デザイン誌『MdN』が、本日3月6日発売の『月刊MdN2019年4月号』をもって休刊した。1989年創刊。約30年間におよぶ歴史に一区切りをつけた。
デザインの専門誌でありながら、攻めた特集企画で人気を集めていた『MdN』。サカナクションや乃木坂46、欅坂46といったアーティスト、『おそ松さん』『君の名は。』といった旬のアニメなど、エンターテイメントに「デザイン」の観点から切り込んでいく特集記事をはじめ、「神社のデザイン」や「大相撲の美」にフォーカスした特集(!)、付録としてフォント辞典がつく「絶対フォント感を身につける」シリーズ、176ページの漫画雑誌を一冊作って付録にするという企画「マンガ雑誌をMdNがつくってみた」などなど、あっと驚くような特集記事を世に送り出してきた。その内容はCINRA.NETでもたびたびニュースとして紹介した。
CINRA.NETでは『MdN』編集長の本信光理氏にメール取材を実施。休刊についてコメントをいただいた。
■休刊発表の大きな反響。「ひょっとして誰かに必要とされていたり、愛されていたのだろうか」
休刊が発表されたのは1月10日。『MdN』読者からはどういった反応があったのだろうか? 本信編集長の答えは意外なものだった。
<現代は、読者の反応などはSNSでエゴサーチすればダイレクトに知ることが出来るのですが、休刊に関しては一切自分からは見に行きませんでした。それは世の中の反応を積極的にシャットアウトしたわけではなく、単に見る気持ちにならなかった。
その感情には自分でも本当に驚きました。
これまでMdNの最新号の情報出しや、自分が手がけた書籍のリリースに関しては常にTwitterを小窓で開きっぱなしして情報を追っている状態でしたが……。
なぜそこまでドライなんだろう、と自分の内面をたどってもとっかかりさえ見えません。
ですので、質問の答えは「よく知らない」です。>
一見するとドライな回答だが、なにしろ長年手掛けた雑誌の休刊である。どんな心境だったのか、その複雑な感情は想像するしかできないが、少なくともネットの反応を追いかけるようなものではなかったのだろう。しかし『MdN』休刊の報は、デザイン界隈のみならず、アニメや漫画、アイドルファンなどの間で驚きや悲しみをともなって受け入れられていた。
<休刊の情報はヤフーニュースのトップになったり、SNSでの反応もすごかったと聞きます。自分が長年関わった雑誌が、後年は編集長として携わった雑誌の休刊がニュースになるということは、少なくともMdNは無視してもいいような存在ではなかったんだな、と思いました。
ひょっとして誰かに必要とされていたり、愛されていたのだろうか、と希望を持ちました。
メディアをやっている人間は僕だけではないと思うのですが、何をやっても世界から無視される、という思いがあります。だから、心地いい傷跡を何かしらでいつも残していかないといけない。
「絶望」と「希望」が混在している状態です。絶望しなれているし、希望を失わないタフさもある。
休刊に関してもそのような気持ちがレイヤー状に折り重なっていたのかもしれませんね。>
■休刊の経緯について。「時代の流れの中で、自然にそこに着地しました」
『MdN』は出版不況が叫ばれる中で、デザイン誌というどちらかというとマイナーな専門誌でありながら、発行部数は悪くなかったと聞く。休刊にいたるまで、実際のところどういった経緯があったのだろうか?
<いろいろな事情が交差して、そうなったという感じです。
誤解されたくないのが「自分は続けたかったのに会社が休刊を言い渡した」みたいなヒリヒリした状況ではなかったということです。時代の流れの中で、いろいろ話し合いの結果、自然にそこに着地しました。>
オフィシャルサイトのお知らせでは休刊理由として、月刊や隔月刊での刊行ペースで「読者のニーズに適した情報を深度やスピード感のバランスを見ながらお届けすることが難しい」と示されていた。その「難しさ」とは、どんなものだったのか。
<MdNは毎号、「このような特集があったら驚いてくれるのではないか」という部分は大切にしてきました。扱ったことのないテーマ、見たことがない切り口を目指していた。
すると毎号、テーマに合わせてイチから勉強しなくてはいけないことも多く、それを実現するためには文字通り「休む暇がない」という状態になってしまいます。いや、それでも足りない。
それが部署として、会社として正しいのか、というのは迷いの種でした。
自分自身はとにかく記事を形にするのは「楽しい」、それに尽きるので割と休みなく働いていてもストレスにならないのですが、それを人に強要してはいけない時代です。
ただ、緩やかにやっていてはたどり着かない深度というのも確かにある。
……メディアとしてどうとかではなく、働き方の話なので、難しい問題です。
とはいえ部員にも相当無茶はさせました。一緒に働いてくれた部員に感謝しています。>
■転機となったサカナクション特集。乃木坂46の特集は「これを形にできたのは意義があること」
冒頭でも触れたとおり、『MdN』の魅力は攻めに攻めた特集記事にあった。「扱ったことのないテーマ、見たことがない切り口」を目指した特集の中でも、とくに印象に残っているものはなんだったのだろうか?
<「サカナクション」のMVやジャケットデザインの特集を60ページでやったのは転機でした。
ひとつのグループの視覚表現面だけに焦点をあてて大ボリュームでやる。そんな特集の作り方があるんだな、というのは自分たちで「発見」という感じでした。
その方向性で特集を組んだ「乃木坂46」は、今見返しても構成がうまくいったな、と思える号です。
そしてそれまで、自分が知りうる限り、アイドルのジャケットデザインやミュージックビデオをここまで掘り下げて組んだ記事は見たことなかったので、これを形にできたのは意義があることだったと思っています。>
漫画やアニメを題材に、スタッフクレジットやアニメの撮影処理など、「そこに目をつけたか」と思わず膝を打つような視点から作品の魅力に光を当てる記事も人気だった。これまでに表紙を飾った作品は、『ポプテピピック』『Fate/Apocrypha』『宝石の国』『キルラキル』『ピンポン』など。
<自分がいちばんうまく作れたと思える表紙は「おそ松さん」特集号です。
正月の三が日、昼に出社して夜までウンウンうなりながらプランを一人で考えていました。
こんなのが世の中に出てきたのか!と喜んでくれる「受け手」をイメージしながら、それとひたすら向き合って表紙案を考える。それが幸せな形で結実した表紙を作れました。>
それにしても、攻めた特集について、社内の風当たりはどんなものだったのだろう? たとえば会社の偉い人から懸念の声はなかったのだろうか?
<これが一切ありませんでした。社長からも「思いっきりやってくれ」とだけしか言われた記憶がありません。>
■紙媒体だから可能だったこと。そして『MdN』誌が目標としてきたもの
『MdN』は今後、ウェブメディアとして展開していくとのことで、こちらにも期待したいが、同誌の魅力は「紙」ならではの部分もたしかにあった。いまの時代において、紙媒体だからこそ可能だったこと、とはなんだろう?
<紙が束になって一方が綴じられている、「本」というメディアで、フレッシュに見える構成とはどのようなものか、というのは考えていました。
本に限らず、グラフィックデザインは基本的に「文字」と「図(イラストや写真など)」だけでどのような宇宙を描くのかという情報制御術です。それによって生まれ出る結果を「有限」と考えるのか、「無限」と考えるのか。
自分は後者だと信じて、「文字」と「図」で見たことがない宇宙が生まれないか、というのはいつも考えていました。>
2010年に編集長に就任し、2013年に紙面をリニューアルさせた本信編集長。紙版の『MdN』で目指していたことは、どんなことだったのか。
<グラフィックデザイン、そしてもう少し分野を広げて、映像などの視覚表現をテーマにした専門誌を、専門家だけでなくその外側にいる人も含めて面白く思える内容にする。
あくまで自分が編集長になってからのテーマですが、そのような目標は持っていました。>
その想いはおそらく、読者にも届いていたはずだ。休刊発表時の反応の大きさが、何よりもその証拠である。最後にウェブ版について伺うと、次のような回答があった。
<残念ながら、自分は3月をもって退職いたします。ですので、それについて語ることは出来ません。>
5月12日まで東京・ソニーミュージック六本木ミュージアムで開催されている『乃木坂46 Artworks だいたいぜんぶ展』では企画者代表も務めている本信氏。今後は『MdN』で培ったスキルを活用できる場を求めていくようだ。
<自分はこれまで基本、MdNという一つの雑誌しか作ってこなかったのですが、『乃木坂46 Artworks だいたいぜんぶ展』のディレクションをやってみて、自分が身に着けた「編集」というスキルは紙の本だけでない、他の業種でも活用できるのだな、という気付きがありました。
展覧会をやってみて、企画立案、宣伝ビジュアルづくり、そこに紐づくフォトディレクション、内容構成、SNSを使った宣伝、もちろん図録の制作まで、すべてが雑誌編集で身につけたスキルを活用できました。
現在、CDジャケットのプランニングというような仕事もお声がけ頂いておりますが、今後は、そういった展覧会ディレクション業務から、本作りなどのプロデューシングに限らず、さまざまな業務を行っていければと思っています。
「編集」というスキルを活用できる場ならば、ぜひお声がけいただければと思っております。>
■平成のはじまりと終わりに。休刊号の特集は「平成のグラフィックデザイン史」
平成が始まった1989年に創刊した『MdN』。休刊号の特集は「ヒトとコトで振りかえる 平成のグラフィックデザイン史」と題するもの。「ヒト=デザイナー/クリエイター」と「コト=革新的だった出来事」という観点から、平成のグラフィックデザイン史を振り返っている。「DTP」「Adobe Flash」「デジタルフォント」などに注目するほか、『MdN』創刊号や初期の記事からPhotoshopやIllustratorに関するものを再収録している。
実際に手に取ってみたが、まさに「ヒトとコト」で平成のグラフィックデザインを振り返る内容で、特集タイトルに偽りのない、充実した内容だった。『MdN』はいつだってそんな雑誌だったのだが、ずっと手元に置いておきたい一冊だ。