと待て。30分枠なんだよ。出張ってくんじゃねぇ」と言い聞かせたんですが、聞いてくれない。特に主張が強かったキャラクターは柚木(土村芳)でしたね。とにかく台本として完成させるまでに僕の中で美意識のようなものが働いちゃって、どんどん脚本が遅れ気味になり、プロデューサーさんたちに迷惑をかけてしまいました。


――そんな切迫した状況をどう乗り切ったのですか?


櫻井:とにかくできあがった台本をスタッフさんが楽しんでくれて、ノリノリで同じ方向を目指しながらやってくれたので、迷ったときも「このチームで面白いということになったらそれでいいんじゃないか」と思えました。その信頼関係があったことが大きかった。でも、それってすごく恵まれた特殊な状況だったのかもしれません。このドラマは僕にとってご褒美だったんじゃないかなと思ったぐらいで、最後には「書き終わりたくないな」という気分にまでなりました。自分が面白いと思うもの、自分が見たいと思うもの、こういうことをやりたいなと思うもの。それらを全部このドラマに落とし込んで、やりきりました。「これが終わったら脚本家としてまたイチから始めなきゃ」と覚悟したぐらいです。


■とにかく“会話”を極める


――櫻井さんは新作『俺のスカート、どこ行った?』(4月20日スタート、日本テレビ系)でも再び連続ドラマを書きますね。現在、ドラマ業界では櫻井さんのように劇団を主宰する劇作家の起用が増えていますが、劇作家がドラマを書くときに苦労することはなんですか?


櫻井:僕は劇団を25年やってきて、これまで「演劇的に何が優れているか」と問われたときに挫折してきたから、じゃあ何が自分のストロングポイントかと考えて、とにかく会話を極めようと思ったんです。見る人から遠くない身近にあるようなセリフを書いて、会話聞いているだけで楽しいし、いろいろ考えさせられるものを書いていこうと。だから、どんな内容のドラマでも、僕には会話があるというのが拠り所になっていますが、そういう根幹としてやりたいことが見つかっていない人がドラマを書くと、やはり条件的にいろいろ求められることが多いのでたいへんかもしれません。


――『ゾンビが来たから人生見つめ直した件』はいよいよ最終回を迎えますが、町の人々は果たしてどうなるのでしょうか?


櫻井:主人公のみずほは「いつ死んでもいい」と思っている子で、それが前向きな人間に変わるとか、あからさまに成長はしないけれど、タイトルどおりゾンビに遭遇したことによって人生に気づきがあったはず。以前の日常に戻ったとしても、ある程度の葛藤の中で生きていくんでしょう。そこはヒロインが成長しがちなNHKのドラマの中では異色ですけれど(笑)。1話と同じようにみずほたち女の子3人が部屋でしゃべる場面があるんですが、そのちがいに注目してほしいですね。そこには連続ドラマならではの物語がつながってふくらんでくる面白さがあると思います。そして、ゾンビがどうなるかは……どうにもならないかも? あと、最終回には僕も出ます! どこに出てくるか乞うご期待(笑)。


(取材・文=小田慶子)