スズキで開発ライダーを務め、日本最大の二輪レースイベント、鈴鹿8時間耐久ロードレースにも参戦する青木宣篤が、世界最高峰のロードレースであるMotoGPをわかりやすくお届け。第18回は、セパンテストとカタールテストで見えた各チームの状態を分析する。
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間もなく開幕戦を迎えるMotoGPの2019年シーズン。気になるポイントが山盛りだ。年が明けてからマレーシアとカタールで公式テストが行われたが、ワタシはマレーシアに飛び、3日間じっくりと現地で視察してきた。さらにカタール公式テストを経て、今もっとも気がかりなのは、ヤマハ・ファクトリーだ……。
■気になるポイント盛りだくさんのヤマハ
マレーシアとカタールでの公式テストではモンスターエナジー・ヤマハMotoGPのマーベリック・ビニャーレスが好調ぶりを見せたが、その影でチームメイトのバレンティーノ・ロッシの浮き沈みが激しい。好調に見えるビニャーレスはエッジグリップの不足を、ロッシはリヤグリップの不足を訴えているのも気になるところ。エンジンと車体、両方に問題を抱えているように見える。
まずエンジンだが、どうやらヤマハはロッシ好みの仕様を選んだようだ。エンジン音を聞いている限りでは、クランクマスを重くしたエンジンを使っている。これは主にエンジンブレーキ特性と加速性能の向上を狙ってのチョイスだろう。実際、エンブレが掛かった時のロック量は減っている。
もちろんEBC(エンジンブレーキコントロール)も効いているのだが、電子制御に頼りすぎてもコースやコーナー、タイヤ消耗によっての合う・合わないや当たり外れが出やすく、セットアップの時間を食ってしまう。だからなるべくエンジンの素の部分からしっかり作り込んで、オールマイティな性能を狙う。そのひとつがクランクマスというワケだ。
ただ、加速力はいまだ不足している模様。車体の問題は依然解決しておらず、エンジンのスペックだけではどうにもならないのだろう。
ロッシは「マシンがバンクしないと曲がらない」といったコメントをしていたが、その言葉と、スズキでのワタシ自身の経験から推察すると、フレームが硬すぎるのだと思う。硬いことでメインチューブの前まわりの剛性は十分出ているから、ブレーキングはイイはず。でも、ピボットまわりが硬すぎると、ねじれにくく、ライダーは曲がらないと感じるのだ。
ヤマハとしては当然、対策を施しているはずだが、どうもその振れ幅が小さいのではないかとワタシは思う。これはヤマハに限らず日本メーカーの宿命のようなものだが、自分たちが踏み込んだことのない領域に対して慎重すぎる傾向がある。
例えば話題にしているピポッドまわりの剛性を落とすにしても、落とす量が少ない、という印象だ。もちろん十分な安全性を担保しなければならないし、これまでの開発経験も重視するだろう。でもね……。ドゥカティみたいな大胆さがあってもいいと思うのだ。これはヤマハに限ったことではなく、大企業揃いである日本メーカーの大きな課題なんですが、気になる……。
■高次元すぎるホンダ。ライダーのフィジカルコンディションが不安要素
レプソル・ホンダ・チームは、もはや高次元すぎて何をやっているのかよくワカラナイ(笑)。エンジンを相当作り込んできたようで、加速性能の高さを維持したまま最高速も高めてきた。公式テストではイマイチ目立ったところがなかったように見えるが、何しろライダーが手負いの状態ですからね……。
それでも何だかんだと上の方につけていることを考えれば、マシンの完成度は総じて高い。特にホルヘ・ロレンソが負っている左手首の舟状骨の骨折はワタシも経験しているのだが、まともにレバーを握ることさえできないはず。体重がかかるブレーキングはかなりキツイはずだ。ロレンソは特にマシンコントロールが繊細なタイプだから、ケガの影響はかなり大きい。
マルク・マルケスともどもフィジカルコンディションが復調すれば、やはりレプソル・ホンダ・チームがチャンピオンの最有力候補だ。何しろ近年のチャンピオン経験者がタッグを組んでいるわけで、ライダーのラインアップは超強力。万一マシンのパフォーマンスが多少見劣りしていても、ライダーの圧倒的実力でなんとかしてしまえる。
そこへきてホンダRC213Vも最高速を高めてきている……ということは、パワーも加速も底上げしているわけで、盤石と言える。マルケスとロレンソによるチャンピオン争いが楽しみだが、ふたりの復調度合いが気になる……。
■技術的な小技を効かせまくるドゥカティ、熟成重ねたスズキ
もちろんドゥカティ勢も侮れない。とにかく技術的な小技を効かせまくっていて、ドゥカティほど面白いマシンもない。カタールでもミッション・ウィノウ・ドゥカティのダニロ・ペトルッチのマシンには何やらいろいろ付いていた。
フロントのカーボンブレーキをカバーしているモノは、空力を考えてのことだろうか? リヤにはトルクロッドとは違う何かを付けていたが、ブレーキング時のフロントへの加荷重を防ぐためのモノだろうか? ナゾだらけだが、いかにもプロトタイプのファクトリーマシンという感じで見応えはたっぷりだ。小技だらけの割にまとまりもイイ。
ただ、ドゥカティのチャンピオン争いに関してはやや首を傾げたくなるのも確かだ。マシンもイイし、力のあるライダー揃いだし、フランセスコ・バニャイアのように勢いのあるニューカマーもいるけど、もうワンランク上を求められるのが世界の頂点というもの。
去年のようにシーズン序盤での取りこぼしがなければアンドレア・ドヴィツィオーゾがランキングトップ争いをすることは間違いないが、やや迫力に欠ける。ペトルッチなんかいいヤツ過ぎちゃって……。チャンピオンになるにはマルケス&ロレンソのようなアクの強さが必要なんだけど、ドゥカティのライダーたちは意外と優等生ばかりなのが気になる……。
公式テストで気を吐いたのが、我らがスズキだ。新人のジョアン・ミルはなかなかのクレバーさでMotoGPマシンに馴染みつつあるし、3年目のアレックス・リンスも落ち着いてテストプログラムをこなした。
スズキGSX-RRの強みは、熟成を重ねた結果到達した奇跡の好バランス。ライダーたちは「コーナリングが武器」と言っているが、シャシーの仕上がりはかなりイイ。ズバリ言ってしまうが、今シーズンは少なくとも1回は勝てるとワタシは見ている。どこで勝つかが、気になる……。
新人たちの活躍にも大いに期待できるし、気になるポイントがたっぷりの2019年シーズンのMotoGP。いちモータースポーツファンとして、開幕戦カタールGPから楽しませてもらいますよ!
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■青木宣篤
1971年生まれ。群馬県出身。全日本ロードレース選手権を経て、1993~2004年までロードレース世界選手権に参戦し活躍。現在は豊富な経験を生かしてスズキ・MotoGPマシンの開発ライダーを務めながら、日本最大の二輪レースイベント・鈴鹿8時間耐久で上位につけるなど、レーサーとしても「現役」。