2019年02月16日 12:01 リアルサウンド
東京は立川にある独立系シネコン、【極上爆音上映】等で知られる“シネマシティ”の企画担当遠山がシネコンの仕事を紹介したり、映画館の未来を提案するこのコラム、第35回は“アップリンク吉祥寺の未来すぎる上映プログラム”について。
2018年12月に吉祥寺にオープンした映画館「アップリンク吉祥寺」。東急本店の奥にある渋谷館に続く2館目で、場所は駅北口を出てすぐの、パルコの地下2Fです。
●スクリーンの割り振りって?
総座席数は300席で、いわゆる「ミニシアター」に分類される劇場ですが、なんと5つもスクリーンがあります。これが驚くべきポイントで、300という席数が決まっているなら、常識的に考えれば3スクリーン以下にするのが妥当なところなんですよね。
その理由のひとつは、映画館というのはやはり大ヒット作品が出たときにどれだけたくさん入れられるかが稼げるかポイントのひとつだからです。たとえば僕の働いているシネマシティは最大劇場が380席ですが、近隣には500席のスクリーンを持つ映画館があり、全部の上映回が満席になるような大ヒット映画が来た場合は、1日あたり5回上映だとするとそれだけで600名の差がついてしまうわけです。
なるべく大きな劇場を持ちたいけれども、大きすぎても長期的に考えればムダにする座席が増えるということでもあるので、ヒットしなかった、あるいは長く続ける映画のための、小さな劇場も欲しいところです。
そう考えると、3つくらいに割り振って、無難に考えるなら150席/100席/50席というような感じにしたくなります。
ちなみに3スクリーンで296席の新宿武蔵野館は「128席/85席/83席」という「大/中/中」という割り振り。433席のヒューマントラストシネマ渋谷は「200席/173席/60席」で「大/中/小」。TOHOシネマズシャンテは615席を「224席/201席/190席」という「中/中/中」のほぼ等分に振っています。こういうところにも劇場の性格や戦略が出て面白いです。
アップリンク吉祥寺の割り振りは、「98席/63席/58席/52席/29席」です。これをもって「ミニシアターコンプレックス」を標榜しています。
いくつものユニークな特徴を持つ個性的な劇場ですが、突出して僕が面白いと感じた、このスクリーン割り振りと驚くべき上映プログラムにテーマを絞って、この劇場が実現していることと目指していること、それを踏まえて映画館の未来の上映プログラムについての可能性について書こうと思います。
●デジタル時代の上映プログラム
2011年頃から映画の上映は完全にデジタル化したわけですが、映画館の上映プログラム組みは旧来と大きな変化はありません。
大抵の作品が金曜か土曜に始まって、どこの映画館も1週間ずつスケジュールを出して、つまり1週間というのが映画の基本単位となっているわけです。
良し悪しや実現性はひとまず置いておき、デジタルのメリットを最大限に活かすのは、ひとつはテレビのように上映プログラムを日替わりレベルに持っていくことかと思います。このことで公開中はどの映画も常に毎日やっているのではなく、火水の昼だけとか、土日のみ上映とかいう作品を作るのです。お子様向け作品は土日祝の朝昼のみ、ドロドロ昼ドラ風作品は平日の午後からだけなどですね。
このことで劇場は「座席稼働率」をあげるのです。1週間通しのスケジュールではなく、曜日と時間帯を考えてそこにもっとも集客しやすい作品を上映することで、例えば平均30名しか入らなかった枠に、回数を絞って50名入れるのです。そうやって50名の回を増やしていくのです。
物理的なフィルムを回していたときには日替わりはまず不可能でしたが、デジタルなら理論上は可能です(現状だと正直、結構作品データの入れ替えが厳しいのですが)。もうひとつは、Webの動画配信サービスのように新旧織り交ぜたプログラムにすることです。
映画館が、かつてのオールターゲットから、映画を観る手段としては贅沢で、より高いクオリティで味わいたい人向けの設備に変わりつつある今、なにも新しい作品だけしか集客できないわけではない、ということです。
AmazonプライムビデオやNetflixのトップページには、昨日今日製作されたようなピカピカの新作も、30年も前の映画も、同じように並んでいます。僕はこれがこれからの映画館のラインナップのあり方だと確信しており、ここ数年のシネマシティのラインナップは、それに近づけるようにしているつもりです。
ところが、シネマシティが四苦八苦しながら理想の実現の半分も達成していないうちに、一足先にさらっとそれらを大体やってのけてしまっている映画館があったのです。それが、アップリンク吉祥寺です。
●浅井隆が唱える“ポートフォリオ編成理論”
わかりやすいのは、名刺代わりの、吉祥寺館オープニング企画として放った「見逃した映画特集 Five Years」でしょう。なにしろ12月14日から1月25日までの1カ月ちょいの期間で、上映総数170本越えという、本数2度見不可避のとんでもないクレイジー企画。
ここ5年で公開された、ハリウッドメジャー作品から邦画、マニアックなドキュメンタリーまでそろえにそろえたラインナップの五月雨撃ち。このすさまじい企画の意図はいったいなんなのか、アップリンク代表の浅井隆さんに質問してみました。
「ポートフォリオ編成理論、というのがあるんだよ」
ポートフォリオ? 僕は最初その意味を「作品集」と捉えましたが、浅井さんの意図するところは投資分野で使われるところの「分散投資」のほうの意味。特定の株やなんかだけでなく、様々な分野に投資することでリスクをやわらげるやり方ですね。
シネコン以前の映画館は1館に1スクリーンというのが多く、それはつまり、上映作品と心中せざるを得なかったわけです。
シネコンはショッピングモールと融合して、買い物や外食も合わせて楽しめるという総合的なエンターテインメントの提供で成功した業態ですが、複数のスクリーンを持つことでそのいわば「心中主義」的なスタイルから脱却したことが成功の一番大きな理由です。
ですから、いわばシネコンならどこでも「ポートフォリオ編成理論」に則っているともいえるわけですが、浅井さんの考え方はそれを遙かに超えた、もっと突き詰めきったものでした。
「たとえば吉祥寺には5スクリーンあるでしょ? 1日に上映できるのは5回。つまり5×5、25本の映画が1日に上映できるよね」
いや、そうだけども!
映画に限らずかも知れませんが、来てくださるお客様の数というのは不思議なもので、特にイベント性が強い旧作上映なんかだと1週間の上映と2週間の上映とで、最終的な動員に大きな差がないことが多いのです。
この連載でも書いたことがあったかと思いますが、映画館側だけの都合で言わせていただければ、キャパよりも多く入る作品は別ですが、1作あたりの上映回数は少ないほうが、効率良く集客できるわけです。つまり、1日5回上映して300名入る作品があったとして、そのままは難しいとしても1回だけの上映にすることでその回に200名入れられることはあり得るのです。
5回上映の時は1上映あたりの平均客数が60名ですから、比較にならないくらい座席稼働率が良くなるわけです。これが「ポートフォリオ編成理論」の狙いです。
そして1作品1日1回上映と割り切ったことで、5スクリーンながらかなりの本数が上映できるのです。常時20タイトル前後上映というのは、普通は10スクリーンくらいはないと難しいですが、浅井流「ポートフォリオ編成理論」なら可能というわけです。
とにかく一足飛びに未来にたどり着いてしまったような驚きがあったので、興奮気味に語ってしまいましたが、この極端なプログラム組みに、はたして映画ファンはついていけるのか、という疑問も浮かばないではありません。
これは見逃していた、絶対観たい、という作品がラインナップされても、1日1回の上映では都合をつけるのは大変です。またこれほどの数を撃つことが、本当にリスクヘッジになっているのか、つまり、これまでのミニシアターというのは劇場に性格を持たせて「こういうお客様にこういう作品を観てほしい」というターゲットを明確にしていることが多いと思いますが、そうでなくした場合に不利に働かないのか、という疑問です。
少し長くなりすぎるので、この回は後編に続きます。
後編は、映画ファンの視点から、そして僕の本職である企画担当という視点から、この革命的な「ポートフォリオ編成理論」についてさらに深く踏み込んでみたいと思います。
You ain’t heard nothin’ yet !(お楽しみはこれからだ)
(遠山武志)