2019年02月17日 09:51 弁護士ドットコム
大阪府のある男性は、契約社員として2社で働いていた。いわゆるダブルワークだ。しかし、長時間労働などからうつ病を発症。労災を申請したが、給付された休業補償は1社分だった。
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男性は、2社分ではないのは違法だとして、大阪地裁で争っている。被災した企業だけでなく、もう1つの企業も休まざるを得なくなっているからだ。
現行法では、休業補償が支払われるのは、災害が起きた企業分だけ。しかし、男性の主張が不当なのかというと、そうとは言い切れないようだ。 男性が働いていたのは、ガソリンスタンドの運営会社(A社)とその関連会社(B社)。男性は法廷で「ダブルワークは会社に言われて断れなかった」と語ったという。
男性はA社に週6日、B社には週2日勤めていたそうで、月の残業が過労死ラインを超える合計134時間のときもあったという。
この事件には、ダブルワークをめぐる複数の論点が潜んでいる。労働問題にくわしい、笠置裕亮弁護士に聞いた。
ーーまずは、この裁判の争点について。現行法では、1社分しか休業補償が出ないとされているそうですが?
「今回の場合、副業先が主業先の関連会社であるという関係があります。男性の主張を前提とすると、副業は会社からの業務命令ですから、従業員側の事情で副業している事案とは全く異なります。
副業の労災についての大阪高裁判決(平成27年5月7日)では、『当該事業場と別の事業場が実質的には同一の事業体であると評価できるような特段の事情がある場合でもない限り』という留保をつけて、合算を認めないという判断をしています。
今回の事例では、『同一の事業体』と見てよいのではないかということで、大阪高裁判決とは異なる判断が下される可能性があるでしょう」
ーー「同一の事業体」ということですが、2019年4月から、罰則付きの残業規制が始まります。今回の事例のように、関連会社で副業する方法が、抜け穴として使われる可能性はないでしょうか?
「『働き方改革関連法案』に関する、厚労省の指針(基発0907 第1号)では、罰則付き残業規制は、主業先と副業先両方の労働時間を通算して判断する、と述べられています。
そのため、両方の労働時間をあわせると上限時間を超えてしまうときには、罰則の適用対象となるわけです。これは副業先が関連会社でも、無関係な会社でも同じです」
ーーでも、通算管理は現実的に難しくないでしょうか?
「確かに、主業先と副業先とが全く別個の独立した事業者であった場合、通算管理は通常よりも難しいでしょう。
しかし、電通事件最高裁判決(2000年)によれば、労働者を使用する者であれば誰でも、『業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負う』のです。
したがって、主業先は副業先の、副業先は主業先の労働時間を含めた労働実態をきちんと把握しなければなりません」
ーー具体的に企業はどうやって把握すべきなのでしょう?
「厚労省の『副業・兼業の促進に関するガイドライン』(2018年1月31日付)では、労働者からの自己申告により副業・兼業先での労働時間を把握することが考えられる、と明記されています。
副業を解禁した使用者には、他の事業場での労働実態を従業員からヒアリングし、実態を把握しておく義務が課せられるということになるでしょう」
ーー労災認定では、労働時間が重要な要素になります。ダブルワークの場合、労働時間はどのように扱われるのでしょうか?
「2社で働く人の労災をどのように認定するか、特に法律の定めは存在しません。
労働基準法38条では『労働時間に関する規定の適用については通算する』との規定がありますが、これは賃金計算などの際に適用される条文です。
では、労災の実務では、どのように運用されているのでしょうか。
1つには、それぞれの事業場の労働時間を合算し、労災認定したケースがあります(東京労働者災害補償保険審査官H19.5.15決定)。
他方で、裁判例の中には、合算をせずに労災認定するべきとの判断を示したものも存在します。先ほどあげた大阪高裁判決(平成27年5月7日)では、次のように述べられています。
『ある事業場での勤務時間以外の時間について、労働者がどのように過ごすのかについては、当該労働者が自由に決定すべきものであって、当該事業場は関与し得ない事柄』
『当該事業場が労働災害の発生の予防に向けた取組みをすることができるのも自らにおける労働時間・労働内容等のみである』」
ーー結局、どちらなのでしょう…?
「『副業・兼業の促進に関するガイドライン』では、主業先も副業先の労働実態を把握することが明記されているわけですから、この判決の前提条件(当該事業場は関与し得ない事柄であり…)はもはや存在しないといってよいでしょう。
ただし、残念ながらガイドラインが出た現在でも、この大阪高裁判決の論理にしたがい、合算を認めない例も存在します。
そうなると、一つの事業場の労働実態だけでは労災の認定基準を満たせない場合、不支給決定が出されてしまうことになります。
仮に労災認定されても、給付額の算定は、労災が生じた事業場の賃金のみをベースとする運用なので、給付額が実収入よりもかなり安くなってしまうというデメリットがあります」
ーーそれが今回裁判になった事例なわけですね。
ーーダブルワークの労災について、労働政策審議会(労政審)の部会で検討が進んでいると聞きます。どういう内容なのでしょうか?
「労政審では、労災の給付額のベースや業務上の負荷について、主業先と副業先を合算しないことが正当と言えるかどうか、という議論がスタートしています。
ある委員からは、合算すべきでないとする意見が出ていますが、別の委員からは合算を認めるべきとの反対意見が出ており、拮抗している状況です」
ーー「同一の事業体」に限らず、合算すべきかという議論ですね。どうあるべきと考えますか?
「働き方改革法の上限規制に抵触しているかどうかは、あくまで合算して判断するにもかかわらず、労災だけは合算しないというのは、論理的に整合しないと思われます。
副業解禁は、いまや日本全体を巻き込んだ議論となっており、経営側も積極的に賛成する傾向が見られます。
そうであれば、不運にも労働者が災害にあった場合に、きちんと経済的にバックアップする仕組みは絶対に必要です。そうでなければ、日本で安心して副業には就けないということになりかねません。
副業を解禁し、有意な人材を様々な職場で活用しようという方向にかじ取りをするのであれば、それを支える制度作りを国が主体となって進めるべきでしょう」
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
笠置 裕亮(かさぎ・ゆうすけ)弁護士
開成高校、東京大学法学部、東京大学法科大学院卒。日本労働弁護団本部事務局次長、同常任幹事。民事・刑事・家事事件に加え、働く人の権利を守るための取り組みを行っている。共著に「労働時間規制と過労死」(労働法律旬報1831・32号61頁)、「労働相談実践マニュアルVer.7」「働く人のための労働時間マニュアルVer.2」(日本労働弁護団)。
事務所名:横浜法律事務所
事務所URL:https://yokohamalawoffice.com/