2019年02月16日 10:21 弁護士ドットコム
犯罪をした人や非行少年の立ち直りのために、彼らと向き合い、自宅でカレーをふるまい続けた元保護司がいる。いつしか少年たちの間で「更生カレー」とよばれるようになったカレーは「カレー・オブ・ザ・イヤー2019」の社会貢献部門を受賞した。
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元保護司の名は中澤照子さん(77)。現在は東京都江東区で、カフェ「Cafe LaLaLa」を営業しているという。話を聞きに、カフェに足を運んだ。(編集部・吉田緑)
辰巳駅からすこし歩いたところにあるスーパーの1階に、Cafe LaLaLaの看板がみえる。
階段をのぼって2階にあがると、カフェがある。中に入ると、中澤さんが笑顔で出迎えてくれた。
中澤さんは20年間、保護司として100人をこえる少年や大人たちと向き合い続けてきた。保護司は、犯罪や非行に走り保護観察がついた人を更生に導く仕事だ。少年だけではなく、仮釈放になったり、保護観察つきの執行猶予を言い渡されたりした場合など、大人も保護観察がつく。
大人の場合は満期で刑務所を出所する人もいるが、この場合は保護観察がつかない。そのため、中澤さんが向き合ってきた対象者のほとんどは少年だったそうだ。
「何人更生させたかと聞かれることもある。でも、いつなにが起きるかわからない。更生はその人が生きている間は、生涯やっていくもの」
中澤さんは困っている人を放っておけない性格。友人にすすめられて1998年に保護司になったが、犯罪や非行に走ってしまった人と接することにまったく抵抗はなかったという。
「小学生のころから、いじめられている子どもをみるとかばったり、助けたりしていた。保護司になるための道筋ができていたのだろうか」
中澤さんのもとにはさまざまな少年がやってきた。
「つかまると3食食べられる」ーー。家で食事を用意してもらえなかった少年は、こう話した。
他にも、家庭に居場所がなく、暴走族や薬物乱用などの非行に走ったり、空腹で眠れなかったりする少年もいた。
中澤さんはどんな少年たちともじっくり向き合ってきた。
「最初は自分のことしか考えられず、『大人は敵』と思っていた少年たちも、すこしずつ心を開いてくれるようになった。今では立派な社会人。人を喜ばせることができるようになった」
中澤さんは定年のため、2018年12月に保護司を退任。同じ月、20年前に保護観察の対象者だった元少年たち約15人が慰労会を開いてくれたそうだ。
中澤さんが見せてくれた会の写真には、妻や子どもたちとともに笑顔で中澤さんを囲む元少年たちが写っていた。
これまでも、非行から立ち直った元少年たちが中澤さんを温泉に連れて行ったり、食事をご馳走してくれたりすることが複数回あり、現在もつづいているという。
中澤さんが向き合ったのは、少年だけではない。
当時60代だったある男性は、保護観察が終わる日、「もう2度としませんから」と話した。当初は半信半疑だったという中澤さん。しかし、その決意は本物だった。
その年の暮れ、男性から「社会にいる証です」とワインが送られてきた。社会にいるということは、再犯をしていないということ。ワインは現在まで18年間、毎年、途絶えることなく送られ続けているという。
多くの人が犯罪や非行から立ち直れたのは、中澤さんが真剣に1人1人と向き合ってきたからだろう。そして、中澤さんが自宅でふるまってきたカレーの力もある。
家庭の味に飢えていた少年たちや、愛情がこもったあたたかい料理とは程遠い生活を送ってきた人たちの胃袋もこころも鷲掴みにした中澤さんのカレー。いつの頃からか「更生カレー」と評判を呼び、毎年地域で大規模なカレー会を開催するほどになった。
「母の日にカーネーションを持っていったら、カレーが食べられた」。
その噂を聞いた元少年たちは、母の日になるとカーネーションを持って中澤さんの自宅にやってきたという。「母の日は留守にできなかった」と中澤さんは笑う。
一体どんなカレーなのか。しかし、メニューに「更生カレー」の文字はない。
「更生カレーは4、5人以上で来ることがあれば作ることがある」と中澤さん。カレーには子どもたちが喜ぶ大きな豚バラブロックの肉を入れ、米もよいものを選んでいるという。「子どもたちは分からないかもしれないけれど、『うまい』と言ってもらえたら」
保護司には給料が出ない。カレーはすべて中澤さんが自費で作ってきた。メニューに載せていないのは、今まで無償でふるまってきただけに、お金をもらうことを躊躇する気持ちもあるのだという。
Cafe LaLaLaは2018年3月にオープン。子どもからお年寄りまで、さまざまな人が中澤さんに話を聞いてもらいたい一心でカフェを訪れる。「居場所をつくりたかった」と中澤さんは話す。
中澤さんに救われた人たちやその家族はもちろん、「息子が少年院に入った」と遠方から相談に来る母親もいるという。ときには、相談の電話がかかってくることもあるそうだ。
「珈琲どころというよりは、相談どころ。でも、困っている人は放っておけない。解決策はすぐには出ないかもしれないけれど、はけ口になれればいい。ここで悩みをミキサーで溶かし、体内に流し込んで、それをエネルギーに変えてくれれば」
コーヒーフロートは、ホッとする優しい味がした。
(弁護士ドットコムニュース)