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まさにエンターテインメントの満漢全席! テンコ盛りだけど分かりやすい『アクアマン』の面白さ

2019年02月11日 12:01  リアルサウンド

リアルサウンド

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 お客さんに楽しんでいただく――これがジェームス・ワン監督の理念であろう。ソリッド・シチュエーションの礎となった『ソウ』(2004年)、渋いヴァイオレンス映画『狼の処刑宣告』(2007年)、心霊ホラーの『インシディアス』(2010年)、『死霊館』(2013年)、車が空を飛ぶ『ワイルド・スピード SKY MISSION』(2015年)などなど、ジャンルの枠を易々と飛び越える一方、この理念は彼が手掛けた全ての映画で一貫している。彼ほど観客へのサービス精神が豊富な男も、そのサービス精神を徹底管理できる男もいないだろう。遂に日本公開された『アクアマン』(2018年)は、そんな彼の真骨頂と言うべき傑作だ。何しろ物語に詰め込まれている要素が多い。ざっくり言うならアクアマン(ジェイソン・モモア)が海底世界と地上世界の戦争を止めるために、世界を巡りつつ悪党をブッ飛ばす話なのだが、ここに魅力的なキャラクターたちと、いくつものドラマが絡み合ってくる。正直、書ききれないほどだが……例えば物語の序盤はこんな具合だ。


参考:『アクアマン』ジェームズ・ワン監督が語るヒットの秘訣 「自分が楽しめるのが1番のバロメーター」


 海底の世界から地上へ逃れてきた女王・アトランナ(ニコール・キッドマン)。灯台守りのトム(テムエラ・モリソン)は傷ついた彼女を見つけ、たちまち2人は恋に落ちる。やがて息子のアーサーを授かるが、無情にも海底からの追手が。アトランナは夫と子を守るために海底王国へ帰還する。残されたアーサーはすくすくジェイソン・モモアに成長し、超人“アクアマン”として時おり人々を助けたり、海賊のブラックマンタ(ヤーヤ・アブドゥル=マティーン2世)から激しい恨みを買ったりしていた。そんなある日、海底王国ゼベルの女王メラ(アンバー・ハード)がアーサーを訪ねてくる。彼女によれば、地上を我が物にせんとするアトランティスの王オーム(パトリック・ウィルソン)が 猛威を振るっているという。地上世界を守るために、打倒オームを掲げてアクアマンはメラと海底世界へ向かうが……。


 ここまでで序盤だ。すでに1組のカップルの出会いと別れ、1人のヴィラン(悪役)との因縁の誕生、さらにヒロインとの邂逅まで描いている(ちなみにこの序盤だけで格闘アクションが数回、街がブッ壊れるスペクタクル・シーンまである)。提示される設定やキャラクターの量が多すぎる。文字だけなら明らかに情報過多だが、そこがさすがのワン監督。こうした大量の情報がスルスル頭に入ってくる。「どこで」「どの情報を」「どう提示するか」が徹底的に練られているのだ。印象的なシチュエーション作り、回想形式、モンタージュ、(疑似)長回し、縦横無尽な視線移動、ナレーション、音楽、その他あらゆる技術を駆使して、テンコ盛りの情報を観客に「分からせる」。最も極端なシーンは、舞台がアフリカに移動するやTOTOの「Africa」をサンプリングしたラッパー、ピットブルの楽曲「Ocean To Ocean」が流れるところだろう。アフリカになったら「Africa」を流す。なんと分かりやすい使い方だ。


 テンコ盛りと分かりやすさ。この2点を踏まえた上での、お客さんに楽しんでいただく精神。思い返してみれば、彼のこういったスタイルはデビュー作の『ソウ』からも見て取れる。「目が覚めたら明らかにヤバい便所に閉じ込められていた!」という分かりやすい掴みと、密室劇だけでは終わらせず、別軸で殺人鬼ジグソウを追う刑事ドラマも進行させていた。直近でも『死霊館 エンフィールド事件』(2016年)で主な舞台となる“呪われた家”以外に、“呪いの人形アナベル”“悪魔のシスター”“へそ曲がり男”など、次々と主役級の濃いキャラクターを登場させている(そして実際にスピンオフで主役になっている)。


 『アクアマン』では、こういったテンコ盛り傾向もパワーアップ。時にジャンルすら横断していく。底抜け痛快野郎の英雄譚、壮絶な格闘アクションのつるべ打ち、シェイクスピア風の宮廷陰謀劇と兄弟の愛憎、世界を巡ってのラブコメディ、異なる世界に生きる一組の男女の悲恋の物語、海底で繰り広げられる大戦争、景気よく鳴り響くピットブル……これだけテンコ盛りな上に、一切話が渋滞せずに流れてゆく。そして何より面白い。まさにエンターテインメントの満漢全席。こういう映画は大きな画面と、大きな音で観るのが一番だ。今もっとも劇場で観るのをオススメしたい一本だ。(加藤よしき)