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深田恭子の何よりも強い“鈍感力” 『はじこい』物語に潜む3つの注目ポイント

2019年02月26日 06:01  リアルサウンド

リアルサウンド

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 『初めて恋をした日に読む話』(TBS系)の面白さは、三者三様の男たちのかっこよさや可愛さにキュンとするのは大前提として、1人の男子学生の真っ直ぐな想いに突き動かされるように(これは前クール同枠の『中学聖日記』とも共通するものがあるが)、自由で何でも手に入るはずなのに、本当に大切なものは何ひとつ手に入れることができていない大人たちが「一番大事なこと/人」のためにひた走る物語にある。そして、目下気になっているのが、スルーされ続けているけれど、しっかり存在を主張している3つの事柄だ。


参考:深田恭子が明かす、『初めて恋をした日に読む話』男性陣3人の魅力 “こじらせ女子役”への心境も


 1つは、「初めて恋をした日に読む話」という本。原作である同名コミック(持田あき著)のことではない。初回にちらっと登場した、ヒロイン・順子(深田恭子)が手に取り、由利匡平(横浜流星)と塾で会った時に地面に叩きつけた“こじらせ女性の恋愛バイブル”「初めて恋をした日に読む話」のことだ。ドラマのタイトルと同一であるにも関わらず1話のほんの少しだけしか登場せず、順子はそんなバイブルのことなど存在すら忘れ果てたかのように、教え子・由利の東大受験に夢中だ。


 もう1つは、観覧車である。第1話の最初のショットはカメラの前を横切る順子とその婚活相手が見切れてしまうほど堂々とそびえ立っている観覧車だった。にも関わらず、その場面は愚か、現時点までのドラマ全編において、登場人物たちが実際に観覧車に乗ることはない。その、結果別れ話に発展してしまう観覧車及び、観覧車が意味するところの“遊園地”は、その後も頻繁に彼らの恋模様、あるいは勉強に夢中になる由利の心情表現として登場する。5話での、由利が勉強する「まるで遊園地に行ってきたかのような顔」、それを見ている順子の弾んだ声を聞いた山下(中村倫也)の「お前、遊園地に行ってきたような声だな」。東大受験に没頭する高校生と彼をサポートする塾講師、そしてその塾講師を巡る男たちの物語であるために、彼らは遊園地にも観覧車にも実際に行く余裕も暇もない。しかし、彼らが求め、夢中になる「ワクワクしてときめくようなもの」の象徴として、観覧車は、物語の随所で回り続けている。


 そして、3つ目、“最大のスルー”と言えば、深田恭子演じる順子の超がつく「鈍感力」の為せる様々な技だろう。舌ペロ、バックハグ、「そこにパイがあったから」と、次から次へと繰り出される三者三様のイケメン、横浜流星、永山絢斗、中村倫也の技が視聴者の多くをノックアウトしていると言うのに、それらを、慌てふためきながらもきれいにスルーしてしまう順子は、誰が何を思おうが、ただひたすら教え子“ゆりゆり”の東大受験に燃えている。


 彼女はわりと“答え”を無視する。作者の気持ちに寄り添うことが得意な現代文の先生であるにも関わらず、山下の解答はそっちのけで、由利が度々連呼している「東大に受かって言いたいこと」の中身を気にすることもしない。自分と同じ気持ちを味わってほしくないという母親の心情をなんとなく理解しながらも、「それには回答できない」と呟く。それはもしかしたら大人の世界を十年以上生きてきた彼女が得たある種の処世術なのかもしれない。自分にとって「一番大事なこと」である「由利を東大に合格させること」を死守するために、誰かにとっての一番大事なことを聞かない、聞き入れないという鈍感さは、ある意味、誰よりも頑なで、強い。


 「大人って何?」「幸福って何?」「『梓弓』の女の答えは?」「現代文の問題の解き方は?」等、受験勉強の一貫として繰り出される問題は、絶妙に登場人物たちの恋模様や人生とリンクして複雑に絡み合う。明確だったはずの答えは、教科書もなければ正解もない大人たちの社会に解き放たれた途端、要領を得ない、歯切れの悪いものに代わってしまう。それでも、そんな不確かでいい加減な、“大人の世界”が悪くないように思えるのは、なんとも穏やかな優しさに満ち溢れた、登場人物たちのやりとりがあるからだろう。


 彼らは、互いが「幸せ」で「元気」であるかということを頻繁に確かめ合う。その人が幸せなら自分も幸せで、「元気?」と問いかけられたらそれだけで元気になれる。たとえ20年間の片想いだろうと、“師弟愛”だろうと、簀巻きにされようと、ただ一緒にいることができるだけで、幸せそうに微笑んでしまう。それが、順子含めて雅志(永山絢斗)、由利、山下の4人なのである。それがもしかしたら、このドラマでひたすらスルーされ、主人公に見て見ないふりをされ続けている事柄、つまりは主題であるところの「恋」というものの定義なのかもしれない。


 さて、美和(安達祐実)のように呪いを幸運に即座にシフトチェンジすることもできず、何かと不運続きな、優しすぎるエリート・雅志を応援せずにはいられないが、ますます攻めの姿勢に入った山下の行動も見逃せない。新キャラ・高梨臨演じる塾講師の存在と、同じ思いで行動してきたはずの由利と順子の間に生じるだろう小さな感情の食い違いが、物語にどんな波を引き起こすのか。(藤原奈緒)