■5回限りのイベント上映が満席&即完売。口コミが広がり、全国拡大公開へ
イギリス・ヨークシャー地方。寂れた牧場を1人で管理する孤独な青年ジョニーと、ルーマニアからの季節労働者・ゲオルゲが出会い、恋に落ちる。厳しい自然の中で心を通わす2人の姿を描いた映画『ゴッズ・オウン・カントリー』が2月2日から全国で拡大上映されている。
本作は2017年1月に『サンダンス映画祭』でワールドプレミア上映を迎え、監督賞を受賞。同じ年の『ベルリン国際映画祭』パノラマ部門でも上映されて、LGBTをテーマにした作品を表彰するテディ賞に選ばれた。その後も『英国インディペンデント映画賞』や『2018英国アカデミー賞』をはじめとする多くの映画祭で賞やノミネートを受けている。
日本では昨年8月に行なわれた『第27回レインボー・リール東京~東京国際レズビアン&ゲイ映画祭~』でジャパンプレミア上映された。700席のチケットが即完売し、多くの反響を呼んだが、その後は長らく国内での配給がつかない状態だった。しかし、ボランティアの有志数人が自己負担で劇場上映にこぎつけ、12月にシネマートの上映企画『のむコレ』で計5回限定の上映が行なわれた。
この5回限定の上映はすべて満席に立ち見が出るほどのヒットを記録し、チケット販売開始時にはアクセス集中によってサーバーがダウンするほど。SNSなどで再上映を望む声が溢れるなか、ヒットを聞きつけた配給会社による国内配給権の争奪戦に発展し、ついに全国での拡大上映に至ったのだという。
この全国上映までの経緯は、東京2館での上映から全国に拡大し、昨年を代表する邦画の1つにもなった『カメラを止めるな!』を彷彿とさせる。『ゴッズ・オウン・カントリー』もまた作品の魅力が観る者を突き動かし、草の根運動的に広がっていった作品なのだ。
■「この映画が感動的なのは、恋愛が根底にあるから」
『ゴッズ・オウン・カントリー』のあらすじを説明しよう。
主人公の青年ジョニーは、病気の父と老いた祖母に代わってヨークシャーにある牧場を1人で管理している。孤独で過酷な牧場での日々を酒と行きずりの不毛なセックスで紛らわす毎日。ある日、羊の出産シーズンに父親がルーマニアからの季節労働者ゲオルゲを雇う。初めは衝突する2人だったが、羊に優しく接するゲオルゲにジョニーは今まで感じたことのない恋愛感情を抱き始め、突き動かされていく――。
ジョニー役のジョシュ・オコナーはインタビューで「この映画が感動的なのは、恋愛が根底にあるからです。ある家庭が1人の人物の出現によって大きな影響を受ける」と語っている。LGBTQの登場人物を描いている映画だが、登場人物の性的指向が主題にあるわけではなく、不器用で孤独なジョニーが少しずつ心を開いていき、恋に落ちる過程を美しい映像で丁寧に描いたラブストーリーだ。
イギリス特有の灰色の下で地元に縛られ、同級生のように街を出ていくこともできないジョニーにとって、突如彼の人生に出現したゲオルゲは、曇り空の隙間から差し込む一筋の光であり、乾いた心を潤す水のような存在だったのだろう。初めは敵意をむき出しにしていたジョニーが、ゲオルゲに心を許してからは屈託のない笑顔を見せ子供のように甘える様は微笑ましく、その変化に心を掴まれた観客も多いのではないだろうか。
■作品の背景にある「真実」へのこだわり。家畜の扱いもスタントなし
監督のフランシス・リーは本作の舞台であるヨークシャーで育ち、実家は農場を営んでいた。本作は自伝ではないが、閉塞感のある田舎のコミュニティに生きるジョニーの経験やヨークシャーの風景は、「この目で見て感じた世界を描写したかった」と語る監督自身のバックグラウンドにもとづいて表現されている。監督の父親の営む農場は、撮影場所から10分ほどの距離にあるのだという。
リー監督は映画の背景に「真実」があることを重視し、それを役者や作品の舞台にも求めた。本作ではジョニーもゲオルゲも日々家畜の命に触れて、その生死に直面している。主演の2人は牧場で実際に働くなどの準備をし、劇中で登場する羊の出産や皮剥ぎといった作業も実際に彼らが行なっている。
またルーマニアからの移民であるゲオルゲに向けられる地元民からの冷たい視線の裏には、Brexitに象徴される分断社会を思わずにはいられない(実際には本作の編集段階で国民投票の結果が出たため、監督の意図したところではないという)。恋の喜びや痛みだけでなく、本作で描かれる保守的なコミュニティの空気や閉塞感もまた、国や人種を超えて観る者の心に響く普遍的なテーマだろう。
■「神の恵みの地」ヨークシャーを切り取る映像美と、エモーショナルな劇中音楽
撮影は春のヨークシャーで6週間にわたって敢行された。「神の恵みの地(ゴッズ・オウン・カントリー)」と呼ばれるこの地の風景を映像美で切り取ったのは、撮影監督のジョシュア・ジェームス・リチャーズだ。これまでに映画『ザ・ライダー』やJAY-Zの“Bam ft. Damian Marley”のPVなども手掛けている。寂しくも美しいヨークシャーの自然や、ジョニーとゲオルゲが身体を重ねる官能的なシーンを感情に訴える映像で綴っている。
また美しい映像に寄り添うアンビエントミュージックはダスティン・オハロランとアダム・ウィルツィー(Stars of the Lid)の作曲家デュオ・A Winged Victory for the Sullenによるもの。そしてエンディングに流れる楽曲“The Days”は、日本でもファンの多いイギリスのミュージシャン、パトリック・ウルフの2011年のアルバム『Lupercalia』の収録曲だ。
■今後も各地の上映劇場は増えていく予定
『ゴッズ・オウン・カントリー』は2月2日に日本での全国拡大公開を迎えた。配給を手掛けるファインフィルムズの宣伝担当者は初日から現在までの反響について「もともとご覧になった方々からの口コミで話題を呼んでいた作品のため、良いコメントばかりです。感想を人にシェアしたくなる作品なのだと思います」と振り返っている。
本作のヒットを記念して2月9日から11日までの3日間、ゲオルゲ役のアレック・セカレアヌから日本のファンに向けたメッセージ動画が限定上映される。また10日、11日にはモノクロのメイキングショットを使用したポストカードの数量限定配布も予定されている。
日本では多くの映画ファンが「観たくても観られない」という状況に置かれ、口コミの反響で全国拡大上映に至った本作。オフィシャルサイトの劇場情報を見ると今後も上映館が増えていくようだ。ファインフィルムズによれば、公表している劇場以外からも多く上映のリクエストが集まっており調整中とのこと。「まだ上映のない地域の皆様も、気長にお待ちいただければと思います!」とメッセージをいただいた。本作の美しい映像と音響はぜひ劇場のスクリーンで体感してほしい。きっとエンドロールが流れ始めてもこの2人のラブストーリーをもっと観ていたいと感じるはずだ。