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「無限アラート」で女子中学生を補導、「リンク貼り付け」で摘発をどう考えるか

2019年03月07日 12:01  弁護士ドットコム

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インターネット掲示板に無限にアラートが出るページへのURLを書き込んだとして、兵庫県警は不正指令電磁的記録供用未遂の疑いで、13歳の女子中学生と男性2人の自宅を家宅捜索した。


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NHKによると、3人はネット上の別の場所にあったものをコピーして貼り付けていたという。兵庫県警は今後、女子生徒を児童相談所に通告し、男性2人を書類送検する方針だとサンケイスポーツが報じている。



今回問題とされたURLは、クリックすると「何回閉じても無駄ですよ~ww m9(^Д^)プギャー!!」などと書かれたポップアップが表示。「閉じる」や「OK」を押しても閉じない仕様になっているが、ブラウザ自体を閉じると終了する。





今回の報道を巡っては、ネット上で「ただのリンク」「ネット犯罪ではない」「昔からある無限ポップアップ」などと驚きの声が集まっている。この摘発をどう考えたらいいのか。田中一哉弁護士に聞いた。



●不正指令電磁的記録供用罪とは?

ーー不正指令電磁的記録供用とはどのような罪ですか



不正指令電磁的記録供用罪(刑法168条の2第2項)とは、 (1)正当な理由がないのに、 (2)「不正な指令を与える電磁的記録」を、 (3)人の電子計算機における実行の用に供する という犯罪です。



ーー今回は「未遂」となっています



不正指令電磁的記録供用の未遂を処罰対象とするものです。



犯人が、(3)の「実行の用に供する行為」に着手したものの、(2)の電磁的記録が未だ被害者のパソコン上でいつでも実行されうる状態にまでは至らなかった行為を処罰対象としています。



●「違法な行為」かは疑問

ーー今回問題とされている無限アラートの仕組みについて教えてください



今回、問題とされたプログラムは、JavaScriptを使って警告ダイアログを表示させ続けるという単純な仕組みのようです。



このようなプログラムは、ブラウザあるいはタブを閉じることで、容易に排除が可能です。このような性質を考慮すると、今回の行為が、果たして、刑事罰に値する違法な行為とまで評価できるのか、疑問に感じます。



ーー今回の「無限アラート」は不正指令電磁的記録供用未遂に当たるのでしょうか



まず、(1)正当な理由がなかったことは認められるでしょう。



次に、ポップアップが表示され続けるプログラムが、(2)の「不正な指令を与える電磁的記録」にあたるか否かについてです。



ウェブサイトにアクセスした際、自動的にウインドウが立ち上がって表示される「ポップアップ広告」は、基本的に、「不正な指令を与える電磁的記録」にあたらないと考えられています。このような広告はネットの利用に通常随伴するものと理解されているからです。



一方で、過去の裁判例では、自分の管理するアダルトサイトに、パソコンを再起動しても、ウインドウが表示されつづけるプログラムを利用者に実行させた行為について、不正指令電磁的記録供用罪の成立を認めたものがあります(名古屋地裁岡崎支部、平成29年9月22日)。これはブラウザを閉じても、執拗に表示が続くものでした。



ーー今回の補導では、自分のサイトに置いたわけではなく、他人が作ったプログラムへのリンクを掲示板に貼った行為が問題となっています



不正かどうかというのは、具体的に特定されていない概念です。これを規範的構成要件要素と言いますが、これにあたるか否かは、裁判官の評価次第になります。



「ブラクラ」(ブラウザ・クラッシャー)はブラウザに過剰な負荷をかけるものとされていますが、「ポップアップが表示され続けるプログラム」は、ネットの利用上、通常予定されているものとはいえませんので「ブラクラ」の一類型と評価される可能性があります。



そう考えると、今回の事例では、(2)の要件も満たすと捉えられる余地があります。



●リンクを貼る行為は「供用」か

ーー(3)の「実行の用に供する行為」はどうでしょうか



掲示板上にこのようなプログラムへのリンクを貼る行為が、(3)の供用未遂と評価できるのか。この点、私が知る限り、これを肯定した裁判例はありません。



ーーどういう行為が供用に当たるのですか。



「実行の用に供する」に当たりえる場合としては、ウェブサイト上で不正指令電磁的記録の実行ファイルをダウンロードさせたり、電子メールに添付して送ったりして、実行されうる状態に置く行為などをさします。



供用未遂は、文字通りその未遂を処罰するとしたもので、電子メールに添付された不正プログラムが、被害者のパソコンまで到達せず、プロバイダのメールボックスに届いたに留まる場合などがその例です。



ーー今回は掲示板にリンクを貼った行為が供用未遂とされました



掲示板上にリンクだけ貼る行為は、いまだ、「ブラクラが被害者PC上で実行される危険性が大きい状態」を生じさせたとは評価できないと思います。リンクが貼ってあるからといって、誰かが、そのリンクを踏むとは限らないからです。



この点については、リンクが貼られた場所や、リンクに付されたコメント等の具体的事情に照らして、そのような「危険な状態」の有無を、判断する他ありません。



例えば、このリンクが、閲覧者が非常に多い掲示板上に、クリックを誘引するコメントを付して投稿されていたという事情があれば、「実行の用に供する」という要件が満たされる可能性があるでしょう。



民事の裁判例では、リンクに付されたコメントの内容に照らして、閲覧者が、当該リンクをクリックして、リンク先記事を読むに至るであろうことが予想されることを理由に、リンクの貼付が、名誉毀損にあたるとしたものがあります(東京高裁、平成24年4月18日)。



このような裁判例との均衡からは、今回は単に女子中学生がリンクのみを貼る行為をしていたとすれば、原則として、供用未遂罪の成立は否定されると考えられます。



●「こんなことで摘発されるのか」という印象しかない

ーーネットでは「こんなので家宅捜索されるの」と驚きの声が続出しています



今回の事件については、「こんなことで摘発されるのか」という印象しか有りません。



たしかに、女子中学生らの行いは、社会一般のひんしゅくを買うものではあります。しかし、これに対して補導や家宅捜索をするのが適切かというと、疑問に感じます。



彼女らはリンクを貼ったに過ぎず、リンク先のブラクラも、平均的なネットユーザーであれば容易に排除できるものだったからです。



このような子どものイタズラ的な行為を取り締まることで、不正指令電磁的記録作成等の罪の保護法益である「プログラムに対する社会一般の信頼」が守れるとは思えません。



むしろ、「少しでもルールを破れば摘発される」という印象をネットユーザーに与えてしまうことの不利益を思うべきです。そのような印象の流布は、ネット上の情報流通を停滞させ、表現行為を萎縮させ、私たちが慣れ親しんだネットの自由を変質させる危険をはらんでいるからです。



(弁護士ドットコムニュース)




【取材協力弁護士】
田中 一哉(たなか・かずや)弁護士
東京弁護士会所属。早稲田大学商学部卒。筑波大学システム情報工学研究科修了(工学修士)。2007年8月 弁護士登録(登録番号35821)。現在、ネット事件専門の弁護士としてウェブ上の有害情報の削除、投稿者に対する法的責任追及などに従事している。
事務所名:サイバーアーツ法律事務所
事務所URL:http://cyberarts.tokyo/