2018年12月30日 09:12 弁護士ドットコム
配偶者を亡くした人に「かわいそう」とか「寂しいわね」などと声をかけたり、そう思って接したりしてはいないだろうか。悪意はなくても、実は相手を戸惑わせているかもしれない。
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「夫を亡くした後、配偶者と死別した人への世間の哀れみの視線が、とてもひっかかりました」。第一生命経済研究所の小谷みどり主席研究員(49)はそう語る。
小谷さんは7年前、42歳の夫を突然死で亡くした。お墓や葬式など死生学を専門に研究してきたはずなのに、自分が配偶者を亡くし、初めて気づくことが多かったという。
配偶者を亡くした人たちを「没イチ」と呼び、当事者にしかわからない情報交換をする「没イチの会」を作った。
2018年10月に上梓した『没イチ パートナーを亡くしてからの生き方』(新潮社)では、前向きにたくましく生きていく没イチたちの姿を追った。誰もが没イチとなりうるからこそ、どんな心づもりや準備が必要か。小谷さんに聞いた。
小谷さんの夫が突然亡くなったのは、2011年4月29日のことだった。子どもはおらず、夫婦2人で暮らしていた。健康診断の結果も問題なく、亡くなる兆候も何もない中での、突然の死だった。通夜、葬儀をゴールデンウィーク中に慌ただしくすませ、連休が明けると、普段どおりに出勤した。
「気持ちの面ではもちろん落ち着いてはいません。でも、講演や大学の講義があり、休むことはできませんでした。結果的には、そのおかげで変わらない日常生活を続けることができたので、良かったのだろうと思います」
同僚たちは、何事もなかったかのように接してくれ、そのことがありがたかったという。しかし、すべての人がそうではなかった。
「誰だって没イチになる可能性があるのに、自分だけはまるで関係ないかのように、『かわいそうに』『さびしいでしょ』と慰められる。相手に悪意はないとわかっても、内心むっとしたり、腹が立ったりしたものです。相手に共感しているような言葉ですが、悲しいふりをしなければならないというプレッシャーを与えられた気になりました」
さらに、小谷さんに対して「死別して間がないのだから、楽しそうにしない方がいい。後ろ指をさされるから」と、ご丁寧に忠告してくる人もいたという。小谷さんは「配偶者と死に別れた人は笑うことも、楽しむことも許されないのか」と驚いた。
遺族会や患者会はあるのに、配偶者を亡くした人だけが集う会は当時なかった。没イチの声がなかなか聞こえないのは「楽しそうにしてはいけない」、「かわいそうにしなければいけない」と、周囲の目を気にしているからなのか。
2015年、小谷さんが講師を務める「立教セカンドステージ大学」(50歳以上のシニア層が対象)で「没イチ会」が誕生した。「実は私も没イチです」という人たちの輪が広がり、現在は11人のメンバーで活動する。
「広げると大変だから、このくらいの人数がいいかもしれませんね。会といっても堅い話をするわけではなく、単なる飲み会です」と笑うが、交わされるのは「再婚したいか」「遺品はいつ整理したか」「配偶者の親族と付き合っているか」など、没イチならではの悩みだ。
その1つ、親族との付き合いは、大きな関心だ。死別の場合、離婚とは違って、姻族(配偶者の親族)との戸籍上のつながりは継続する。その関係を断つ「姻族関係終了届」を提出する人は年々増えており、法務省の「戸籍統計」によれば、2007年に1832件だった届け出が、2016年には4032件にも増加した。
ただ、この数字をもって「配偶者の家族との関係を断ちたい人が増えた」と考えるのは、短絡的かもしれない。小谷さんが研究者となった20年前にはすでに「姑と同じ墓に入りたくありません」「私は夫と結婚したのであって、夫の家族と結婚したわけではないですから」という声は女性の間に根強くあったそうだ。
「核家族化が進んだこと、姻族関係終了届という手続きの認知度が高くなったことで、提出数が増えたのではないでしょうか」
なお、姻族関係終了届を提出しなくても、扶養義務は状況に応じて拒否することもできる。届けを出すだけで、何かが大きく変わるわけではない。むしろ効果は「精神的なもの」だと小谷さんはみている。
「ずっと昔には、夫が亡くなった後も、嫁として舅や姑の介護をしなければいけなかったわけですから、結婚の考え方も大きく変わったのだなと思いますね」
つながりを手放す人もいれば、新たな「ご縁」を求める人もいる。最近では、没イチさんをターゲットにした中高年の結婚紹介サービスも珍しくない。
「男性は再婚したい人が多いですね。お世話して欲しい、寂しいのは嫌といった理由があるのでしょう。逆に、女性はもう再婚はいいという人が多いです」
女性が再婚をしたがらない理由の1つは、経済的な心配がないことだという。遺族年金や生命保険金を受け取ると、再婚によって夫の「お世話」をする生活に戻るよりも、没イチを満喫する女性が多いとのことだ。
没イチの備えとして何が必要か。小谷さんは「男女関係なく、仕事や配偶者以外の世界を持つことが大切です」という。そうした場が、没イチとなった時に支えとなる。居場所作りと並行して、死に対する意識を変える必要もあるだろう。
「終活ブームで、終活そのものは明るいのに、肝心の死についてはオブラードでくるんでしまう。かわいそうと思うこと自体、死に対して偏見があるから。死にゆく人を、哀れみの目でみるのもそうです。でも本来、死は誰にでもおとずれるもの。余命半年の人を哀れんだその日、あなただって交通事故で死ぬかもしれないのですから」
最後に「没イチさんに、どう接すればいいのか」と聞いてみた。小谷さんは言う。
「相手を没イチの先輩だと敬ってみてはどうですか。誰だって没イチになる可能性があるのですから。死にゆく人も、大切な人と死別した人も、『かわいそうな人』ではありません」
【取材協力】
小谷みどり(こたに・みどり)
2018年12月末まで第一生命経済研究所主席研究員。19年1月より「シニア生活文化研究所」(東京・港区)所長。専門は死生学、生活設計論、余暇論。2018年10月、『没イチ パートナーを亡くしてからの生き方』(新潮社)を上梓した。
(弁護士ドットコムニュース)