2019年01月12日 10:12 弁護士ドットコム
服役中に被害者の証言がウソだったとわかり、裁判のやり直しで無罪となった男性が、冤(えん)罪による身体拘束で精神的苦痛を受けたとして、国などを相手取り、約1億4000万円の損害賠償をもとめた訴訟で、大阪地裁(大島雅弘裁判長)は1月8日、請求を棄却する判決を言い渡した。
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男性は2004年と2008年、当時10代の女性に自宅で性的暴行をしたとして、強姦と強制わいせつの罪で起訴された。最高裁で懲役12年が確定した。ところが、服役中の2014年、女性が被害証言をウソだと告白。しかも、女性が受診した医療機関には「性的被害の痕跡はない」とするカルテも残っていたという。
男性は逮捕から6年以上経った2014年11月に釈放。2015年10月、再審で無罪となり、約2800万円の刑事補償を受けている。男性は2016年10月、国と大阪府を相手取り、提訴していたが、大阪地裁は「起訴や有罪判決が違法とは認められない」として、請求を棄却した。
判決を受けて、ネット上では波紋が広がっている。今回のような事件で、国家賠償請求は認められないのだろうか。刑事事件にくわしい小笠原基也弁護士に聞いた。
――今回の判決をどうとらえているか?
裁判官・検察官・弁護士が法律専門家といえるのは、単に法律にくわしいというだけではなく、証拠から法律にあてはめる生の事実を導き出すこと、言い換えれば証拠を経験則に照らして事実を認定するという「事実認定」のスキルを持っているからです。
事実認定において、自白を含めた供述証拠(証言)に頼ることの危険性は、法律家であれば当然知っているでしょうし、だからこそ、客観的証拠と照らし合わせて、供述の信用性を判断することが重要です。
今回の判決のケースでは、検察官が、通常の捜査をしていれば容易に入手できるであろう客観的証拠にあたらず、『被害者の言うことは正しい』ということを前提として起訴したにもかかわらず、「過失」がないとするのは、裁判官が検察官をかばったと評価してもよいのではないでしょうか。
また、このような捜査を追認した裁判所に対しては、客観的証拠を軽視し、自白を含めた供述証拠に偏重する捜査を追認したものとの批判があてはまると思います。
――冤罪の国家賠償請求は認められにくいのか?
現状、冤罪事件の国家賠償請求は、ほとんど認められていません。
判例上、『公訴の提起および追行時における各種の証拠資料を総合勘案して合理的な判断過程により有罪と認められる嫌疑があったときは、検察官の公訴の提起および追行は違法な行為に当たらない』とされています。
また、『裁判に国家賠償法上の違法があったと認められるためには、当該裁判官が違法または不当な目的をもって裁判をしたなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したと認めうるような特別の事情がある場合たるを要する』とされています。
国家賠償は、公務員の「過失」に基づく損害も対象になりますが、民法上の過失(例:自動車運転における過失)が広く認められていることと比べて、冤罪の場合の「過失」は極端に狭い印象を受けます。
これは、検察官の起訴裁量が広範であることや、憲法上、裁判官は良心に従って独立して職権をおこなうこと、とされているからだと考えられますが、刑事補償の金額が低廉に過ぎる現状においては、故意ないし悪意に近い場合にしか賠償を認めないのは、被害者救済の観点からすると疑問です。
――男性側は控訴する方針だ。今後のポイントはなにか?
捜査官の捜査や裁判官の判断が、上記の基準に照らして、違法だったかどうかが争われると思います。相次ぐ無罪事件や、再審開始によって、これまでの捜査が批判されている現状において、そもそもこのような基準が、冤罪被害者救済の観点から見て、妥当なものかどうか再度見直されるべきではないかがポイントになってほしいと思います。
さらには、この事件をきっかけに、刑事補償の大幅な改善(たとえば、一時金のみならず、生涯にわたる年金の支給など)についての立法的議論がなされることを期待します。そのためにも、上訴審の裁判官には、まさに自己の「良心」に従って、憲法と法律に照らして、常識ある判断を期待します。
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
小笠原 基也(おがさわら・もとや)弁護士
岩手弁護士会・刑事弁護委員会 委員、日本弁護士連合会・刑事法制委員会 委員
事務所名:もりおか法律事務所