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なぜ即興ソングはリスナーの心を掴む? R-指定、眉村ちあき……聴き手を魅了するメカニズム

2019年03月08日 15:01  リアルサウンド

リアルサウンド

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 ラッパーのR-指定(Creepy Nuts)と弾き語りトラックメイカーアイドル・眉村ちあきが出演する缶コーヒー『ジョージア』の「Worker’s Song キャンペーン」CMが話題を集めている。


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 二人は移動コーヒースタンド『GEORGIA Worker’s Song Stand』のアルバイト役。マスターの飯尾和樹(ずん)とともに働く人を訪ねて話を聞き、その人にぴったりの缶コーヒー1本と即興ソング1曲を贈る、という趣向だ。飯尾が巧みに引き出した話をもとに、眉村は現場監督の濵田さん、R-指定はタクシードライバーの多田さんに向けて歌う。スペシャル編では俳優の山田孝之を前に、二人で息を合わせて歌とラップで共演している。


 R-指定はUMB(ULTIMATE MC BATTLE)を3連覇したMCバトルの絶対王者であり、言わずと知れた『フリースタイルダンジョン』(テレビ朝日系)初代モンスターのひとり。眉村はギター一本で披露する即興ソングが評判になって『ゴッドタン』(テレビ東京系)に出演、のちに楽曲化した「大丈夫」などの歌で視聴者を笑わせ、泣かせている。いずれも即興の名手として白羽の矢が立ったのだろうが、歌にしろラップにしろ、即興ならではの楽しさについて少し考えてみたい。


 Creepy NutsのライブではR-指定の「聖徳太子フリースタイル」が呼び物になっている。毎晩、観客から少ないときで4~5個、多いときは10個前後のお題を募り、韻を踏みながら落語の三題噺のようにひとつのストーリーを紡いでいく。軽いひねりを利かせて笑わせたり、過去のバトルのパンチラインを盛り込んだりと、サイファーとバトルで育んできたスキルは門外漢にもわかりやすく、僕は見るたびに圧倒される。


 眉村のライブは一度しか見たことがないのだが、その日は対バン相手のことや彼のライブを見て思ったことを1曲に仕立てていた。即興とは思えないメロディと歌詞と歌唱力に、何よりエモーショナルな歌声がすばらしかった。『ゴッドタン』の「大丈夫」披露時もそうだったが、即興だからこそリアルな感情が生まれるのは醍醐味のひとつ。ライブに通い詰めるマユムラー(彼女のファン)各位の気持ちがわかった気がした。


 そのメカニズムについて、眉村は以下のように語っている。


「まずコードを4種類か5種類くらい1周ぶん決めて、お題から膨らませた言葉を発して、それを歌いながら次の言葉を考えていくんです。コードに合った適当なメロディを発すれば曲になるから、歌詞だけに集中していますね。歌詞がないと黙り込んじゃうから」(参照)


 前掲のジョージアのCMで、歌い始める前にほんの少し考えるような仕草を見せるが、それが「膨らませ」ている段階なのだろう。彼女自身は「即興は全然得意じゃない」と思っているそうで、「ライヴはやったらひとスパイス加わるってわかってるし、今日しか見られないものにしたいので、やりたくないけどやっています」(同上)とも言う。


 一方のR-指定は、サイファーのときの言葉のつなぎ方をこう説明する。


「口から言葉を出したときに、その言葉に反応して、マジシャンの口から国旗がいっぱい出てくるやつみたいに、全然関係ない言葉がいろいろとくっついてくる感じというか(笑)。その関係ない言葉から、また数珠つなぎみたいに、変な方向に脱線していくこともあります」(晋平太・著『フリースタイル・ラップの教科書』イースト・プレス)


 対談で互いの方法論を語り合ってもらって照らし合わせでもしないと違いはきちんと理解できないが、「歌いながら次の言葉を考えていく」のは共通していそうだ。R-指定は別の機会には「出まかせじゃないけど、行き当たりばったりで頭の中で文章を構成したりオチをひねり出したりするのがフリースタイルなんで、理詰めが土台になってるからこそ、その場ではあんまり考えてないっすね」((R指定-DJ松永)後編「堂々と自虐する」のがヒップホップ-1)とも話している。興奮した、あるいはリラックスした状態で、精神が意識と無意識の境界を往来しているようなとき、本人も驚くような斬新な表現が生まれるのではないか。


 友人などと遊んでいるとき、どうでもいい話題に限ってやけに冴えた言い回しをしてしまった経験は誰にでもあるはずだ。即興歌は世界各地に古くから存在するが、その多くが遊びにルーツを持つ。日本にも男女が求愛歌を掛け合ってカップル成立を目指す「歌垣(うたがき)」という風習があり、沖縄では「毛遊(もうあし)び」「歌遊(うたあし)び」などと呼ばれていた。秋田音頭では歌い出しの歌詞こそ決まっているものの、夜通しで即興の歌詞を歌い継いでいく遊び方が今も楽しまれている。


 聴き手にとっての即興ソングの楽しさは、「よくそんな言い回しやメロディを思いつくなぁ!」という感銘はもちろんだが、歌い手と一緒に遊んでいるような感覚になれることにもあると思う。ならば突っ込みながら聴くのも大いにアリだ。ジャズのアドリブ演奏と同じく、推敲していない原初のメロディ、原初の言葉だからこそのパワーもある。好不調の波だって当然ある。それをステージ上から「芸」として披露しているR-指定や眉村はどう考えてもすごい。言うまでもないことだが、胆力も技術力も集中力も尋常ではない。


 ちなみに、眉村ちあきは4月から『ビットワールド』(NHK Eテレ)にレギュラー出演する。「番組に寄せられた子供たちからの投稿をもとに楽曲を作っていく」(参照)そうだが、子供の発想との相性はよさそうだし、きっと新たな名曲を生み出してくれるだろう。(高岡洋詞)