ビジネス書を扱うことが多い本サイトですが、今回ご紹介するのは、派遣社員の丸山成美24歳に擬態しているダルダル星人のダルちゃんの物語。12月6日に小学館から刊行された漫画『ダルちゃん』全2巻(はるな檸檬)です。フルカラーですっきりとした絵柄は読みやすく、冒頭のコミカルな自己紹介ですぐに心をつかまれてしまいます。
気を抜くと全身がダルっと形のない宇宙人になってしまうダルちゃんは、普通の人間に見えるように惜しみない努力を続けています。
「なーんと最近メイクってやつを覚えました」
「でもなんか気持ち悪いから3日に1回やるかやらないか」
「とーっても苦手だけどストッキングをはいて 本当は嫌だけどハイヒールに両足をつっこめば」
「ハケンシャイン、マルヤマナルミのできあがりです」
最初はコメディかと思う内容でしたが、読み進めると女性にとってたいへんシリアスで深い展開が待っています。周囲に馴染めず生きづらさを感じている女性たちに、ぜひ読んでいただきたい一冊です。(文:篠原みつき)
「あなたの尊厳を踏みにじる奴らに あんな風に笑いかけちゃダメだよ」
本作は、資生堂の企業文化誌「花椿」のWeb版で2017年10月から連載され、当初から「これは私だ」と共感する人が続出。主に20代30代の女性からの絶大な支持を集め、単行本の発行部数はすでに10万部を突破しています。SNSでは「今年読んだ一番の作品」に挙げる人も目立ちました。
生まれつき"普通と違う"と家族に疎まれて育ったダルちゃんは、小学校に入ってますます大変な状況に。何しろダルダル星人なので、キチンと座っていることさえままならない。なのに先生は怒るし同級生からはバカ扱い。やがてダルちゃんは、周囲の女子を観察し、必死に「普通の女の子」に擬態する技を覚えていきます。
社会人になってからは派遣社員としてしっかり仕事をこなし、「役割がある」生活に満足するダルちゃん。しかし、職場の飲み会はどうにも苦手で、どうしていいか分からなくなります。ニコニコ笑って相づちを打っていれば、男性社員が喜んでくれると気づいた彼女は、バカにされても妙に慣れ慣れしくされても、ニコニコ調子を合わせてしまいます。
これを見ていた職場の女性社員サトウさんが、ダルちゃんに厳しく指摘するセリフが、ずしんときます。
「あなたの尊厳を踏みにじる奴らに あんな風に笑いかけちゃダメだよ」
「簡単につけこまれて 人生を支配されちゃうよ」
いままで何とか「普通に」生きることを至上命題として生きてきたダルちゃんにとって、それは厳しく胸に刺さる言葉でした。
頑張って身なりを整えるところや、飲み会の描写に「わかるわかる」と共感する人は多いでしょう。おしゃれや飲み会に限らず、本当はやりたくないのに、「普通」であるために頑張っている。それが無意識でできるレベルになり、本当は自分が何をしたいのか、何を考えているのかもわからなくなってしまう。そんな心理がダルちゃんによって分かりやすく提示され、胸が痛くなります。
「普通の人なんて この世に一人も存在しない」自分を愛して清々しく生きていくために
ダルちゃんは、もしかすると発達障害かなと思われる表現もありますが、そうした限定は意味がありません。普通と違うと非難され、またはそう思われないよう必死になって、生きづらさを抱えている人は多いものです。
親や恋人、夫や上司の意志ばかり尊重し「空気を読んで」生きている女性も。ダルちゃんによって「自分をどう取り戻すのか」といった命題を突き付けられ、物語から目が離せなくなります。
後半は、本当の自分を表現するすべを見つけ、さらには「普通の幸せ」を掴みかけるダルちゃんですが、話はそこで終わりません。どんな人にも人生の岐路があるように、ダルちゃんは重い決断を迫られます。
これまた胸に刺さるのは、「普通じゃないから幸せになれない」と自分を追い詰めるダルちゃんに、ある人が言うこんなセリフです。
「普通の人なんて この世に一人もいないんだよ」
「存在しないまぼろしを 幸福の鍵だなんて思ってはいけないよ」
20代30代の、渦中にある女性の中には、ぶわっと涙があふれる人も多いはず。結婚か、仕事か、それ以上の大事な何かを選ぶべきか、結婚すれば仕事と家庭の両立、出産のタイミングなど、様々な岐路に立たされる女性たち。自分が何を選べば満足し幸せになれるのか、深く考えさせられる時期にこの漫画に出会うインパクトは、とても大きいことでしょう。
自分が自分を認めていれば、私たちは幸せに生きていける、というメッセージが強く込められた、希望と癒しの物語。新しい年に向かって、心機一転清々しく生きていきたい女性たちに、届いて欲しい作品です。