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「仕事速いけど、業務時間中ゲーム」の社員、クビにできる? 働き方改革の本質

2019年02月01日 10:11  弁護士ドットコム

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仕事は速いけれど、余った時間でゲームばかりしている社員をクビにすべきかーー。


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こんな相談に対し、「仕事が速い社員が特別なわけではない」と回答がつけられ、米ソーシャルニュースサイト「reddit」で共感が広がっている。



回答主は、ほかの社員はわざと「仕事が丸一日かかるふり」をしていると指摘する。理由は、仕事が増えたり、職を失ったりするからだ。



たとえば、redditのコメント欄には、優秀で仕事をすぐに片付けていた親戚が「あなたを雇っておくことを正当化するほどの仕事がない」と言われてクビになったというエピソードなどが書き込まれている。



仕事が速いことは素晴らしいことなのに、正当に評価されないということは日本でも起こり得る。だったらダラダラと仕事をした方が得だ。その結果、多くの生産性が失われている。



労働問題にくわしい倉重公太朗弁護士は、「日本型雇用でもよく見られる光景ですね」と話す。どうしたら、仕事が速い人を十分に活用できるのか。働き方改革の議論と合わせて聞いた。



●「仕事が速い人」より「残業している人」の方が給料高い問題

ーー仕事が早く終わって、遊んでいたら解雇されてしまうのでしょうか?



「アメリカは、基本的にアットウィル(雇用主の意思で自由に採用、解雇できること)なので、簡単に解雇できてしまいます。なので、元の話題は法律ではなく、人事政策(HR)の範疇です。仕事が速くて優秀な人材なのにクビにすべきかどうか、ということですね。



一方、日本の場合では、与えられた仕事が終わっているのなら、業務命令がないわけですから、解雇理由はないことになります。クビにすると、解雇権濫用になるでしょう」



ーー通常は、従業員を遊ばせないよう、新しい仕事が降ってきますよね。でも、こなしたところで十分に評価してもらえないから、ゆっくり仕事する。仕事が速い人が十分に力を発揮できない仕組みになっているようにも思えます。



「昭和的な働き方では、遅くまで仕事をしていると『頑張っているな』と評価されます。でも、同じ仕事を6時間で終わらせる人と、10時間かかる人のどちらを評価するんですか、という話です。



加えて、日本ではジョブ・ディスクリプション(職務記述書:業務の範囲などを明示したもの)が普及していません。職務が不明確だから、『暇なら手伝え』みたいな発想が生まれてくるわけです。



つい最近もこんなツイートが話題になっていました。いつも定時で帰っているから暇なんだろうと、派遣社員の契約を切ったところ、実はエクセルなどで作業を自動化していたことが分かったと言うんです。



これが本当だったら、誰よりも優秀な人材を失ったことになりますよね」





そういえば昔、定時で帰る派遣社員がいた。その部署の課長が「あの子だけ毎日定時で帰るから、暇なんだろ。本社から人件費圧縮の要請がきてるから契約解除」となった。辞めたその子のPCを片付けてたら、作業手順は完璧にマニュアル化され、仕事の多くはExcel関数やVBAで自動化されていたという悲劇

— 松田軽太 (@matudakta)

2019年1月22日




ーー現代の寓話みたいですね。



「旧来の日本企業だと、給料はすぐに上がらない。仕事が速くても、賞与でそんなに差がつくわけでもありません。



一生懸命やるほど、労働時間は短くなって、残業代は減るわけです。そうしたら、ダラダラ仕事した方が得になってしまう。企業にとっても労働者にとっても、もったいない。これがある限り、働き方改革は進まないでしょう。



残業が減って、浮いた分の賃金原資を『効率的に働いた人』に分配する仕組みが必要です。でも、評価を単純に『時間』中心でやっていると難しい。



どんな業務をどのくらい効率的にやっているかを、管理職が見極め、業務を割り振っていく必要があります。それができないと、優秀な人を切ってしまったり、実力以上の仕事を与えてしまったりするわけです」



●より労働者の自律性が求められる時代に

ーー評価が難しいということもあるのではないでしょうか?



「数値目標をつくり、客観的・定量的に評価できるよう工夫を始めている企業もあります。



時間だけで評価するのは正直言って『楽』でした。しかし、働き方改革においては長時間労働を評価するわけにはいきません。そもそも労働時間が長いことが素晴らしいわけではなく、生産性が問題になります。



そうすると、たとえ容易ではなくとも、労働の中身、つまり業務遂行状況の中身を適切に評価していくべきでしょう。



その意味では今後、生産性が高い人とそうでない人の間では、賃金の二極化が進んでいくと思います」





ーー4月から働き方改革関連法が施行され、残業の罰則付き上限規制が始まります。



「若い人たちと話をしていると、労働時間の上限規制で自分のスキルアップに不安を持っている人が多いようです。



これまでは仕事の中で、あるいは研修などを通じて、スキルを伸ばす機会が多くありました。言われた通りにやれば、ある程度能力を伸ばすことができた。



しかし、今後は、そういう部分は減らされていく。自律的に学んで、スキルを身につけていく必要が生まれます。会社がいつまで続くか分かりませんから、自分のセーフティネットは自分のスキルを磨くことで構築していかなければなりません。



そういう意味では、上限が決まったのは、労働者に優しいようでいて、厳しい部分もあります。



単純に仕事量を減らすだけで、今と同じ売上・給料ということにはなりません。今後、日本の労働人口が減っていくことは確定しています。生産性を上げなければ、給料を払ってくれる会社そのものが存続できなくなります。



皮肉なことですが、自分のキャリアや能力は自分で切り開いていく、という意味では今後、『いわれなくてもやる人』と『いわれたことしかやらない人』の差が拡大し、より『自己責任』的な要素が強くなっていくことも予想されます」



●「働き方改革」は労働時間だけでない議論を

ーー悪用を懸念する声もありますが、政府は、高度プロフェッショナル制度や裁量労働制の拡大などを見込んでいるようです。



「そもそも論として、働くことが悪いことなのか、ということはあります。海外の労働時間は短いという意見も聞きますが、エリート層はめちゃくちゃ働いています。グローバル競争の時代に、思考停止で一律で労働時間を短くするだけが良いことなのか、という疑問はあります。



重要なのは、働き方の多様なコースを用意し、労働者が自由にそれを選択できる仕組みをつくることです。働きたい人は、裁量を与えて、自分の意思で働けるようにしたら良い。



一方で、自律的な働き方というのは、向く人も向かない人もいます。家で勉強するより、学校で強制された方ができる人もいるのと一緒です。そういう人は、ちゃんと命令してもらった方が良い。それを労働者が自ら選べることが大切です。



もちろん、長時間労働やそれに伴う過労死など、昭和的な働き方の産物はなくしていくべきです。



ただ、終身雇用・年功序列の日本型雇用は限界を迎えています。単に労働時間を短くするというアプローチでは不十分でしょう。



(1)無駄な業務の削減など労働の効率化、(2)適正な評価、(3)適正な給料分配、などの文脈の中で、解決していくべきだと考えます」



(弁護士ドットコムニュース)




【取材協力弁護士】
倉重 公太朗(くらしげ・こうたろう)弁護士
倉重・近衞・森田法律事務所。第一東京弁護士会労働法制委員会外国法部会副部会長。日本人材マネジメント協会(JSHRM)執行役員、日本CSR普及協会の雇用労働専門委員。経営者側の労働法専門弁護士として、労働審判・労働訴訟の対応、団体交渉、労災対応等を手掛ける他、セミナーを多数開催。多数の著作の他、東洋経済オンライン上での連載(「検証!ニッポンの労働」)等も行う。
事務所名:倉重・近衞・森田法律事務所
事務所URL:https://kkmlaw.jp/