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年末企画:荻野洋一の「2018年 年間ベスト映画TOP10」 映画は失踪し、時には運よく再発見される

2018年12月30日 12:02  リアルサウンド

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 リアルサウンド映画部のレギュラー執筆陣が、年末まで日替わりで発表する2018年の年間ベスト企画。映画、国内ドラマ、海外ドラマ、アニメの4つのカテゴリーに加え、今年輝いた俳優・女優たちも紹介。映画の場合は2018年に日本で劇場公開された(Netflixオリジナル映画含む)洋邦の作品から、執筆者が独自の観点で10本をセレクト。第15回の選者は、映画評論家の荻野洋一。


参考:新たな“現代西部劇”創出の予感 『ウインド・リバー』が描く苦痛に満ちた西部史


1. 『風の向こうへ』
2. 『ワンダーストラック』
3. 『長江 愛の詩』
4. 『ラブレス』
5. 『生きてるだけで、愛。』
6. 『バルバラ セーヌの黒いバラ』
7. 『スティルライフオブメモリーズ』
8. 『ウインド・リバー』
9. 『ロスト・シティZ 失われた黄金都市』
10. 『ダウンサイズ』


 2018年の映画ベストテンを選考するにあたり、1970年代に作られて未完のまま放置された映画を1位とすることを、どうか許していただきたい。世界映画史上のベストワンなどとよく表彰される『市民ケーン』(1941)で有名なアメリカ映画の鬼才オーソン・ウェルズ。彼の未完の遺作が不死鳥のごとく甦り、「2018年の新作」として平然とリリースされたのだ。この奇天烈な事件に小躍りするくらいの酔狂でないかぎり、「映画評論家」なんて看板を掲げてはいられまい。


 オーソン・ウェルズが死んだのは1985年10月10日。身長190センチにして球体のごとく肥満体型の巨漢は、その死から33年も経過しているというのに、恐るべき復活ぶりによって、今なお私たち映画ファンを脅かし続ける。彼ほど「未完」という不吉な言葉が似合ってしまう映画作家はいない。2018年秋のヴェネツィア国際映画祭でひょっこり初披露されたあと、Netflix独占でリリースされた『風の向こうへ』もまた、1970年の製作開始からなんと48年間にわたり未完のまま放置され、呪われた作品だ。1942年のブラジルにて国賓待遇で大々的にロケされたものの未完に終わった『イッツ・オール・トゥルー』のように呪われているのだ。


 『風の向こうへ』は1970年の夏、あろうことか、主役も決まらないまま撮影開始されたそうだ。経済的なトラブルによる中断をへて、1974年になってようやく主人公の映画監督役にジョン・ヒューストンの起用が決まったという。4年間も主役なしで製作していること自体、そもそも常軌を逸している。撮影は1976年になんとか終わったそうだが、編集中に資金難が深刻化して完成に至らぬまま、悲運の巨匠オーソン・ウェルズは死去した。今回発表された『風の向こうへ』は、ウェルズのメモや指示に基づき、旧知のピーター・ボグダノヴィッチやフランク・マーシャルらの手によって仕上げられた。作品を実際に見てみると、すさまじいイメージの奔流によって悪酔いさせられる。陳腐なたとえで恐縮だが、もしジャン=リュック・ゴダールがアメリカ映画を撮ったら、こんなものになるのではないか。そして、この映画の中でも年老いた映画監督が、再起をかけて新作を撮っているけれども、やはりそこでも映画は未完に終わってしまう。すさまじい情熱の発露、イメージの奔流、巨大なクエスチョンマーク、どす黒い欲望の残滓を跡づけながら。


 いくらなんでも『風の向こうへ』の衝撃を語るだけで本稿を終えるわけにはいきません。2位以下についても少し言及しましょう──


 前作『キャロル』が高評価だったトッド・ヘインズ監督だが、最新作『ワンダーストラック』は一転して冷遇された。この作品の価値をきちんと評価したのはジョン・ウォーターズ監督くらいのものだろう。私はジョン・ウォーターズの側に立つ。じっさい2018年公開作品中、筆者が見たものの中で、オーソン・ウェルズの『風の向こうへ』に匹敵するほど五官を圧倒される映画は『ワンダーストラック』を置いて他にはない。『ワンダーストラック』は、母親を事故死で失ったばかりの聾唖の少年が家出して、何も理解できないままニューヨークをさまよう物語だ。それにしてもこの作品だけでなく、2018年はなぜか失踪についての映画をこぞってベストに選ぶこととなった。4位『ラブレス』(アンドレイ・ズビャギンツェフ監督)はモスクワ郊外における失踪少年の捜索にあたり、大ボランティア部隊が結成される映画だし、3位『長江 愛の詩』(楊超 監督)、6位『バルバラ』(マチュー・アマルリック監督)、8位『ウインド・リバー』(テイラー・シェリダン監督)、9位『ロスト・シティZ』(ジェームズ・グレイ監督)、10位『ダウンサイズ』(アレクサンダー・ペイン監督)と、登場人物がそれまで親しんできた世界から失踪する物語ばかりである。


 人は、モノは、移ろいゆく。より冷淡に言うなら、ココからヨソへと失踪するのだ。映画それ自体もまた失踪し、時には運よく再発見される。『風の向こうへ』のように。私たちもいずれは〈風の向こう側〉へと連れ去られ、ココからは失踪するだろう。7位の日本映画『スティルライフオブメモリーズ』(矢崎仁司監督)は、移ろいゆく無常をなんとか写真で、つまりはスティルライフ(静物画のこと)で跡づけようとする苦難の試みだ。この試みはあらかじめ敗北が運命づけられている。それでも残り香くらいは残せるかもしれない。諦めていた『風の向こうへ』を不意に見ることができた2018年、私は映画というモノがいよいよもって、失踪しようとする誰かの後ろ姿の残り香だという、そうした感慨に囚われつつある。残り香という意味では、次点の11位には『A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー』を、そっと添えるべきなのかもしれない。(荻野洋一)