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ヒロ・ムライ×ドナルド・グローヴァー、“アメリカの部外者”たちの直感的・本能的作風を解説

2019年02月23日 10:01  リアルサウンド

リアルサウンド

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 ヒロ・ムライにとって、第61回グラミー賞は初めて得た全米最高の名誉というわけではなかった。2017年時点で、彼が監督したドナルド・グローヴァー原案・主演ドラマ『アトランタ』がゴールデングローブ賞作品賞を獲得している。そして2019年、チャイルディッシュ・ガンビーノ「This Is America」によってグラミー賞ミュージック・ビデオ部門を授与した流れなのだが、ここで挙がったガンビーノとは、前述したドナルド・グローヴァーがラッパーとして活動する際の名称を指す。つまり、ムライ監督は、グローヴァーとのコンビによって全米最高峰の称号を2つも手にしたのである。まさに新世代を代表するクリエイターとして君臨することとなった2人の革命、そして共通点とは何なのだろうか。


 作曲家である村井邦彦の息子として9歳ごろ東京からロサンゼルスへ渡ったヒロ・ムライは、宮崎駿とディズニーの作品をきっかけに映画の道を志すようになる。コーエン兄弟や北野武に傾倒した高校時代を経て南カリフォルニア大学映画学部に進学、以降はデヴィッド・ゲッタやフライング・ロータスなど、数々の著名ミュージシャンのMVを撮り始める。日本人と思わしきサラリーマンが羽目をはずすQueens Of The Stone Age「Smooth Sailing」や映画『フォレスト・ガンプ』を模したフランク・オーシャンのグラミー賞パフォーマンス映像もムライの担当だ。


 ムライの作風は、シュールレアリズム、ドリーム・ロジック、そして「日常の中の奇妙さ」「瞬間的超現実」と評されることが多い。ムライ自身は、デヴィッド・リンチや村上春樹の影響を明かしながら「不条理の美学や抽象化が好き」、「全体像把握のために人々が身を乗り出さなければいけないものを提示したい」という旨を語っている。代表例としては、ガンビーノとの「Telegraph Ave」が挙げられる。男女のデートを映すラブロマンスが最後の最後で映像ジャンルごと激変してしまう2013年の話題作だ。一般的なビデオではせめて中盤に配置されるであろう転換がラストに置かれているからこそ、観客は置き去りにされた感覚を覚えて意味を探ってしまう。なんとも悪夢的な仕上がりだ。


 アイデアとサウンドを重視してMVを製作するムライは、ミュージシャンからのアイデアを受け入れることはほぼないらしいが、「つねに方向性をともにする存在」と語るグローヴァーは別のようで、2013年の短編映画『Clapping for the Wrong Reasons』以来、様々な映像を共作している。


「俺とヒロは、共通の問題を抱えてたんだ。孤独心を、部外者でいる感覚を」ーードナルド・グローヴァー/GQ


 黒人たちの日常を、ゆるく、時にホラーに描くドラマ『アトランタ』は、原案者グローヴァーと監督のムライが共振して生まれた作品だ。グローヴァーは「アメリカで黒人であることの奇妙さと不条理」をドラマにしたがっていた。彼からオファーを受けたムライもまた、自分自身の文化を持たない「アメリカの部外者」感覚を抱き続けた日系の第一移民だ。共振した2人は製作に乗り出る。そこで最初に決めたことは『アトランタ』を重要な番組にしないことだったという。客観的に人種差別を描いて教えを説くのではなく、奇妙な立ち位置にいるフィーリングを視聴者に伝える、主観的かつ経験的な作品。これが、有色人種のみのチームで作られる『アトランタ』のテーマだった。


 感覚の伝達に特化する『アトランタ』の試みは、ムライがディレクティングした画面にも表れている。顕著な例は、キャラクターの主観と共に動くカメラだろう。ただし、それだけで終わらない点もショーの特徴だ。人間の感情と共にあった作品の視点は、段々うしろに引いていき、それまで映してきたものが環境の中でどれほど小さいか提示する。黒澤明に触発されたという幾何学的なこの手法によって、視聴者の脳裏には登場人物のミクロなやりとりや感情がこびりつき、独特な余韻や答えなき疑問が残されていくのである。感覚重視の実験的スタイルが高く評価された『アトランタ』は「伝統的ドラマで排除されてきたコミュニケーションの小さなニュアンスを伝える、非プロット主導式作品」と評価され、ゴールデングローブ作品賞獲得に至った。社会の部外者だと感じ続けてきたアフリカ系アメリカ人と日系移民が「重要なショーにしない」と誓った番組が、結果的にTV表現の境界を推し進めたのである。


「『This Is America』も『アトランタ:略奪の季節』も、世界で起こっていることへの反応だ」 ーーヒロ・ムライ/The New York Times


 「これがアメリカだ」とする警告を伴った宣言、ジム・クロウのようなポーズで黒人男性を射殺するガンビーノ、にこやかでどこか歪な黒人たちの踊り、コーラス隊への銃乱射、大量生産と人種間経済格差を思わせるホワイトな工場、聖書の死の象徴とされる馬、映画『ゲット・アウト』のような暗闇の中での逃走……2018年に突如リリースされた「This Is America」は、まるでアメリカの悪夢だった。明らかに現実にはびこる人種や銃の問題が意識されているものの、テーマやメッセージは明白にされない。その衝撃に混乱したネットユーザーたちは、真意を求めて考察を繰り広げていった。「This Is America」はグラミー賞主要2部門を獲得した初のHIPHOP作品だが、アワードを占拠するよりも前にインターネットを征服していたと言える。


 多くの人々が論理的な意義を見出そうとした「This Is America」だが、監督を務めたムライによると、意外にも直感を重視するプロセスで製作された作品のようだ。本作について「できる限り自分たちの感情に正直になったからこそ人々に届いた」と語るムライは、元々、自身とグローヴァーの作風について語る際「直感/本能的」といったワードを多用している。彼らのクリエーションがロジカルであることよりフィーリングを重視するものだからこそ、心を揺り動かされた人々はその意味を追い求めてしまうのかもしれない。


「人々に対して説法や翻訳をしようとするとドツボにハマる。ヒロが信じてるものは翻訳じゃない。彼はオーディエンスの知性を信奉しているんだ」ーードナルド・グローヴァー/GQ


 グローヴァーとムライが掲げる目標、それは、大衆が物語に抱く関心のスパンが短縮したデジタル時代において人々を真に驚かせることだという。ともあれば、SNSフィードを制覇してグラミーに輝いた「This Is America」は、2人の代表作であると同時に、表現者としての志が結実した記念碑的映像と言えるだろう。ちなみに、ムライはオンラインの考察合戦に大きな喜びを示している。作品に込めつづけた「この世界には目に見えているもの以上のものがある」というメッセージが人々に伝わった実感が得られるためだという。まさしく、グローヴァーが言うところの「オーディエンスの知性を信じる」クリエイターではなかろうか。


 ヒロ・ムライとドナルド・グローヴァーの時代はまだまだ続いていく。2019年には『アトランタ』シーズン延長のみならず、あのリアーナをキャストに迎えたムライ監督・グローヴァー主演映画『Guava Island』の予告編も発表された。アメリカの「部外者」として心を通わせた2人は、まだまだ限界なき表現の力を見せつけ、我々を驚かしてくれるだろう。(文=辰巳JUNK)