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平井堅の持つ特別な吸引力 2018年最後に開店した『Ken’s Bar』を振り返る

2019年01月07日 12:02  リアルサウンド

リアルサウンド

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 通常とは異なるアコースティック編成の上質でアダルトなムード、カバーも交えて自由気ままに歌うコンセプトライブ。店長・平井堅が皆様を歌でおもてなしする『Ken’s Bar』が、このほど開店20周年を迎えて全6公演のアリーナツアー『Ken’s Bar 20th Anniversary Special !! vol.3』へと規模を拡大した。昨年12月24日はそのツアーファイナル。センター席にはドリンクの置かれた円卓と椅子、ステージにはバーカウンター。ステージ後方の『Ken’s Bar』のネオンサインにあかりがともると、それが開店の合図だ。


(関連:平井堅の“失恋ソング”はなぜ愛され続けるのか? 「half of me」と歴代の楽曲から考える


 〈からっぽなのは誰でもなく この無様なあたし〉。クリスマスイブの幕開けにはスパイスの効きすぎる「かわいそうだよね」は、平井堅が初めて作詞作曲での楽曲提供をしたJUJUのアルバム「I」の収録曲で女性のせつない人生哀歌。一人でピアノを弾きながら、技巧的なファルセットを加えた圧巻のハイトーンで広い横浜アリーナに静寂を与えると、続く「思いがかさなるその前に…」は、アコースティックギターと二人で柔らかくしっとりと。音数は最小限、照明も最小限。わずか2曲で外の喧騒を忘れさせ、親密なバー空間へと観客を誘う。『Ken’s Bar』の持つ吸引力は特別なものだ。


「本日はツアー最終日、今年最後のライブパフォーマンス。命がけで歌いますので、どうぞよろしくお願いします」。


 3曲目に登場した「林檎殺人事件」は、1978年にヒットした郷ひろみと樹木希林のデュエットソング。当時を知る年代にとっては、おもちゃのメガネと振付まで完コピするリスペクト心に大拍手だが、メロディ楽器を一切使わず、パーカッションと歌だけの骨太なパフォーマンスが何たって素晴らしい。「I’m so drunk」の、アコースティックギターをリズム楽器のように使うワイルドでファンキーな演奏もしかり。極めつけは「POP STAR」で、あのキャッチーな大ヒット曲のコード進行をそっくり入れ替え、フリージャズばりの強烈でスパイシーな演奏は観客に挑戦するかのように刺激的かつ音楽的。唖然とするほどにかっこいい。


 そうかと思えば、「LIFE is…」と「センチメンタル」は王道ピアノバラードで、とことん美しくまろやかに。「一番ノリノリで聴きたい曲を乗れないようにする」と観客を笑わせながら、最後はしっかりと感動で締めくくる、見事なおもてなしぶりだ。


 ウッドベースが刻むスローでファンキーなリズムが、横浜アリーナの空気を震わせる。30分間の休憩をはさんだ後半1曲目「リバーサイドホテル」は井上陽水のカバーで、こうした隠れた名曲を引っ張り出すセンスと、どんな曲も平井堅スタイルに染め上げる歌のパワーはさすがのひとこと。さらに温かいピアノバラード「僕は君に恋をする」を歌い終えると、「I want your request~」と歌いながらセンター席中央のサブステージへ。『Ken’s Bar』ならではのリクエストコーナーは、会場がどんなに大きくなっても変わらないお楽しみだ。


 1曲目は「Sweet Pillow」、そして2曲目は「瞳をとじて」。平井堅がボールを投げ、その受け取り手を当選者とし、リクエストを受けてから譜面を探して演奏する。当意即妙の演奏と歌の素晴らしさもさることながら、その間のファンとのやり取りが最高におかしい。本日の主役(当選者)は、中学生からの隠れ平井堅ファンと、元気すぎる三児のママ。漫才コンビかの如く容赦なく突っ込む平井堅と、鮮やかに突っ込み返すごく普通のファンとの会話に、横浜アリーナは明るい笑い声で包まれる。ライブの雰囲気は、ほかでもない観客が作るもの。平井堅のファンは雰囲気作りの名人だ。


 再びメインステージへ戻り、松任谷由実の「恋人がサンタクロース」をワンコーラスカバー、そしてすぐさま「君の好きなとこ」へ。アコースティックギターの開放的なキラキラした音が耳にまぶしい。一転して「LOVE OR LUST」は、迫力たっぷりのウッドベースと歌によるクールなジャズ/ファンクスタイルで。「KISS OF LIFE」はシンプルなカホンのイントロが、豊かなバンドサウンドへと発展し、「Love Love Love」は神々しいほどのアカペラコーラスを導入部に、全員がクラップで盛り上がるファンキーな1曲。ピアノ・鈴木大、ベース・大神田智彦、パーカッション・坂井“ラムジー”秀彰、ギター・石成正人。モノホンの凄腕ミュージシャンをバックに、伸び伸び歌う平井堅は本当に自然体だ。


「来年はデビューして24年。自分に伸びしろがあると信じ、僕自身が平井堅という歌手を育てながら、もっと進化した平井堅をみなさんに見せられるように頑張っていきます」。


 〈人生は苦痛ですか? 成功が全てですか? /僕はあなたににただ 会いたいだけ〉。深遠な「ノンフィクション」の歌詞が、アコースティックギターだけの伴奏でより深く強く心に刺さる。激しいストロークと言葉の刃はとことん鋭いが、歌声はどこまでも澄み切って優しい。この素晴らしい声は世界で一つ、ここにしかしかない。


 アンコール。驚く暇もなくサブステージに突然現れ、ピアノの弾き語りで歌った「half of me」。あまりにもせつなく、そして美しい別れの歌で、イブの夜を締めくくる。平井堅は最後まで平井堅だった。「素晴らしい1日をありがとう。来年もよろしく!ありがとうございました」と、マイクなしで叫んだ声は全員に届いただろうか。


 4月から5月にかけて、大阪城ホールや日本武道館を含む『Ken’s Bar 20th Anniversary Special !! vol.4』ツアーを開催することも発表された。ここに来れば誰もが温かく優しく包まれ、時に痛い程胸に沁みる。『Ken’s Bar』のさらなる繁盛を願ってやまない。(取材・文=宮本英夫)