2019年01月30日 10:31 弁護士ドットコム
薬物依存症は「回復できる病気」だという認識がすこしずつ広まりつつある。一方で、覚せい剤や大麻などの違法薬物を使うことは「犯罪」でもある。そのため、当事者はもちろん、その家族も治療や支援につながりにくいと指摘されている。
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薬物の問題を抱える人たちのなかには、子どもをもつ人も少なくない。子どもたちのために、なにができるのだろうか。薬物依存症に詳しい松本俊彦さん(国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部部長)に話を聞いた。(編集部・吉田緑)
松本さんは日頃、「薬物の恐ろしさや回復の難しさを伝えるだけでは不十分。新たな啓発も必要」だと訴えている。薬物依存症者に対する世間やメディアのバッシングは、思いもよらない影響を、その子どもたちに与えるからだ。
松本さんは「覚せい剤やめますか、人間やめますか」というキャッチコピーに傷つき、少年院入所に至った少年のエピソードを教えてくれた。
少年が薬物乱用防止教育を受けているとき、彼の父親は覚せい剤の使用で逮捕され、刑務所に入所していた。少年は「人間やめますか」という言葉に「親父は人間じゃないんだ。だったら、俺も人間じゃない」と思ってしまったそうだ。自ら悪い仲間に近づき、すすんで覚せい剤に手を出した少年。彼は覚せい剤の使用で逮捕され、少年院に入所した。
教育や啓発のあり方によっては、こころに傷を負ってしまう子どももいる。
子どもたちは、社会的な偏見にさらされるだけでなく、家庭内でもまた辛い思いを抱えてしまう。
「もう2度と(薬を)やらない」と約束しても、繰り返し薬物を使ってしまう薬物依存症者に家族は疲弊していき、夫婦不仲に発展するケースは珍しくない。また、薬物依存症者は、薬理作用が原因で突然怒り出したり、配偶者に暴力をふるったりすることもある。薬物に耽溺(たんでき)するあまり、育児放棄(ネグレクト)となってしまう場合も少なくない。
このような家庭で育つ子どもたちには、どのような影響があるのだろうか。「『自分が悪い子だから親がこうなった』と子どもたちは自分と関連づけて親の問題をとらえてしまう」と松本さんは説明する。
松本さんによると、子どもが小学校高学年の場合は「消えたい」「自分はいらない子、いてはいけない子」などと思うようになり、自分を大事にしにくくなるのだという。
幼児の場合は落ち着かない家庭環境のなかで多すぎる(ネグレクトの場合は「少なすぎる」)刺激を受けてしまい、「落ち着かない」「ぼんやりする」などの影響が出ることもあるそうだ。このことが原因で、まわりから叱責されたり、いじめの対象になったりして「なんで自分ばかり」「居場所がない」などと感じるようになるという。
「自分を大事にできなくなると、リストカットなどの自傷行為に走りやすくなる。また、居場所がない、自分は必要ないなどと思ってしまうと、薬を誘ってくる人や悪い仲間など『自分を必要としてくれる人』に引き寄せられてしまう」と松本さんは話す。
逆に、親を反面教師にしようと「優等生」としてがんばりすぎてしまい、その反動で、高校や大学に進学した後になってから自傷行為や摂食障害などが問題化するケースもあるそうだ。
しかし、違法薬物の依存症者とその子どもたちを支援につなぐことは容易ではない。
覚せい剤や大麻などの違法薬物を使用すると、刑罰が科されることになる。初犯であれば、執行猶予がつくことが多いが、再犯であればほとんどが実刑判決となっている現状だ。親の逮捕や刑務所への収容により、子どもたちはさらに傷つくことになる。
松本さんは「違法薬物の依存症は合法の薬物(咳止め薬など)の依存症よりも重症度が低いことが多い。逮捕を機に治療や相談につながることがあるからだ」とメリットを挙げる。
「しかし、逮捕された後の刑罰の弊害は大きい。薬物依存症者とその家族を治療や支援の場から遠ざけている側面もある」と指摘する。
「病院を受診すると通報されるのではないかと怯えている家族や当事者も少なくない。また、逮捕をおそれて、だれにも相談せず、問題を抱え込む家族もいる。
刑務所に入ることになれば、家族や友人は離れていき、履歴書に空白の期間ができてしまう。当事者は大事なものをすべて失った状態で病院にやってくるので、回復の希望がみえにくい。法律によって守られている健康被害よりも、刑罰による弊害が上回っている」
松本さんによると、虐待を受けていたり、トラウマを抱えていたりしても、子どもたちは親のことが大好きなのだという。
「援助者のなかにも薬物依存症に対する偏見はあり、『薬物を使う親は親ではない』と考えている人たちもいる。しかし、単に児童相談所に通報し、一律に強制的な親子分離をおこなうのではなく、親子としてやり直すための支援も考えるべき」と松本さんは訴える。
そのために重要なのは、なにより親が薬物依存症から回復することだ。「まずは親が助けを求められる場所を担保すること。そして、親として再チャレンジできる仕組みを構築し、親と子どもの双方が治療や支援にアクセスしやすいような働きかけが必要」
また、「女性の薬物依存症者は子どもがいることを理由に、自助グループやプログラムにつながりにくい現状がある。母子で参加できるプログラムを用意しては」と提案する。
【プロフィール】
松本俊彦(まつもと・としひこ)。精神科医。国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 薬物依存研究部長、および同センター病院・薬物依存症センター長。日本アルコール・アディクション医学会理事、日本精神科救急学会理事。
(弁護士ドットコムニュース)