2018年のF1のフロントサスペンションはいくつかのパターンがみられた。それでも基本的な方法はほぼ全チームで変わらない。上下動(ヒーブ・ムーブメント)はヒーブサスペンションユニットが受け持ち、上下動のスピードをスプリング(コイルか傘ワッシャースプリング)のレートで、振動加速度をイナーター(慣性緩衝器)で調整する方法だ。
そして車体重量を受け止めてライドハイトを維持する目的でロッカーの回転中心にトーションバースプリング(捩じり棒型スプリング)を配置。左右のサスペンションの独立した動きを矯正・調整するのにはアンチロールバーが担い、さらに左右の各ロッカーにはダンパーも装着され、左右のサスペンション振動の緩衝を受け持っている。これがもっとも一般的なフロントサスペンションの構造になっている。
しかし、こう言ったフロントサスペンションのセオリーを無視するかのように、過激なアイデアで登場したのがメルセデスW09だ。左右のロッカーがソリッドリンク(1)で結ばれ、ヒーブムーブメント〔上下動〕では左右まったく同じに稼働するのだが、ロッカーの上下動がシンクロしないロール時(車体の左右の傾き)や縁石等で片輪だけが大きく持ち上がるような独立した動きは、このソリッドリンクで理論上、すべて止められている。
つまり、ロール・ロックが行われていて通常のアンチロールバーのユニットは搭載されていないことになる。ロール・ロックされたおかげでロッカー(2)のロールムーブメントはなくなり、上下動は常にシンクロすることになり、トーションバースプリング(3)は左右2本の必要はなくなり、右側のロッカーの回転中心に1本あるだけで、左側には搭載されていない。
写真でその動きを見てみると、まずはプッシュロッド(9)からの入力(路面からの)をロッカー(2)が受けてヒーブユニット(5)を押し、上下動では左右のロッカー(2)から同時に押される。そして、シャフト本体を圧縮。逆方向(車体が浮き上げる方向)ではシャフトは左右に伸びる方向へ動き、内部のオリフィス&バルブによってその振動の距離、速度、加減速度を管理している。
この写真はフルドゥループ(もっとも伸び切った)状態のサスペンション。これ以上は伸びず、バンプストッパー(6)が縮の限界を抑えているので、現実のサスペンションの動きはシャフトストローク(8)分しかない。ロッカー(2)の回転運動は右側のロッカー回転中心に装着されたトーションバー・スプリング(3)を捩じり、スタティック(停止状態)での車重を受け止めていて、上下動のスプリングとして使われる。左右のロッカー中心から伸びるロッカーアーム(4)は車体中心部で重なり、左右の頂点はロール・ロック・タブ(1)で結ばれ上下動だけを許容する。
また、左のロッカーの中心にはロッカーアーム(4)のプレロードアジャスター(7)が設定されていて、微妙なセッティングの違いをスプライン(回転軸同士を連結させたときに軸方向に生じる変位を逃して動力を伝達するパーツ)の位置を変えることで調整している。写真にでは見えないが、ロッカー下部には左右にダンパーも装着されている。
メルセデスW09の2019年のサスペンションはフロントの姿勢変化を徹底的に嫌った結果だが、左側トーションバー、トーションバーブラケット、そしてアンチロールバーユニット……の消滅で、結果的にフロント部の大幅な軽量化にも成功している。実際、2017年までのメルセデスの車体は重く、軽量化は2018年型車の開発方針の第一義であった。
この方式はサスペンションの基礎エンジニアリングからはなかなか登場することができない斬新なアイデアだ。これまでの常識を覆す驚愕のデザイン。しかしこのアイデアには、追いつめられた軽量化への対応と、フラットフロア・エアロの開発限界からの必死の模索……とも理解できる。さて2019年、次なる一手を早く見てみたいものだ。