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決して早足ではない2時間で描く10年 韓国映画『君の結婚式』はどの年代にも刺さるものがある

2019年03月01日 08:01  リアルサウンド

リアルサウンド

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 韓国で400万人を超えるヒットとなった『建築学概論』(2012年)、台湾の作品で日本でも山田裕貴主演で映画化された『あの頃、君を追いかけた』(2011年)、チャウ・シンチー作品などで知られるヴィッキー・チャオが初監督した『So Young~過ぎ去りし青春に捧ぐ~』(2013年)など、2010年代初めには、アジアで良質な恋愛映画が多数生まれた。


参考:パク・ボヨン、キム・ヨングァンが撮影秘話明かす 『君の結婚式』メイキング映像公開


 昨今の日本でも恋愛ものの映画は数多く作られているが、ターゲットがしっかり設定されていてなかなか幅広い年齢層に響くものは少なかったり、また大人の恋愛ものを作る場合には、主人公が余命いくばくもないとか、年齢差があるとか、ミステリーの要素もあるとか、なにかしらの「枷」があるものが多くなってくる。それは、まっすぐでひたむきな気持ちだけを描いただけでは、企画段階では人を引き付ける要素が「弱い」と判断されるからということもあるのかもしれない。


 前出のアジアの青春映画や、今回紹介する韓国で2018年に作られた『君の結婚式』は、こうした条件とは違っている。特に大きな「枷」があるわけではなく、これらの作品に共通しているのは、主人公たちが出会うのは学生時代で、その後10年以上の年月を経て、お互いに大人になるまでが描かれていることだ。


 『君の結婚式』でヒロインのスンヒ(パク・ボヨン)とスンヒに一目惚れしたウヨン(キム・ヨングァン)が出会うのは、高校3年生の夏のことだ。恋愛映画によくあるように、ウヨンはスンヒに一目惚れし、高校生ならではの異性への単純な興味なども描きつつ、徐々に惹かれあっていく姿が駆け足ながらも丁寧に描かれる。ウヨンがスンヒを家まで自転車で2人乗りで送っていったり、学校をサボっている最中、先生に見つかり手をとって逃げるシーン、そこで人影に隠れてドキドキする場面など、それだけでも恋愛ドラマとして十分にキラキラして見えた。


 ただ、この映画で高校時代のキラキラした恋愛が描かれるのは全体の3分の1にも満たない。その後、ある出来事によりスンヒはウヨンの元から突然去ることとなり音信不通に。1年後、ウヨンはスンヒの消息を1枚の小さな写真から知り、猛勉強をしてソウルにある大学に合格。晴れてスンヒと再会するのだった。


 再会して、すぐに恋に発展するのかと思いきや、そうはうまくいかない。浪人したウヨンより先に入学したスンヒには、すでに彼氏がいたのだった。こうして2人のタイミングはあわず、近くにいるのに、なかなか恋が成就することがない。2人がいい雰囲気になるかと思われたら、ウヨンが情けない失態を犯してしまったりと、観ているこちらまでじれったくなってしまう。


 しかし、そんな情けない姿も、相手が大人になる中で別の人と恋愛している姿も、すべて隣で見続けた2人だからこそ、高校時代にただ好きと思った気持ちとは違う思いも生まれてくる。相手のことを神聖視するばかりに、自分の気持ちだけが大きくなるような時を過ぎて、相手も1人の人間で、かっこ悪いところだってあるということも理解した上での、友情が生まれる場面も丁寧に描かれる。


 ただ、恋愛は、単に理解が深くなるというだけでは成立しにくい。スンヒは大学時代の彼氏とのなれそめについてウヨンに聞かれ、「運命ってたった3秒で訪れるんですって」と語る。もちろんこうした運命を感じる衝撃については、日本でも「ビビビときた」などと表現することもあるのだが、瞬間のときめきと、長い年月をかけて育んだお互いへの理解は、どちらが強いのか……。そんなことをふと考えさせる映画にもなっている。


 2時間で10年を描くというのは、普通は駆け足にも感じるものだが、2人の成長を見ていると、決して早足とは感じなかった。それどころか、2人のような経験のあるなしにかかわらず、次第に我がことのようにも思えてくるから不思議だ。


 それは、この2人に10年で起こる出来事が、単にキラキラとした出来事だけでなく、かっこ悪いところも見せ合ったり、そのことでときめきだけではない親愛の情を見出したり、タイミングで気持ちがあってもどうにもならないことがあったり、好きだからというだけでは乗り越えられない何かがあったりと、誰の経験にもつながる甘いだけではない出来事が丁寧に描かれていたからだろう。


 そんな10年の姿を、あくまでもさりげなくその当時の世相や文化もちりばめながら描き、またパク・ボヨンとキム・ヨングァンという2人の俳優が演じているのも良い。周りの友人たちも含めて、しっかりと人間的成長と変化を感じさせている。


 かつては、韓国から来た俳優や監督に日本の映画やドラマに流れる日本特有の良さについて聞くと、「何も大きな事件が起こらないのに、でも何かが残るところ」だという人は多かったが、今の日本の恋愛ドラマの状況は果たしてそうなのだろうか。


 この『君の結婚式』という作品は、大きな事件は起こらないが(もちろん、小さな事件が2人の関係性を変えることもある)、登場人物たちのさりげないやりとりから、気持ちの変化がしっかりと見えるようになっていた。だからこそ、青春の真っただ中にいるわけではないような、どの年代の人が観ても、刺さるものがあるのだろう。(西森路代)