ザウバーF1はキミ・ライコネンのカムバックを大歓迎しているが、9月にこの話しを始めたのはライコネン側だったという。
2001年にF1デビューを果たした際に在籍していたザウバーへのライコネンの復帰は、発表された当時はチームの“驚くべき大手柄”とも言われていた。
多くの人々が2018年はライコネンの最後の1年になり、2007年の王者は引退後の人生を楽しむことになるのだろうと予想していた。しかし実際のところ、フェラーリが2019年のドライバーラインナップに彼を加えないと告げたときにも、ライコネンは若手のような感覚を持ち続けていたのだ。
ライコネンの、モータースポーツの頂点で走り続けるというモチベーションは変わっておらず、ザウバーで長くチームマネージャーを務めるビート・ツェンダーに、望みは薄いと感じながらも加入の可能性について問い合わせたという。
「翌年の(フェラーリとの)契約更新がないと告げられて、キミは動き始めた。ザウバーで乗れる可能性があるかどうかについての協議を始めたのだ」と、ライコネンのマネージャーを務めるスティーブ・ロバートソンは、Formula1.comに語っている。
「キミは走り続けたかったんだ。ザウバーのオーナーたちとミーティングをし、フレッド(フレデリック・バスール/ザウバーF1チーム代表)と、ビートとも話し合いの場を持った。彼らには、キミの続けたいという熱意が見えていただろう」
「フレッドは最初のミーティングに参加したときから、キミが翌年の計画にとても集中していることを確認していた。そしてキミはチームが、彼と同じだけの熱意を持っているかどうかを知りたがっていた。それを感じ取れたからこそ『契約したい』と言ったんだ」
「彼は何が起きたのかを知って、モンツァでは少しネガティブだったが、すぐに立ち直ったよ。まだできることがあると感じていて、走り続けたがっている」
F1パドックにあと数年間残るというライコネンの決断は、評論家やファンたちをも驚かせた。
「これから行く場所について、僕がとてもうれしく思っていることが、みんな分からないみたいだ。僕はフェラーリと長い時間を過ごし、彼らとチャンピオンを獲得し、ともに多くのレースを勝ってきた」とライコネンは発表の際に話している。
「僕はドライバーとして、違う挑戦がしたい。何か違うものを欲しているんだ。決定について、がっかりしているなんてことは本当にない。興味があったのは、(これから)何が起きるのかがということだけだ」