トップへ

『ゾンビが来たから人生見つめ直した件』可笑しくも切ない物語が伝える“生きることへの執着”

2019年02月09日 12:01  リアルサウンド

リアルサウンド

写真

 土曜の夜にまさか“人生”について深く考えさせられるとはーー。とある地方都市に発生したゾンビと対峙する人間たちの姿を描いたドラマ『ゾンビが来たから人生見つめ直した件』(NHK総合)に釘付けだ。


 まず何より印象的なのが、登場人物たちの“人間臭さ”である。


 上京後、高校時代の先輩と結婚するも浮気されて地元にUターン。虚しさとともに生きることへの執着が薄れ、「ぶっちゃけ、いつ死んでもいいと思ってるところある」と諦観しているタウン誌のライター・みずほ(石橋菜津美)。だが、第1話でゾンビに噛まれそうになったみずほは頭の中で自問自答を繰り返し、最後の最後に“生きること”を選択する。


 そんなみずほの親友であり、地元の建設会社の事務員・美佐江(瀧内公美)は、こともあろうにみずほの夫である智明(大東俊介)と不倫関係にあった。第2話では情交を重ねたラブホテルでゾンビに囲まれるも、自分たちの生死より不倫がバレることを何より恐れる美佐江。すべてバレてみずほに詰め寄られるも開き直り、堂々と離婚届を突きつける智明。追い打ちをかけるように美佐江は彼を自分にくれとみずほに詰め寄った。


 そして第3話では、家庭で存在感の薄かったみずほの父・光男(岩松了)が、ゾンビ化したコンビニ店員・神田くん(渡辺大知)を粗末に扱うみずほたちを諫め、元の人間に戻る可能性を探そうとする。「ゾンビになったからといって人を殺してもいいのか?」という光男の素朴だが根源的な問いかけは心に深く刺さった。


 この突拍子もないシチュエーションにリアリティをもたらしているのは、3人のヒロインを演じる女優たちの素晴らしい演技力だ。


 複雑な感情をコントロールできない自分自身が許せないみずほを演じるのは石橋菜津美。今年FODとNetflixで配信予定のドラマ『夫のちんぽが入らない』でも主役を務めており、今注目を集める女優であることは間違いない。


 自己肯定感が低く、その割にストレートにモノを言うスナック店員・柚木を演じる土村芳は『3年A組-今から皆さんは、人質です-』(日本テレビ系)で、菅田将暉演じる教師・柊と交際していた相楽文香役としても出演中。


 高校時代からみずほに対してコンプレックスを抱き続けてきた美佐江役の瀧内公美は、映画『グレイトフルデッド』や『彼女の人生は間違いじゃない』で体当たりの演技を披露し、強烈なインパクトを残している。


 30歳の女性3人がそれぞれに繰り広げる人間模様といえば、近年では『東京タラレバ娘』(日本テレビ系)が思い浮かぶ。本作でも三者三様、異なるキャラの絶妙なバランスが安定感を生むことに奏功しているが、それらもすべて一人の人間が内包する人格であると考えると、より深みが増す。


 先ごろシーズン10の制作が決定した海外ドラマ『ウォーキング・デッド』はもちろん、Netflixで配信中の韓流ドラマ『キングダム』、そして大ヒットした映画『カメラを止めるな!』と、近年ゾンビ・エンタメがすこぶる隆盛である。


 メタファーとしてのゾンビが象徴しているのは、薄い膜のように私たちを覆う漠然とした“不安”や“危機感”だ。政治の世界では毎日のようにウソが暴かれ、自分の非を認めず開き直る大人が増え、痛ましい子どもの虐待のニュースが後を絶たない。駅のホームを見れば自分も含め、もれなく首を垂れスマホをじっと覗き込む人々の群れがそこにある。常に何かに追われ、生きているのか死んでいるのか分からない。いつしか自分はゾンビのようにこの世を彷徨っていないだろうか?


 まるで合わせ鏡のごとく、私たちの不安を映し出すゾンビ。そんな不安を吹き飛ばすことができるのは、どんな形であれ、生きることへの“執着”にほかならない。視聴者である私たちは、ゾンビが来て人生を見つめ直している登場人物たちを通じて、己の人生を見つめ直させられているのだ。


 劇団MCRの主宰にして本作の脚本を務める櫻井智也氏が、この可笑しくも切ない物語をどうまとめてくれるのかしっかりと見届けたい。(文=中村裕一)