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アカデミー賞作品賞は『ROMA/ローマ』が最有力? 例年以上に“大混戦”な情勢を読む

2019年01月24日 13:12  リアルサウンド

リアルサウンド

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 第91回アカデミー賞のノミネーションが1月22日(現地時間)に発表された。それを受けて今現在言えることは、「本命不在」「大混戦」という毎年必ず耳にするまやかしのようなフレーズが、こんなにも信憑性を持つ年は珍しいということである。ゴールデングローブ賞で作品賞を受賞した『ボヘミアン・ラプソディ』と『グリーンブック』、最多10ノミネートを獲得した『ROMA/ローマ』と『女王陛下のお気に入り』、それぞれにそれぞれのウィークポイントがあり、授賞式当日、作品賞が発表されるその時まで何が受賞するか皆目見当がつかないという事態になるだろう。


参考:<a href=”https://www.realsound.jp/movie/2019/01/post-307040.html”>『アベンジャーズ』『トイ・ストーリー』『スター・ウォーズ』……今年の話題作を一挙紹介!</a>


 アカデミー賞作品賞を占う最も重要な“前哨戦”は2つある。それは言わずもがな日本でも大きな注目を集めるゴールデングローブ賞と、そしてアカデミー会員の大部分を占めるといわれているプロデューサー組合の組合員が投票するアメリカ製作者組合賞の2つ。とりわけ大きなポイントとなるのは今年でちょうど30回目を迎えた後者。これまで29年間で20作品が同賞を受賞して、そのままアカデミー賞作品賞を受賞しているのだ。


 そして、製作者組合賞を受賞できずにアカデミー賞作品賞に輝いた9作品のうち、『恋におちたシェイクスピア』『ビューティフル・マインド』『ムーンライト』がゴールデン・グローブ賞で<コメディ・ミュージカル部門>もしくは<ドラマ部門>の作品賞を、『許されざる者』『ブレイブハート』『ミリオンダラー・ベイビー』『ディパーテッド』が監督賞を受賞している。どちらも受賞できなかったのは『クラッシュ』と『スポットライト 世紀のスクープ』の2作品のみで、両者ともアカデミー賞では監督賞と編集賞、演技部門、脚本部門で候補入りを果たしていた。


 「作品賞」というのはプロデューサーが受賞するものだが、作品“全体”を評する賞という意味合いは極めて強い。それゆえ「アカデミー賞で他の部門にノミネートされているかどうか」も重要な要素であり、それは単に多くの部門にノミネートされればよいというわけでもない。重要なのは前述した監督賞・編集賞・演技部門(主演・助演の男女優賞)と脚本部門(脚本・脚色)ノミネートに他ならない。『アルゴ』が監督賞にノミネートされずに作品賞を獲得したことも比較的記憶に新しいが、それは史上4作品しかない珍事。また『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』が編集賞に候補入りせずに作品賞を受賞したが、これも『普通の人々』以来の30年以上ぶりのことだった。演技部門で候補入りしていない作品賞受賞作は、黎明期にはいくつかあったが、60年代以降は4作品のみ。脚本部門に至っては1952年の『地上最大のショウ』以降で『サウンド・オブ・ミュージック』と『タイタニック』という歴史的名作のみである。


 さて、それらの要素を踏まえた上で今年の作品賞候補作を見てみると、製作者組合賞受賞作でゴールデングローブ賞作品賞<コメディ・ミュージカル部門>受賞の『グリーンブック』は監督賞にノミネートせず。これは、ピーター・ファレリーがかつてコメディ映画に特化した監督として名を馳せていた際に起こした、あまりにも情けない失態がノミネート投票期間中に明るみに出たためとの見方が強い。そしてゴールデングローブ賞作品賞<ドラマ部門>の『ボヘミアン・ラプソディ』は監督賞と脚本賞で候補落ち。両賞ともノミネートされなかった作品賞受賞作は『グランド・ホテル』以降1本もないので、受賞すれば歴史が動くことになる。


 では、ゴールデングローブ賞監督賞を獲得した『ROMA/ローマ』はどうだろうか。こちらは重要な編集賞で候補落ちとなったが、『バードマン』によって一番最近覆された公式であると同時に、最も作品賞に近い、監督賞での受賞が最有力視されていることがプラス材料。外国語映画賞と作品賞を同一年にノミネートされた作品は過去5作品。いずれも外国語映画賞に輝き、作品賞は落としている。外国語映画として初の作品賞受賞、ないしは初のダブル受賞も可能性充分だが、それを確実なものにするはずだった製作者組合賞で『グリーンブック』に負けたことだけが唯一のネックというわけだ。


 また、重要視される部門全てで候補入りを果たした『女王陛下のお気に入り』『バイス』『ブラック・クランズマン』が逆転候補として有力だが、後2作品は批評家協会賞を含め前哨戦で未勝利。他にも『アルゴ』の時のベン・アフレックを彷彿とさせる、ブラッドリー・クーパー監督賞落選という憂き目を食らった『アリー/ スター誕生』と、マーベル作品初の作品賞候補にあがったこと自体が一つの勝利である『ブラックパンサー』は一歩後退といった見方が強く、前哨戦勝利組を逆転する可能性を秘めているのは『女王陛下のお気に入り』ということとなる(しかし『クラッシュ』や『スポットライト』のようなビビッドなテーマを持つかと言われれば少し微妙なところだ)。『ROMA/ローマ』が本命で、『女王陛下のお気に入り』と『グリーンブック』『ボヘミアン・ラプソディ』の3作が対抗格として続く。以下『バイス』と『ブラック・クランズマン』、『ブラックパンサー』『アリー/ スター誕生』といった順列が、現時点での作品賞レースの情勢だ。


 もっとも、他の部門は比較的安定した様子。ポーランドのパヴェウ・パヴリコフスキがサプライズ候補入りを果たした監督賞は、アルフォンソ・キュアロンが最有力のまま動かず、主演男優賞は前哨戦圧勝のイーサン・ホークが外れたことでラミ・マレックVSクリスチャン・ベールの戦いに。主演女優賞は、グレン・クローズ悲願の達成VSオリヴィア・コールマンの開花に注目が集まり、助演部門は前哨戦通り、マハーシャラ・アリとレジーナ・キングで人種のバランスを取ることとなるだろう。


 ところで、日本からのノミネートがあった長編アニメーション賞と外国語映画賞はどちらも密かな混戦が繰り広げられている。細田守監督の『未来のミライ』がジブリ以外では初めてとなる日本アニメの候補入りを成し遂げた長編アニメーション賞を見ると、ゴールデングローブ賞こそ『スパイダーマン:スパイダーバース』が勝ち名乗りをあげたが、『犬ヶ島』との一騎打ちムードはいまだ健在。本来であればこの部門で他を寄せ付けない強さを誇るディズニー作品だが、『シュガー・ラッシュ:オンライン』も『インクレディブル・ファミリー 』も、よほどの作品ではないとこの部門で相手にされてこなかった“続編映画”という壁が立ちはだかる。となれば、アニメーション映画史上No.1ヒットの後押しを受ける『インクレディブル・ファミリー』の方が壁を超えられるポテンシャルを持ち、三つ巴といった形勢が成り立つ。


 そして外国語映画賞では『おくりびと』以来10年ぶりに日本映画『万引き家族』がノミネート。こちらも『ROMA/ローマ』というおそろしく高い壁がそびえ立つ(前述の通り作品賞候補入りも果たした作品は確実に外国語映画賞を受賞している)が、『ROMA/ローマ』が作品賞を受賞する流れとなれば、他の作品にも受賞の可能性が生まれるとの見方もないとはいえない。そこで浮上するのは下馬評で2番手評価といわれていた『万引き家族』か、監督賞と撮影賞で候補入りを果たし勢いがある『COLD WAR あの歌、2つの心』か。はたまた『COLD WAR』のパヴリコフスキと同様、この部門で受賞した経験があるフロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルクの『Never Look Away』か。日本時間2月25日に行われる授賞式は、例年以上に面白くなりそうだ。  (文=久保田和馬)