2019年01月23日 10:12 弁護士ドットコム
ツイッターの投稿をめぐり、最高裁が東京高裁の岡口基一裁判官に戒告の懲戒処分を下してから3カ月が経過した。
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今回処分の対象になったのは、放置された犬を保護した人物に対し、飼い主が返還を求めた裁判の控訴審を報じた記事について、岡口裁判官が記事のURLとともに、「え?あなた?この犬を捨てたんでしょ 3ヶ月も放置しておきながら・・」などとツイッターに投稿したためだ。東京高裁は昨年7月、当事者の感情を傷つけたとして、懲戒を申し立てた。
これを受け、最高裁が昨年10月、「表面的かつ一方的な情報や理解のみに基づき予断をもって判断をするのではないかという疑念を国民に与えた」「当該原告の感情を傷つけるものであり、裁判官に対する国民の信頼を損ね、また裁判の公正を疑わせるものでもあるといわざるを得ない」と判断し、戒告を決定した。
法曹関係者からは、「裁判官をやめてしまうのではないか」などの声もあがっているが、岡口裁判官は懲戒処分について、いま何を思うのか。弁護士ドットコムニュース編集部では1月8日、2時間半にわたるロングインタビューを実施した。前編にあたるこの記事では、懲戒処分や裁判所の内情について、岡口裁判官の見解を紹介したい。(編集部・池田宏之)
ーー戒告処分から3カ月が経過して、仕事への影響はありますか。
特にありません。当局的にもこれ以上追い詰めないほうが良いという配慮を感じるくらいです。 応援してくれる修習同期はいますね。講演会を企画してくれるような話もあります。手紙をくれる裁判官や書記官もいますし、法律関係の雑誌も処分の決定についての特集を組んでくれるようです。そういった動きがあること自体はありがたいです。
ーー改めて戒告処分についての受け止めを教えてください。
裁判官訴追委員会(裁判官を弾劾するにあたり、裁判官を裁判官弾劾裁判所に訴えるために国会に設置される機関。訴追委員は衆参両議員で構成)メンバーの野党議員の中から、私の言動を問題視する動きがあって、裁判所はなんとしてもかわしたかったんでしょう。 (処分前には)議員から、「あんなにたくさんツイートすると裁判官が暇だと思われるのではないか」と聞かれて、最高裁人事局長が「裁判官にも自由があって、規制はできない」と真面目に答えるような場面があったんです。どこかで処分するタイミングを狙っていたのではないかと感じています。
ーーそういうものなのですか。
(1998年に政治活動を問題視されて戒告処分となった)寺西和史裁判官も同じような感じでした。朝日新聞への投書などをしていて、当局的には「どこかでやらないと」と狙っていたら、寺西裁判官は政治的な集会に出て、意見を表明しました。これを裁判所がとらえて、戒告となりました。
(明治大学の)西川伸一教授も指摘していましたが、(懲戒申し立て理由となったツイートについて)抗議が来たので、「これしかない」とやってしまったのではないでしょうか。だから、かなり無理筋のように思います。(問題視されかねないツイートは)他にもあったと思いますが、当事者の抗議があるとやりやすいので、処分理由として犬のツイートを選んだと思います。
いま思えば、結論は最初から見えていたと思います。戒告前は、最高裁はそんな不正義なことはしないと信じていたのですが、ある意味私がピュアすぎましたね。
ーー議員の動きが処分の背景だと考えているのですか。
とにかく裁判所って、政治的に弱いんですよ。政治力がないので、内部の人間を抑えつけようとしてしまうんです。
野党議員であっても、最高裁の事務総長を呼び出して調査することは可能ですので、裁判所は調査自体を避けたいんですよね。昔は訴訟指揮についても訴追委員会が開かれましたから。裁判所は霞が関のなかで弱いので、内部で片付けられるなら、内部で片付けたほうがいいんです。戒告処分を出すと、それ以上(政治家は)言ってこないので、今回のは内部的には終わった話になっていると思います。戒告処分以上に、私を追い詰める意思は毛頭ないと思います。
ーー「結論は見えていた」と感じたのはいつですか。
弁護団の西村正治先生は、審問期日の当日に、大谷直人長官の様子で気づいていて、「これはもう戒告ですよ」と言っていました。
ーー文春オンラインのインタビューで、自身の再任拒否の可能性に言及されていました。
再任拒否はないのではないかと見通しています。いま、再任拒否はしにくいんです。「下級裁判所裁判官指名諮問委員会」というのがあり、そこの委員が「ダメ」と言わないと簡単に再任拒否できない時代です。
ーー岡口裁判官は再任まであと何年ですか。
1993年任官ですので、(2023年まで)あと5年くらいです。
ーー裁判所ってどんなところですか。
裁判所は政治力が弱いんですよ。戦前の大審院(現在の最高裁判所にあたる)は司法省の外局だったので、成績が良い人はみな司法省に行って、その下の人が大審院に行きました。当然待遇も下だった。で、戦後GHQがいきなり「三権分立」を求めてきて、形式上はそうなりましたが、昔の人は裁判所は「司法省の外局の三流役所」と思っていて、その意識が抜けない。いまでも、「法務省はすごい」といった赤レンガ(古い建物に由来する法務省の通称)への憧れがあるんです。
戦後の最初のころは大変で、まとめきれないから最高裁長官を学者がやっていたくらいです。矢口洪一さん(元最高裁長官・故人)を悪く言う人もいますが、あの時代に裁判所の地位を強くしようとして、なんとかここまできた。なのに、訳のわからないツイートする裁判官がでてきてしまった。
一方、裁判所って仲間意識が強いんですよ。当局の規制の強さを指摘する元裁判官もいますが、ちょっと違うと思います。結構みな助け合っていて、「皆がんばろう」みたいな。
ただ、歴史が浅い分、出世の基準がしっかりしていないなど、まだなんとなく色んなことが決まっていないんです。うまい具合にやっている人が上にいってしまって、妬みとかはありますね。
ーー今回の懲戒のプロセスは、実質一審制で審理非公開となりました。納得のいく反論はできましたか。
実質的な申し開きは1回だったので、どうやっても、ダメだと思います。そもそも申立書自体には「ツイートで感情を傷つけた。懲戒相当」としか書いていない。3つある懲戒事由のうち、一番当てはまりそうなのは、「品位を害する」なんですが、あのツイートによって、「裁判所や裁判官が国民の信頼を失う」ことにストレートにはつながらないでしょう。問題のツイートを読んだ一般の方の多くが「けしからん」と怒ったのなら納得できますが、あったのは当事者からの削除要請だけでした。
ーーただ、結論としては「国民からの信頼を失った」と判断されました。
はい。「裁判官が色々考慮せずに表面的な情報で判決を下すという疑念を国民に抱かせた」ということです。しかし、あのツイートでそこまで思う国民がいるとはとても思えません。さらに、私が飼い主が訴訟を起こしたことを非難していると一般の人が感じるということになりました。しかし、あのツイートで、「訴訟提起自体を非難していると、一般の人が感じる」としたのは無理ではないかと思います。
ーー審理の時点で、「裁判提起を非難」のロジックはみえなかったのでしょうか。
思いもしなかったです。わかっていれば、反論しましたよ。犬を捨てたことへの非難なら、まだわかりますけどね。結局、手続保障がまったくできていないんですよ。
ーー結論にも納得がいっているわけではないですよね。
事実認定がおかしすぎます。「一般人の受け止め」が問題視されましたが、犬のツイートはそもそもほとんどリツイート(拡散)されていません。なので犬のツイート内容を見たのは、私の投稿を見慣れたフォロワーやそのフォロワーだけであり、一般の人ではないと思います。
ーー決定で意外なことはありましたか。
反対意見が出て、その起案も含めて、年明けくらいに決定が出ると思っていたのに、予想以上に早く出ました。山口厚・鬼丸かおるの両裁判官は、こんなおかしな事実認定や手続保障の不存在には反対してくれると思っていたのですが。 寺西裁判官の時は、園部逸夫さん(公法学者)や4人の弁護士出身など、非官僚組は全員反対に回っていました。
これまで最高裁判事の中では、弁護士出身者が人権を重んじる役割を果たしていたのですが、いまは他の事件を見てもあまり反対意見が出ないですね。一票の格差とか統治機構的なものは反対意見が出るんですが。
ーーいまの最高裁の裁判官には憲法に強い人がいないという見方もあります。
それもあると思います。 また、今回の決定の内容について、一部の報道機関から、内容を知らないと書けないような記事が事前に出ました。昔、愛媛県靖国神社玉串料訴訟において、事前に判決内容が朝日新聞などに掲載されました。朝日新聞へのリークが疑われ、最高裁判事15人が裁判官訴追委員会の訴追対象になったんですが、今回はもっとひどいと思っています。
ーー戒告の前に注意処分が2回ありました。それについては納得しているのでしょうか。
1回目(半裸画像の投稿)は、法廷でやったらダメなことですが、完全プライベートの話です。 そもそも、厳重注意処分はマスコミに公開しないんですよ。厳重注意自体は、内部的には結構行われていて、刑事で未決勾留日数とか間違えると、厳重注意になります。
ーー2回目の注意処分(女子高生が殺害された事件の判決についてのツイート)はどう受け止めていますか。
最高裁のウェブサイトにあった仮名処理済み判決文のリンクを貼ってツイートしたところ、そのコメント欄に、事件の被害者遺族と思われる方から、「判決をなぜ私たちの承諾なくのせているのか、違法ではないが不愉快」との趣旨の投稿がありました。当時は、下級審のわいせつ系判決は原則掲載しない内規がありました。ところが、遺族が東京高裁に抗議に行った頃には、ツイート内容自体に傷ついたということになっていました。
本当の原因は東京高裁の掲載ミスなので、マスコミにはバランスよくとりあげてほしかったですね。
ーー処分では実質的に2回目も問題視されたように読めます。申立書にない事実で処罰されたことについて、どう考えますか。
懲戒の要件は、「懲戒事由に該当するか」と「懲戒相当か」の2つです。多数意見は、「私が訴訟提起を非難していると受け止められるから懲戒事由にあたる」の後に、相当性判断で「過去にもやっているので、それを踏まえると懲戒相当」となっています。
これに対し、補足意見は、懲戒事由該当性の判断の中で、過去のツイートの話に言及し、ラストストロー理論(積み重ねで我慢を超えさせるものの例え)を用いて、「前のツイートとあわせると懲戒事由に当たる」としてしまっています。そもそも懲戒の要件の構造がわかっていません。
ーー結局戒告の狙いはなんだったんでしょうか。
当局の狙いは、裁判所内で情報発信しているのをやめさせたいんでしょうね。戒告前に(ブログやツイッターで)発信していた書記官は、いまはもう発信をやめてしまいましたね。手続きも決定内容もともに結論ありきだったと思います。
ーー過去の戒告例に比べるとわかりにくいように感じます。
そうですね。今回のがダメならおよそだめですから、萎縮効果を生んでいます。1つは情報発信をしないということがあるし、もう1つは判例雑誌などで当事者を刺激することを書かないようにしようということがあるでしょう。
もともと裁判官がおとなしくなってきていますが、ますますそうなりかねません。
司法研修の授業中に、修習生を外に出して遊ばせてしまうような山室恵さん(元裁判官・弁護士)みたいな、型破りな人はもういませんからね。あと中込秀樹さん(元裁判官・弁護士)とか。
ーーなぜ変わってきたのでしょうか。
司法制度改革で弁護士が大幅に増えてしまい、(退官後に)弁護士になりにくいのでやめるにやめられないこともあると思います。高裁判事クラスですら、やめたら簡裁判事になりますから。15年目くらいでやめても悲惨な将来が待っているだけなので、「組織のなかでうまく生きよう」「余計なことはしないようにしよう」となりがちです。
裁判官って、6年目から単独で事件をやるので、王様のようなもので、変わった人が多かったのですが、最近はそつなくやろうとしている人が増えましたね。いまは誰もが知っている大物裁判官っていなくなりましたね。
インタビュー中編「岡口裁判官『要件事実マニュアルは掟破りだった』 裁判官の出版事情語る」
インタビュー後編「『ネットの世界は、キャラがないとダメです』白ブリーフ・岡口裁判官が語る『SNS論』」
(弁護士ドットコムニュース)