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88rising来日公演が示した、新しいアジアンカルチャーの確立ーーimdkmがレポート

2019年01月16日 18:22  リアルサウンド

リアルサウンド

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 Rich BrianやHigher Brothers、Jojiといった数々の人気アクトを擁し、K-POPのグローバルな成功と比肩する“アジアンカルチャーの勢力拡大”の代名詞と言えるコレクティブ、88risingの来日公演が実現した。本稿では、1月10日にはZepp Tokyo、翌11日にはZepp Osaka Baysideで開催された公演から、10日の東京での模様をレポートする。


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 本題に入る前に、改めて88risingについて解説しておこう。88risingは日系アメリカ人のSean Miyashiroが2015年に立ち上げたクリエイティブ企業だ。アーティストのマネジメントからコンテンツ制作、ディストリビューションまでを幅広く手がけており、SNSやYouTubeを駆使したフットワークの軽さを武器に、ヒップホップやR&Bといったユースカルチャーとアジアを接続し、一大ムーブメントを巻き起こしている。


 彼らの活動はいつも話題を呼ぶが、特筆すべき記録として、JojiことGeorge Millerが2018年に発表した1stアルバム『BALLADS 1』は、彼の活動拠点であるアメリカのビルボードアルバムチャートで初登場3位を記録、R&B/ヒップホップ部門ではアジア人として初めて1位を獲得する快挙も成し遂げた。さらに、アジア系アクトだけで構成されたフェス『Head In The Clouds』やアジアツアーも開催し、その勢いはインターネットとリアルの境目をもはや無意味にしつつある。


 日本でも、ヒップホップやR&Bのリスナーを中心に幅広い注目を集めてきただけに、今回の来日には期待が高まった。当初のラインナップからJojiとNIKIがやむを得ず出演キャンセルとなったことは惜しかったが、今から振り返ってみれば、ショウの充実度は十分すぎるほどだった。


 ロビーからフロアまで若く多国籍なオーディエンスで賑わうなか、まもなく開演というタイミングで、ステージDJも務めるDon KrezがオープニングDJとしてステージに登場。15分ほどの間に2018年を彩ったヒップホップのヒットチューンをこれでもかという勢いで立て続けにプレイ。イントロが鳴る度に歓声が起こり、フックではシンガロングする声が響いていた。


 最初のアクトはAUGUST 08。コリアンタウンを拠点に活動するロサンゼルス生まれのシンガーで、2018年にデビューEP『FATHER』をリリースしたばかりだ。チルのフレイバーを漂わせたビートにのせて、巨体をゆらしながら美声を披露。楽曲ごとに振り付けをオーディエンスに促しながら、ときには煽って見せる。甘くほろ苦いメロディアスなパフォーマンスで、ゆるやかにオーディエンスを巻き込んでいった。


 続いて登場したのは日本を代表する人気ラッパーのKOHH。Jojiの出演キャンセル後に追加出演がアナウンスされた彼だが、そもそも彼も参加したKeith Apeの「It G Ma」のバイラルヒットが88rising設立を後押ししたわけだから、最適な人選だ。ステージ上で身悶えするようなパフォーマンスと共に披露された「Die Young」などの人気曲では、オーディエンスも声をはりあげ応答。マイク1本で会場の空気を支配するカリスマ性を存分に見せつけつつ、「It G Ma」の自分のバースもパフォーマンス。アジアンカルチャー隆盛の原点となる1曲の力を改めて刻みつけた。


 会場がもっとも湧いたのは、Higher Brothersの登場だったかもしれない。あたかもZepp Tokyoが中国のライブベニューかのように錯覚するほど。会場をまるごと飲み込むような「Made In China」のシンガロングには思わず筆者も参加してしまった。


 ステージを縦横にかけまわり巧みに観客を煽る様には若きスターとしての風格があった。ポジティブで華のあるパフォーマンスは彼らが単なるノベルティラッパーではないことの証明だ。


 バックDJのDon Krezと共に登場したRich Brianは、終始リラックスした雰囲気でパフォーマンスを進行。ジョークも交えたMCでオーディエンスの笑いを誘いながら、一度ビートが始まれば流暢でタイトなラップで場を熱狂させる。ギターのアルペジオが美しくもメランコリックな「Glow Like Dat」が個人的には白眉。ヒット曲「Dat $tick」では大きなシンガロングが起こった。


 最後に、KOHHを除く今回の出演陣が勢揃いし、昨夏フェスの開催と共に発表されたコラボレーションアルバム『Head In The Clouds』からの楽曲を披露。〈F*ck the ru-u-u-les!〉とフックをオーディエンスと共に歌い上げ、まさに大団円を迎えた。


 ラインナップからキャンセルが出たのは惜しかったが、88risingの面々はそれを覆してあまりあるほどのパワフルなパフォーマンスを見せてくれた。また、フロアいっぱいのオーディエンスから聞こえてくる英語、中国語、韓国語も印象的なら、アクトごとにそれぞれ異なるエスニシティを持つ人びとが興奮しているのも興味深かった。普段は可視化されづらい日本の中の多様性が、音楽を通じて浮かび上がってくるかのようだった。いくらYouTubeの再生回数やチャート上の数字を追っても見えてこない、「これはたしかにひとつのカルチャーを確立する」という確信を得られたというべきか。


 そしてなにより驚いたのは、彼らに強烈にエンパワメントされている自分自身に対してだった。たとえばHigher BrothersやRich Brianのパフォーマンスは“興味深い他者”であるよりも、“自分を勇気づけるロールモデル”のようにも感じられたのだ。“アジア”いう属性で文化をくくってしまうことの危うさをうっすらと覚えつつも、彼らのパフォーマンスに共感し、鼓舞される自分もいる。このことは、いかに自分が普段触れてきた文化の中にこうしたリプレゼンテーションが欠如していたかの裏返しであるように思えて、ショックでもあった。この意義はじっくりと批判的に吟味する必要はあるだろうが、排外的なナショナリズムや民族主義とはまた異なる、新しい文化的な紐帯の可能性に賭けてみたいと感じた一夜だった。(imdkm)