2019年01月12日 10:12 弁護士ドットコム
人気ゲームのキャラクターのコスチュームに身を包んだカート集団が、東京都内などの街中を走り回る――。そんな場面に遭遇したことはないだろうか。一般に「公道カート」と呼ばれ、レンタルツアーのサービス「マリカー」が、任天堂から提訴されるなど、世間の注目を集める。
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インバウンド(訪日旅行)のアクティビティとして、公道カートの人気が非常に高まっている。一方で、地元の日本人からは「危険だ」「禁止にしろ」などと、冷たい視線が向けられている。日本人からは見えにくい、「マリカー」の実態はどのようなものだろうか。(編集部・山下真史)
まずは、任天堂から提訴された「MARIモビリティ開発」(旧マリカー社)について調べてみた。同社は2015年6月、設立。東京・品川、秋葉原のほか、大阪、沖縄などの各店舗がレンタルサービスを展開している。当然のことだが、任天堂とは、まったく関係がない。
マリカーの日本語サイトは閲覧できなくなっているが、ウェブページをキャッシュとして保存するサービスで確認すると、任天堂のキャラクター「マリオ」をはじめとして、「アイアンマン」(マーベル)、「クッキーモンスター」(セサミストリート)など、100種類以上のコスチュームを、カート利用客が借りられる。
さらに「スーパーマリオのコスプレをして乗れば、まさにリアルマリオカート状態!!みんなで公道カートを楽しんじゃってください!」といった誘い文句も掲載されていた。イケイケのように思えるが、2017年に入り、一転してピンチに陥ることになる。
任天堂が同年2月、旧マリカー社がマリオやヨッシーなど、キャラクターのコスチュームを貸し出して、そのコスチュームが写った画像や映像を許諾なしに宣伝・営業に利用するなどしていることが、不正競争行為にあたるとして提訴したのだ。1審・東京地裁は昨年9月、旧マリカー社に対して、損害賠償1000万円を命じたが、同社は判決を不服として控訴している。
「マリカー」をめぐる法廷闘争の第2ラウンドは昨年12月から、知財高裁にうつった。そこで、裁判所に何度か通って、膨大な訴訟資料を閲覧したところ、これまで報道されていない、いくつかの注目すべき事実が見つかった。
その一つは、任天堂が、ある大手企業の子会社に、旧マリカー社の調査を依頼していたことだ。報告書の日付は、2016年11月16日となっている。任天堂が、旧マリカー社を提訴したのは、2017年2月24日だから、少なくとも3カ月以上前から、入念に訴訟の準備をすすめていたと考えられる。
調査内容は、観光客を装って、旧マリカー社のサービスを利用したうえで、(1)領収書、(2)店内の様子(マリオなどのコスチュームの陳列の様子)、(3)広告チラシ、(4)店舗名刺――などの情報収集することだ。
調査報告書には、店の入口に高さ120センチくらいの「マリオ人形」が置かれているところや、マリオやルイージなど、コスプレ衣装が、ずらりとハンガーにかかって並んでいる店内の様子をうつした写真が添付されていた。
もう一つは、任天堂が提出した証拠から、同社の「お客様相談室」に、一般消費者からメールや電話で、交通安全の面に関する「苦情」「批判」が寄せられていたことだ。いずれも、公道カート運営とまったく関係がない任天堂に対して、その見解を厳しく問いただす内容となっている。主なものを引用する。
「マリカーのような着ぐるみを着せて、日本を訪れている外国人を公道ゴーカートに乗せている会社がある。(中略)。交通違反もしていて、地元では迷惑している。運営元を調べると株式会社マリカーという会社であった。警察に連絡したが、現行犯ではないからどうしようもないなどと言われ、取り合ってくれない。マリオカートの権利元は任天堂であるから、何かとすべきだ」
「ヘルメットもプロテクターも付けず、あのような行為をする集団を任天堂が黙認しているのは、どういったお考えの元なのですか。別会社のことだから・・・では説明になりません。黙認していないということならば、野放しにしているのは何故ですか。一方の被害者として任天堂からのキチンとした回答を待ちます」
任天堂からすれば、言いがかりのような話だ。その堪忍袋の緒が切れた理由の一端がうかがい知れる。地元の住民たちは、街ゆく公道カートを見かけては、任天堂に対する怒りを抱いて、苦情のメールや電話をするまでに至っていた。
そんな同社のサービスだが、旅行口コミサイト「トリップアドバイザー」が発表した「外国人に人気の日本の体験・ツアー2018」の1位を獲得するなど、現在も勢いがとまらない。
どことなく派手な遊びの印象があるが、どういう属性の人たちが利用しているのか。訴訟資料によると、やはり利用者のほとんどが訪日外国人だという。
旧マリカー社は2017年2月から4月にかけて、利用者アンケートを実施している。2131人から回答があり、そのうち2032人(約95.4%)が、訪日外国人だった。(出身国「日本」かつ「日本の免許証」は99件、出身国不明は「日本」、免許のタイプ不明は「日本」として集計されている)。
国別に集計されたデータは見当たらないが、ざっとリストを眺めると、アメリカ国籍が圧倒的に多かった。ほかは、オーストラリアやカナダ、香港、韓国、イギリスなども多かった。ベルギー、ドイツ、オランダ、インド、アイルランド、イタリア、マカオ、マレーシア、ニュージーランド、フィリピン、シンガポール、台湾などの利用者もあり、SNSを通じて存在が知られているようだ。
在日米軍関係者が多いこともわかっている。実は、旧マリカー社は、営業活動の最初のターゲットを「在日米軍基地」としており、その後、在日米兵たちの口コミ情報によって、その存在が爆発的に知られるようになっていったようだ。在日米軍に取材したところ、「兵士とその家族が利用していたのは確かだ。しかし、オフィシャルの福利厚生プログラムではない」とコメントした。
では、公道カートの乗り心地はどのようなものか。「渋谷のスクランブル交差点に差し掛かったとき、街の人からスマホを向けられて、まるでスターになったような気分になった。とても楽しい」。昨年12月のある寒い日、約1時間半のコースを走り終えたばかりの外国人男性AさんとBさんは、弁護士ドットコムニュースの取材に、前のめりになりながら、興奮した口調で話した。
2人が公道カートで走ったのは、品川の店舗から、東京タワーを通って、六本木・表参道・渋谷をめぐり、ふたたび品川に戻ってくるというコース。1人あたり8000円と少々値段がはるが、「表参道のイルミネーションとか、とてもキレイだった。一緒に走ったガイドに、カートに乗っている写真を撮ってもらったので、SNSに投稿して、友だちに自慢したい」と口をそろえる。
この日店にいたスタッフは、外国人と日本人が半々で、英語で話しかけられたという。店員はとてもフレンドリーな接客で、「日本的(丁寧)ではないが、みんなニコニコしていて、好印象だった」(Bさん)。同じグループで、公道カートで走った客は、フェイスブックやインスタグラムを通じて、このサービスを知ったと話していたという。
カートの搭乗前には、「名前」「年齢」「性別」「どこの国から来たか?」「何回きたか?」「なぜきたか?」「マリカーを何回利用したか?」「どうやって知ったのか?」「日本で運転したことはあるか?」「(運転)ライセンスの形態は?」などの質問シートに答えさせられる。
そのあと、ようやくコスプレに着替えて、出発する。「任天堂だけじゃなく、ディズニーのコスプレも多かった。服のバリエーションは豊富だった」(Aさん)
任天堂の調査によると、かつては店内に「マリオ人形」もあったというが、その日はなかったようだ。カート本体に「任天堂は無関係」と大きくプリントするなど、裁判を意識するような動きも見られる。
旧マリカー社の公道カートが、一般車両と接触する事故も起きている。
公道カートは、道路交通法上、自動車(ミニカー)として扱われており、普通運転免許さえ持っていれば運転できる。ヘルメットすら着けなくていいのだ。しかも同社は、独自にカートを整備して、時速60キロメートルまでスピードが出せるようにしているという。
安全面の心配があるが、旧マリカー社が裁判所に提出した資料によると、カートの事故率は「0.1%未満」。訪日外国人のレンタカー事故率が「3.4%」、日本人のレンタカー事故率が「1.1%」であることから、「むしろ安全だ」という主張を展開している。実際に乗ってみて、危険を感じなかったのだろうか。AさんとBさんの見解は少し異なっている。
「乗用車と違って、乗りにくいと思った。ハンドルもかたく、ブレーキも踏みにくいから。ブレーキは、力を込めて踏まないと止まらない。前を走っていたカートに少しぶつかった。前にクッションがついているから大丈夫だったけど、シートベルトをつけず、時速50キロで走るので、やっぱりこわい」(Bさん)
「ガイドさんからは、シートベルトは締めなくていいと言われた。ヘルメットも貸し出してもらえるけど、誰もかぶっていなかった。しかも、自動車が周りをバンバン走っているからこわいかと思ったけど、すぐに慣れた。タクシーとかは、(カートに)配慮してくれていた。やっぱり日本人はやさしいと思った」(Aさん)
とはいえ、前述の任天堂への苦情のように、インターネット上では、公道カート全般に対する嫌悪感が広がっていることはたしかだ。公道カートの走行が危険を誘発してるのではないか、と指摘する意見のほかに、一部では「観光公害」とまで揶揄する声もある。
こうした状況の下、国交省は2017年、公道カートの安全確保水準を上げるため、道路運送車両の保安基準を改正した。しかし、その多くがまだ施行されていない状況だ。先ほど述べた訴訟資料を見ても、任天堂がこうした安全面を問題にしていることがうかがえる。
「任天堂は、公道コスプレカートの事業によって、問題を引き起こされて、『マリオカート』(ゲーム)への社会的評価が落ちることにつながるとおそれているのかもしれません。とはいえ、任天堂がこの危険・不安を法的利益として公道コスプレカート事業そのものを止めさせることは訴訟技術上いささか難があり、今回の訴訟はそれゆえのものではないでしょうか」
コンテンツ産業について詳しい国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)客員研究員、境真良さんはこのように分析する。境さん自身、公道カートの一団に遭遇したとき、危険を感じたことがあるという。今後、公道カートへの反発が高まると、法規制が厳しくなっていくのだろうか。
「個人的には、利用者の多くが外国人であり、運転免許など、少なくとも日本において自動車を公道で走らせるための条件を備えている以上、すべてやめろと断ずる気持ちも起きません。運転していれば、実に多様な車輌と一緒に走ることになります。まず前提として、こうした中で自動車を運転していくことが一種の宿命であることは、ドライバーの1人として、甘受しなくてはならないと思います。
一方で、小さなカート、しかも多くが慣れない外国人ドライバーによるものを、集団で運転させることによって、その危険性が増大していることも事実でしょう。この点について、国交省とは異なり、道路交通法を所管している警察庁は特段の措置をとっていません。万が一、大きな事故が発生するなどして、公道コスプレカートへの批判がさらに高まれば、警察庁が抑制効果も念頭に、危険運転に関する規定によって摘発に乗り出す可能性がないとは言えないです」(境さん)
そうは言っても、インバウンドのアクティビティとして人気の公道カートをうまく伸ばしていくことも、観光立国としては課題となるのではないだろうか。境さんは「たとえば、任天堂による公式サービスの展開などがあれば、改善されるのではないか」というアイデアをあげる。
「マリカーの公道コスプレカートが一種の社会問題になった背景には、そもそもインバウンドに対して魅力あるサービスだったという事実があることは、認めねばならないでしょう。『日本の道路上でも問題視されないような公道コスプレカート走行サービス』『マリオカートシリーズ(ゲーム)のイメージダウンにならない公道コスプレカート』は、かならず実現できるでしょう。任天堂にとっても、収益源の1つとして、魅力があるはずです」
公道カートをめぐっては、ネット上で「やってみたい」という声も見られるものの、「やっぱりあぶねーよ」「日本の交通ルール知らない素人外国人がこれ以上日本の道路走ってほしくないわ」「地元民からしてみればさっさと潰れろ」など、かなり強い批判が湧き上がっている状況だ。これに対して、旧マリカー社から国内向けのメッセージはあまり発信されていない。今回、取材の申し込みをしてみたが、返信はなかった。
このままでは、外国人ウケは良いけれど、日本社会とは分断している・・・という状況がつづくかもしれない。インバウンドが活発化する中、同じようなことは、急速に増える外国人観光客と困惑する地元住民との関係など、さまざまな場面で起きうることで、マリカーだけの問題とは限らない。
ただ、その解決策として、訪日外国人に満足されているものを排除する、というだけでは、インバウンドとしての発展性は乏しい。持続的なインバウンドのアクティビティには何が求められるのか。その本質的な問題を考え、前向きな方向にすすむことを願っている。
(弁護士ドットコムニュース)