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ハリウッドを揺るがすアジアンカルチャーの台頭とナラティブの変化 サンダンス映画祭現地レポート

2019年02月15日 12:01  リアルサウンド

リアルサウンド

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 今年のサンダンス映画祭のテーマは、「Risk Independence」。世界中から集まったフィルムメイカーたちは、できたての映画を持ってあらゆるリスクを冒して雪の覆われたユタ州パークシティまで辿り着く。彼らは、金銭的に、社会的に、そして政治的リスクを冒してまで物語を語ろうとしている。社会に疑問を呈し、映画を監督するという行為をもって、映画の終わりにひとつの視点を提示する。約35年前にサンダンス・インスティチュートを設立したロバート・レッドフォードは今年のラインナップを、「この社会は物語の語り部によって成り立っている。彼らの決断、彼らがとるリスクが我々の経験となる。今年の映画祭には、社会に挑戦し、疑問を抱き、それをエンターテインメントに昇華させた物語の語り部たちが揃う。物語を語る上で、彼らは真実を追求するという難しい決断を迫られる。そこに文化が生まれるのだ」と評した。フィルムメイカーと主催者のこの関係を、崇高と言わずになんと言おう?


参考:アメリカ・インディー映画の祭典はどこに行く? 岐路に立つサンダンス映画祭を徹底検証


 サンダンス映画祭は、およそ35年前にレッドフォードが当時住んでいたユタ州パークシティにて、映画作家を育成する組織を始めたのが起源。それからジム・ジャームッシュ、スティーヴン・ソダーバーグ、クエンティン・タランティーノ、コーエン兄弟、クリストファー・ノーラン、ダーレン・アロノフスキー、そして最近ではデイミアン・チャゼルやライアン・クーグラーといったアカデミー賞ノミネーションに名を連ねる監督たちを発掘し、育ててきた。スタジオなどの業界人も映画ファンも、新しい才能の青田買いを求めて1月の雪山にやってくる。今年のドラマ部門コンペティションの審査員にはデイミアン・チャゼルが就任し、サンダンスに発掘された映画人が次の世代を引き上げるために尽力している。


 こうした素晴らしい循環作用によって地位と名声を築いてきたサンダンス映画祭だが、今年のラインナップからはハリウッド及び映画文化を取り巻く環境の変化に敏感に反応し、新しいフェーズに入ったように見受けられた。具体的には、Inclusion(包容性)、そしてNarrative(語り口)の変化だ。それは、今年のアカデミー賞候補作にもすでに現れていて、スペイン語とメキシコの少数言語によって全編が語られるアルフォンソ・キュアロン監督の極個人的な物語『ROMA/ローマ』が最多10部門にノミネートされていることからも顕著だ。


 今年のサンダンス映画祭の映画上映本数は、応募総数14259本の中から選ばれた長編121本、短編73本。そのうち、女性(を含む)監督作品は全体の53%、そして有色人種監督による作品は41%、18%の作品がLGBTQ IA+(余談だが、最近はLGBTQに当てはまらない性的趣向を含むIA+をつけるのが一般的)という統計がある。映画祭を取材するプレスに対しても、今年からInclusion Initiative(包括構想、平たく言うともっと多くの人を仲間に入れましょうよという計画)が導入され、幅広い人種や言語、性的趣向を持つプレスに対して優遇措置を取っている。サンダンスの哲学は、今年から新しくプログラム・ディレクターに就任した日系人のキム・ユタニにも引き継がれ、素晴らしく包括性に満ちたセレクションが行われた。最終日に行われた受賞セレモニーで発表された受賞結果にもその傾向が見られた。


 USドラマ部門コンペティションの審査員グランプリは、死刑制度を執り行う刑務所長の心理的な変化を描いた『Clemency』、同部門観客賞は、自堕落なブリトニーが、NYマラソンを走るまでをコメディで描いた『Brittany Runs a Marathon』。主人公のブリトニーは白人だが、親友はアジア人、恋の予感を感じる相手もインド系というNYらしい設定で、上映されるとすぐにAmazon Studioが1400万ドル(約14億円)で配給権を手にいれた。USドキュメンタリー部門では、昨年の中間選挙で最年少初当選を果たしたプエルトリコ系移民アレキサンドリア・オカシオ=コルテス下院議員ら4人の女性候補者のドキュメンタリー『Knock Down The House』(レイチェル・リアース監督)が観客賞を受賞した。今作はNetflix躍進のきっかけでもあるドキュメンタリー作品の拡充のために破格の1000万ドル(約10億円)で世界配給権を取得している。同部門審査員グランプリに輝いた『One Child Nation』(ナンフー・ワン、ジアリン・ジャン監督、Amazon Studioが配給権取得)は、中国の“一人っ子政策”施行時代に作られた家族の姿を追った作品。そして監督賞には、GM破綻後のオハイオ州に車のフロントガラス市場で世界第3位を誇る中国企業が工場を建設し起きる文化摩擦を描いた『American Factory』(スティーブン・ボグナー、ジュリア・レイシャート監督)が選ばれた。今作もまた、Netflixが3億円で権利を取得している。そのほか、日本から出品された唯一の作品『ウィーアーリトルゾンビーズ』(長久允監督)が、ワールドシネマ・ドラマティックコンペティション部門審査員特別賞オリジナリティ賞を受賞している。


 この受賞結果は、米映画情報サイトIndieWireが実施した参加ジャーナリストへのアンケートと一致しなかったとの記事がある。(参考:IndieWire|Critics Survey: Sundance 2019’s Best Movies According to 102 Film Journalists)


 IndieWireのアンケートでは、中国系アメリカ人のルル・ワン監督の『The Farewell』が作品賞、監督賞、脚本賞に選ばれ、ベスト・ドキュメンタリーにはアポロ11号の秘蔵映像を70mm映像で見せた『Apollo 11』(トッド・ダグラス・ミラー監督)が選ばれている。『The Farewell』は、アメリカに暮らすほぼアメリカ人の中国人ビリー(『クレイジー・リッチ!』のオークワフィナが好演)ら家族が、中国に暮らす祖母の末期ガンを知り、家族集合する物語。ルル・ワンの身に実際に起きた出来事が原案となり、ほぼ全編中国ロケ、中国語で描かれる家族の物語は、笑いと涙が同時に訪れるような素晴らしい作品だった。マーケットでも各社争奪戦が繰り広げられたそうで、ルル・ワン監督が出席したシンポジウムで語ったところによると、「配信事業者からは家が数軒買えるようなオファーをいただいたけれど、劇場で観客のみなさんの顔を見て語り合う体験をしたかった」という理由で、A24が700万ドル(約7億円)で配給権を獲得した。


 上記で例に出したように、『Brittany Runs a Marathon』、『Knock Down The House』、『The Farewell』の他にも、サンダンスで上映され話題になった作品は次々と配給がついていった。その中でも高額取引されたのは、インド系のミンディ・カリング(『オーシャンズ11』)が脚本・主演し、同じくインド系の女性が監督した『Late Night』(Amazon Studioが1300万ドルで購入)、『ベッカムに恋して』のグリンダ・チャーダ監督(ケニヤ生まれのインド系英国人)と脚本家のポール・マエダ・バージェス(日系アメリカ人)カップルによる新作『Blinded by the Light』(New Lineが1500万ドルで購入)は、パキスタン系英国移民の子供たちがブルース・スプリングスティーンの音楽に勇気付けられる物語だ。そして『The Farewell』や『American Factory』『One Child Nation』といった中国をテーマにした作品にも次々と配給がついた。


 Netflixのように世界マーケットを狙った配信事業者が中国やインドの作品に触手を伸ばすのは市場拡大の目的がわかりやすいが、Amazon StudioやNew Line、A24はアメリカ国内劇場配給権(一部世界配給権を取得している取引もある)を取得しているもので、昨年の『クレイジー・リッチ!』の快挙は、ハリウッドに大きな影響をもたらしたと読み取ることができる。特に、今年顕著だったアメリカで活路を見出す中国人クリエイターの躍進は、今後の世界映画地図を塗り替えていくことになるだろう。社会主義国家で表現の自由を狭められていた彼らは、まさに今年のテーマ「Risk Independence」を体現するためにアメリカで表現活動することを選んだのだ。


 アジア系以外の作品でも力強い映画が集まった。『The Report』(Amazon Studioが1400万ドルで購入)でのイラク兵拷問捜査の真偽を追った特別調査官(アダム・ドライバー)とファインスタイン上院議員(アネット・ベニング)の迫真の演技は早くも2020年のオスカー候補と言われている。俳優のシャイア・ラブーフが自身の子供時代の体験を脚本に起こした『Honey Boy』(Amazon Studioが500万ドルで購入)、イギリスの政府通信本部で働く諜報員が国家機密をリークした「キャサリン・ガン事件」をキーラ・ナイトレイ主演で映画化した『Official Secrets』(IFC Films が200万ドルで購入)などのドラマ作品は、どれもリスクをとることを恐れず自身の信条を貫く主人公たちが描かれている。


 一方、サンダンスが得意とするドキュメンタリー部門では話題作が多く上映された。映画業界の暗部をえぐるようなハーヴェイ・ワインスタインの“#MeToo”事件を証言する『Untouchable』、かつて(といってもわずか1年前だが)トランプ政権の首席戦略官兼上級顧問を務めていたスティーブ・バノンの新しい牙城を追った『The Brink』(Magnolia Pictures)、マイケル・ジャクソンの幼児虐待疑惑を4時間超のドキュメンタリーにした『Leaving Neverland』(HBO)など、内容も作品の出来も物議をかもすような作品が多かった。


 惜しむらくは、日本から参加した作品がわずか1本だったということ。ありとあらゆる問題が噴出する現代日本には、ドキュメンタリーにしてもフィクションにしても、映画の題材がごろごろ転がっているというのに……。(平井伊都子)