2月24日、マレーシアのセパン・インターナショナル・サーキットで開催されたアジアン・ル・マン・シリーズ第4戦。このレースでGTクラス優勝を飾り、4連勝でシリーズを制覇したCarGuy Racingが、日本チームとして2019年6月のル・マン24時間レース出場権を掴んだ。純プライベーターとして、そしてチーム発足から5年での快挙に至るストーリーと、ル・マン24時間に向けた意気込みを聞いた。
■フェラーリ488 GT3をル・マン24時間に繋げるために
2018年10月31日。木村武史とケイ・コッツォリーノは、小雨が舞うアウトドローモ・ナツィオナーレ・ディ・モンツァにいた。
会社経営者としての顔をもつ一方で、子どもの頃からクルマが大好きだった木村は、その趣味が高じ『自動車冒険隊』隊長として、独自のプロジェクト『CarGuy』を主宰。さまざまなスーパースポーツやレーシングカーを購入し、2015年にランボルギーニ・スーパートロフェオに参戦を開始すると、2018年にはスーパーGTにまでステップアップ。すでに多くのレーシングカーを所有していたが、フェラーリ488 GT3を購入するべく、モンツァでテストを行ったのだ。
木村もケイもフェラーリのフィーリングを大いに気に入り、木村は購入を決断した。ではこのクルマで、どんなレースができるだろう? 選択肢は多いが、フェラーリ488 GT3は、基本設計はWEC世界耐久選手権をはじめとしたル・マン規定で走れる488 GTEと同じ。パーツを換装すればGTE規定にできるマシンだ。
木村にドライビングのアドバイスやプランニングを行いつつ、一緒に走り込みを続ける立場だったケイは「木村さん、ル・マン24時間に出られますよ」と提案した。
ここから、すべてが動き出した。レースを始めた頃から、木村にとっての夢はジェントルマンドライバーが出場できるレースの頂点とも言えるル・マンだったからだ。ではル・マン24時間に出るためには、どんなルートが良いだろうか? 木村には「日本チームで出たい」という夢もあった。ならば、アジアの代表として出よう。そしてそのためには、2018/19シーズンのアジアン・ル・マン・シリーズに出ようということになった。
そこで、ケイはさらなる提案をする。
CarGuy Racingは、富士スピードウェイそばにガレージを構えており、スーパーGTをはじめ、きちんとレースをオペレートできるチームだ。しかしケイは自チームでの出場ではなく、こう木村に熱弁した。
「木村さん、AFコルセに任せましょう。この488 GT3を誰よりも理解しているのはAFコルセなんです。彼らでなければ勝てないんですよ」
イタリア人と日本人の血を引くケイは、通訳を務められるほど語学が堪能で、イタリア語もネイティブに話すことができる。ケイはAFコルセと交渉を重ね、さらにAFコルセは初ドライブながら順調に走行を重ねた木村の手腕を高く評価。WECをはじめ、世界中でフェラーリを走らせるAFコルセがメンテナンスを主に担い、CarGuy Racingの日本人スタッフが加わるチーム体制で、アジアン・ル・マンに挑むことが決まったのだ。
こうして2018/19シーズンのアジアン・ル・マン・シリーズに挑むことになったCarGuy Racingだが、ケイに提示された金額は、一般からすれば驚くほど高額なものだった。
「AFコルセに頼むのは決して安くはないです。僕たちでチームもやっているので、価格も分かるんです」というケイだったが、その提案を木村は全面的に信頼した。ただケイには「“プレミア価格”でやるのには責任があった。絶対に決めなければいけない」という責任感も生まれた。
ドライバーは、木村、ケイ、そしてフェラーリのワークスドライバーで、WECにも参戦するジェームス・カラドが決まった。
■破竹の3連勝も、突然の性能調整が不安に
迎えたアジアン・ル・マンは、中国の上海国際サーキットで開幕した。「最低限常に優勝争いできるようになればいいな、と思っていました」というケイだったが、開幕から見事優勝。CarGuy Racingのアジアン・ル・マン挑戦は最高のすべり出しをみせた。
ケイは言語の面でもチームの潤滑油となり、日本人メカニックたちも、陽気なイタリア人メカたちと打ち解けていく。チーム本拠地である富士スピードウェイでの第2戦も優勝。さらに、タイのチャン・インターナショナル・サーキットで行われた第3戦も制覇。今季のGTクラスは台数もそこまで多くはないが、AFコルセの力は“プレミア価格”のとおりのもの。そしてジェントルマンドライバーとしては抜群の安定感を誇る木村、そしてフォーミュラ・ニッポンもドライブした経験をもつケイ、フェラーリワークスのカラドの実力は別格と言えた。
第4戦セパンを迎えるにあたり、目標となるル・マン24時間のインビテーションを受けるチャンピオン獲得までは1ポイントを獲ればいいというところまでこぎつけた。チャンピオンは目の前だ。ただ、第4戦を迎えると、“不安要素”がCarGuy Racingの前に立ち塞がった。
セパンに到着してみると、GTクラスに参戦するライバルのうち、ティアンシ・レーシングが走らせるアウディR8 LMSが、2019年から投入されるエボリューションキットを投入したのだ。さらに、性能調整がアウディに有利に働いている。しかも488 GT3のブースト圧は逆に20ミリバール下げられてしまった。
4連勝でル・マンへの切符を手に入れたい。しかし、速いアウディの前に着実にレースを進め、1ポイントを持ち帰るべきか……。プラクティスから予想どおりアウディがタイムの面でも先行。2月23日に行われた予選でも、カラドが渾身のアタックを行ったにも関わらず、ポールポジションはアウディの手に落ちた。
このアジアン・ル・マンでは、予選クラスポールポジションにも1ポイントが与えられる。もしCarGuy Racingの11号車がポールを獲っていれば、その時点でチャンピオンが決まる可能性もあったが、その可能性は消えた。チームメンバーは予選2番手を喜びながらも、“決められなかった”悔しさを含んだ表情を浮かべる。
「リタイアだけは怖いですけどね……」木村は酷暑のセパンのピットで、ポツリと語った。
■決勝は一変。CarGuy Racingが完璧なレースを展開
しかし迎えたレースでは状況は一変し、CarGuy Racingが圧倒的なレースを展開する。スタートを務めたのは、ここまでの3戦同様木村だ。「予選は2番手でしたが、クラスポールポジションのクルマをかわせるかどうかがポイントでした」とそのミッションを達成すると、好ペースで周回を重ねる。「今回のレースは、僕自身はすごくいいペースで走れていたんです。他のジェントルマンドライバーに比べても2~3秒速かった」と木村は振り返る。
わずか1ポイント、それでも1ポイント。木村にのしかかるプレッシャーは大きかったはずだが、ペースが良かったことが木村を“乗せて”いた。
「実はけっこうリラックスしていたんです。チャンピオンのためには完走すれば良かったので、それはできるだろうと(笑)。ル・マンというのはあまり意識していなかったですが、4連勝はいけると思っていたので、狙っていました」
見事ファーストスティントを終え、今度はケイにバトンタッチする。「僕はいつも2スティントめを担当するのがルーティンになっています。僕自身のアジアン・ル・マンでのモットーは、『何が何でも絶対にミスをしない』ということ。運営する立場でもあるので、絶対にミスをしないように走ろうと決めていました」というケイは、木村同様慎重に、かつ快調に周回を重ねた。
ケイは「完走さえすればル・マンにいけたので、プレッシャーもあまりなかったです」というが、今回はいつものルーティンとは違ったことがあった。それは、同じくAFコルセがメンテナンスするスピリット・オブ・レースの51号車の第2スティントのドライバーが、フェラーリのファクトリードライバーであるアレッサンドロ・ピエール・グイディだったのだ。
「これは一発みせないとな、と正直けっこうプッシュしました(笑)。結果的には自分の方がラップタイムは良かったですし、チームにはいい評価をしていただいたんじゃないかな、と思っています」
ケイのスティントでの好走もあり、CarGuy Racingは首位を確固たるものにした。アンカーはカラド。ワークスドライバーの実力を存分に示し長い4時間のレースを走りきると、カラドは歓喜のウェービングをさせながら蛍光イエローのフェラーリ488 GT3をチェッカーに導いた。この瞬間、CarGuy Racingがル・マン24時間への出場権を手中に収めたのだった。
「あまり実感がないですけど、4連勝できたのはけっこうすごいことですね。今までにアジアン・ル・マンで4連勝したのもあまり聞いたことがないですし、日本チームでは初めてではないでしょうか。すべてチーム、そしてふたりのドライバーのおかげだと思います」と木村は振り返った。そしてケイも、「まずはホッとしています」と自らが仕切ったプロジェクトの成功に、満面の笑みをみせた。
■初めてのル・マン24時間へ「楽しんじゃおうかな」
こうして掴んだル・マン24時間への挑戦権。ところが、木村もケイも実はル・マン24時間を観たことも、サルト・サーキットを走ったこともないのがおもしろい。
「長年レースをさせていただいていますが、日本でのレースキャリアが長いので、昨年の鈴鹿10時間がいちばん長いレースなんです。31歳にして初めての24時間ですね(笑)。今までのキャリアでも足りていないところだったので、まずはひとつ自分の夢を叶えられる場所に到達できたことになります」というのはケイだ。
アジアン・ル・マンの予算と、ル・マン24時間の予算ももちろん別だ。ル・マンの方が価格は高い。「すごくお金がかかるみたいなんですよねぇ。僕たちは超プライベーターなので、お金を稼ぐために仕事を頑張ろうかなと(笑)。AFコルセという素晴らしいワークスチームと仕事をさせてもらいましたが、それなりにお金もかかりますから」と木村は新たな目標を前に笑った。
迎えるル・マン24時間に向けて、チームはすでに動き出して言える。木村によれば、「いいGTE車両をAFコルセで用意してくれているみたいです。来年WECで使うクルマを私たちに用意してくれると聞いています。『その意味を考えてくれ』とフェラーリに言われました」というほどだそうだ。ただ、カラドはAFコルセのLM-GTEプロに乗ることがほぼ確定しているため、CarGuy Racingからの参戦はできない。
「フェラーリが推奨するドライバーも考えていますし、日本からも乗りたいというドライバーにお声がけいただいています。ル・マンは経験がものをいいますから、ジェームスのようなドライバーを引っ張りたいです」と木村は言う。そのドライバーから、いかに木村とケイが経験をものにするかがル・マン24時間でのカギになりそうだ。
今後、ふたりは3月にアジアン・ル・マン制覇を祝したフェラーリからの授賞式のために3月にイタリアへ向かい、その際に488 GTEをテストするという。そして、ル・マンのルーキーに課せられるシミュレーターテストをこなし、本番へ臨む。
「ル・マンは応援団もいっぱい来てくれそうですし、ツアーのようなものをやろうと思っています。CarGuyファンの方や、スポンサーになってくださる方がいらっしゃれば、バスを2~3台借りて、楽しんじゃおうかなと(笑)」と木村は笑顔をみせる。
木村武史という男は、話していると実に面白い。その人間性と、どんな時でも判断を誤らない目、そして何より人生を楽しむ姿勢が、ビジネスでの成功を導き、ル・マン24時間出場という、レースを始めてからの“夢への切符”をつかみとる成果に繋がったのだと感じる。
クルマを愛し、レースを楽しむCarGuy Racingと自動車冒険隊隊長の挑戦は、6月のル・マンの空の下で、どんな結果をみせてくれるだろうか。