2019年01月22日 10:12 弁護士ドットコム
精神科病院での身体拘束をめぐる議論が、専門家らの間で活発化している。きっかけは、2017年5月、神奈川県の精神科病院でニュージーランド国籍のケリー・サベジさん(当時27)が10日間にわたる身体拘束を受けた後に心肺停止になり、搬送先の病院で亡くなったことだ。
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この年の7月、杏林大学の長谷川利夫教授(精神医療)はケリーさんの遺族らとともに「身体拘束を考える会」を立ち上げ、身体拘束に関する相談を受けるなどの活動を始めた。
精神科医療における身体拘束について研究を続けている長谷川教授に、日本の身体拘束にはどのような問題があるのか話を聞いた。(編集部・吉田緑)
長谷川教授は「世界をみれば、身体拘束の時間はもっと短い」として、日本も同様に短くすべきだと考えている。
ケリーさんが亡くなるまでの10日間、身体拘束されていたことが報じられると、期間の長さに母国のニュージーランドなど諸外国では驚きをもって受け止められた。しかし、ケリーさんが入院した病院に限らず、日本では珍しくない長さだ。
日本の精神科病院における身体拘束の時間は、諸外国と比べて、顕著に長い。2015年に長谷川教授が全国11の精神科病院に対しておこなった調査によると、身体拘束の連続実施日数の平均は96.2日だったという。中央値は19日で、もっとも長かった実施日数は1096日。およそ2年半以上も身体拘束された状態で入院していたことになる。
国際比較をおこなった研究データ(2009年)によると、身体拘束の平均時間はアメリカのペンシルバニア州では1.9時間、カリフォルニア州では4時間。データの中でもっとも拘束時間が長いスイスでは48.7時間となっている。
データに記されているのは、身体拘束の平均「日数」ではなく、平均「時間」だ。平均が96.2「日」にもなる日本とは大きな開きがある。
時間や日数の問題だけではない。そもそも、身体拘束は本当に必要だったのか、という問題もある。
ケリーさんが入院していた病院の看護記録には、ケリーさんは雑談もできる状態で「疎通良好」だったと書かれている。また、拘束を外してほしいと何度も訴えていたことも分かった。このような中、10日間も身体拘束され続けたことを長谷川教授は強く問題視している。
2018年10月、長谷川教授はニュージーランドを訪問し、ケリーさんの担当医と面会している。ケリーさんの担当医は長期間ケリーさんが身体拘束されていたことについて、「とてもおそろしいことだと思う」「心を痛めている」などと語ったという。
ケリーさんはニュージーランドに在住していたころ、うつ病で1カ月ほど精神科病院に入院していたが、身体拘束を受けることは1度もなかった。
身体拘束について声を上げたのは、ケリーさんの遺族だけではない。
2018年8月には、石川県の精神科病院に入院していた男性の遺族が、男性が亡くなったのは不適切な身体拘束が原因だとして、病院を運営する社会福祉法人に対し、損害賠償を求めて提訴した。遺族は実名を出して会見に臨んだ。
日本では精神障害者に対する偏見も未だあり、「精神障害者」だと知られることへの抵抗感から、声を上げることを躊躇する人もいると考えられる。長谷川教授は「ほかにも亡くなった人や、声を上げられない人がいるのではないか」という。
また、「日本でも不必要な身体拘束を減らしていくべき。基本的に身体拘束をやらないようにしようという大方針が必要」と訴えた。
精神保健福祉資料(厚生労働省調査)によると、身体拘束を受けている患者数は2003年時点で5109人だったが、2016年には約2倍となる10933人まで増加している。
身体拘束をめぐっては「致し方ないのではないか」という声もあがる。
長谷川教授がおこなった調査(前掲・2015年)によると、身体拘束の実施理由は「不穏」がもっとも多く、次いで「多動」であった。しかし「なにをもって不穏、多動と判断するのか、基準が曖昧すぎる。身体拘束を受ける当事者の視点もふまえて、不穏や多動を理由に実施する基準を見直すべきではないか」。
また、「本来、身体拘束は本当にやむを得ないときにおこなうべきもの。しかし日本では、不必要な身体拘束が、安易に、それも長期にわたっておこなわれているのが現状ではないか。できるかぎり早期に他の方法に切り替えなければいけない」と、長谷川教授は日本の現状を問題視する。
身体拘束をおこなうには、「精神保健福祉法第 37 条第1項の規定に基づく厚生大臣が定める処遇の基準」(厚生労働省告示)が示す3つの要件(1)自殺企図または自傷行為が著しく切迫している場合、(2)多動または不穏が顕著である場合、(3)放置すれば患者の生命にまで危険が及ぶおそれがある場合、のいずれかにあてはまる必要がある。
厚生労働省告示の「基本的な考え方」には、身体拘束は「代替方法が見出されるまでの間のやむを得ない処置として行われる行動の制限であり、できる限り早期に他の方法に切り替えるよう努めなければならないものとする」とも書かれている。
(弁護士ドットコムニュース)