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宇多田ヒカルのライブをVRコンテンツでリアルに体感 スタッフに聞く“制作の裏側”

2019年01月24日 18:02  リアルサウンド

リアルサウンド

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 『Hikaru Utada laughter in the dark tour 2018-“光” & “誓い” – VR』公開記念、開発者によるトークイベントが1月18日、渋谷モディ1階にあるソニースクエア渋谷プロジェクトにて開催された。


(関連:『Hikaru Utada laughter in the dark tour 2018-“光” & “誓い” – VR』公開記念、開発者によるトークイベント写真


 PlayStation®4用ソフトウェア(PlayStation®VR(PS VR)必須)『Hikaru Utada laughter in the dark tour 2018-“光” & “誓い” – VR』は、宇多田ヒカルによるライブステージ全体の豪華な演出を見たり、目の前で歌う姿を楽しめたり、同じ空間にいるようなライブの臨場感を3つのアングルで楽しむことができるVRコンテンツだ。製品には2018年冬に開催された宇多田ヒカルのライブツアー『Hikaru Utada Laughter in the Dark Tour 2018』から「光」(ゲームソフト『KINGDOM HEARTS』テーマソング) と「誓い」(ゲームソフト『KINGDOM HEARTS III』エンディングテーマソング)の2曲が収録されている。


 今回のイベントでは、開発に携わった映像ディレクターの竹石 渉氏、株式会社ソニー・ミュージックレーベルズの梶 望氏、ソニー・インタラクティブエンタテインメントの多田浩二氏、ソニーイメージングプロダクツ&ソリューションズ株式会社の林亮輔氏による4名のトークが行われ、終了後には一般来場者向けの体験会も実施された。


 さて、筆者もそのVRコンテンツを実際に体験させていただいたのだが、これがなかなかの出来栄えだ。


 機材はしっかりとしているが特段重いというわけではなく、片手でも簡単に持ち上げられる程度。頭を揺らしてもまったくズレない装着感がある。ヘッドセット越しに見る視界もそこまで狭いと感じない。曲が始まると宇多田ヒカルが目の前で歌い出す。一般的にCGでは再現が困難とされる髪の毛や肌の質感がリアルなのは、これがバーチャルリアリティだからであって、グラフィックではないからである。実際に本物の宇多田ヒカルが歌っている姿を撮影した映像なのだ。


 しかし、画像や普通のライブ映像と決定的に異なるのは、そこに映し出される「奥行き」の存在である。例えば、宇多田ヒカルのシルエットそのものは写真や2D映像でも同じように再現されるが、”厚み”や”立体感”、そしてそれによって得られる”生々しさ”はこれでしか感じ取れないVRならではの体験だ。特に、3つある視点のうち最も近距離で撮られたアングルで彼女を覗くと、終始カメラ目線で歌う宇多田ヒカルを堪能できるが「すぐそこに立っている彼女に見つめられている」ように脳が錯覚する。ドキッとするのだ。文字では伝わりづらいかもしれないが、目の前に立つ彼女に見つめられ、さらにその目に心が吸い込まれる感覚に陥る。「宇多田ヒカルがこっちを見ている!」という驚きが、歌を聴く感動とない交ぜになり得も言われぬ不思議な体験へと変化する。


 こうした新感覚の体験について、映像ディレクターの竹石氏はこう話す。


「今までミュージックビデオは曲のメッセージやアーティストの世界観を表現するものでしたが、今回難しかったのはツアーのシーンを無垢なままVRで表現するという点です。映像を撮っているんですけど、実はこれは映像じゃないなと思いながら作ってました。”体験を作っている”ような感覚です。宇多田ヒカルとは長く仕事をしてますが、そんな我々でも恥ずかしくて直視できないくらいの完成度になりました」


 また、林氏は今回使用した技術について説明してくれた。


「高品位な映像と斬新な演出手法が肝でした。会場が広い上に、真っ暗な中にスポットライトを当てるような撮影なのでカメラには解像度が必要ですし、それに加えて暗いところから明るいところまで、ダイナミックレンジを取りながらもノイズが少ない画を作らなければならない。そこで業務用の4Kカメラと最新の映画撮影用の6Kのカメラを組み合わせて撮影しました。また、監督が現場でOKやNGを出さないといけないので、PS VRのヘッドセットを被ってリアルタイムでモニタリングできるシステムを今回の撮影用に開発しました。特に監督からの要望としてカメラをクレーンに乗せて移動させるというのは、今まで我々が一度もチャレンジしたことがないことだったので、苦労したポイントです」


 このような最新技術による撮影が行われた今回のプロジェクトだが、今回の制作にあたって工夫したポイントについて、竹石氏はこう続けた。


「”没入感”をいかに高めるかにこだわりました。ただ見られているだけではグッと来ないなと思って、自分がどの位置にいたらグッとくるんだろうかというのを、カメラの位置を1cm刻みでテストして。カメラとの距離も、どのぐらい近いとグッと来るのかベストな場所を見つけました。歌っているときのリズムの取り方やマイクはこう持つんだとか、細かな部分であらためて発見することも多くて、彼女との付き合いは長いですが、彼女の魅力をまたさらに見つけられる機会になったと思います」


 昨年デビュー20周年を迎えた宇多田ヒカル。その間さまざまな活動を経てきた彼女だが、意外とこうした最新テクノロジーとの融合は新鮮だ。それについて梶氏はこう話す。


「宇多田ヒカルにとってVRは実は初めての案件ではなくて、ちょっと前に『30代はほどほど。』というインターネット番組で3DVR生中継をやったことがあったんです。もちろんその番組も良い反応があったのですが、今回はその時よりももっと大きな反響をいただいてます。じゃあその時と今回とで何が違うのかなと考えたときに、VRをやる前に生のツアーをやったことだと思ったんです。実は今回のツアー中にエゴサーチをかけると「宇多田ヒカルって本当にいたんだ!」っていう反応が多かったんですね。なるほどデビュー当初から派手にメディアに露出する子ではなかったし、本人が自分のことをツチノコと表現していたこともあったり、今まで全国ツアーを2回しかやったことがない。つまり、それまでファンの方々には彼女の作品に対するリアリティはあっても、彼女本人に対するリアリティは薄かったのだと。それが、今回のツアーで実際に存在を確認していただいて、もしかしたら後ろの遠い席だったかもしれないけれど、その体験があった後に今回のVRコンテンツで”めちゃくちゃ近くで”宇多田ヒカルを見ると、より一層リアルに感じてくれたんじゃないのかな、と思います。すなわち何が言いたいのかというと、ただ単にVRをやればいいのではなくて、どういうストーリーがあるのか、どういうタイミングでその体験があるのかが大事なんだと。闇雲に最新テクノロジーに飛び付くのではなく、どうすればより価値を感じてもらえるのかを送り手側が考えることが重要だと思います」


 約8年ぶりとなった今回のツアー。前回のライブから時間が空いたこと、また復帰後初ということで感慨もひとしおのツアーであったが、そうした被写体の持つストーリー性もVR体験に影響を及ぼしているのだろう。最後に、多田氏へ今後の展開について聞いた。


「ゲームという架空の世界でなくて、今回は実際に存在する人間をVR体験にするということへ真摯に取り組みました。ゲームと比較して経験値は少ないですが、いろいろな方々の技術や知見を借りながら進めることで、当初想像していた以上の物ができました。また、想像だけではなく実際にやってみることの重要さも同時に感じました。『光』の最後に宇多田さんがこちらに振り向いて流し見する瞬間があるのですが、あれは、VRとはどういう技術なのかを理解した上で宇多田さんがやっていたことです。どうすればVR体験が新しい表現・体験になるのかをアーティスト側も考えることで、技術とアーティストの相互作用が働き、今回のような新しいものができるのだと感じました。今後技術がもっと進化すれば、今回のような今までにない新しい音楽体験が作られていくと思います」


 宇多田ヒカルとVR技術が見事融合した今回のプロジェクト。日々進化するテクノロジーに伴って、音楽体験も進化していくのだろう。(荻原梓)