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山口美央子、35年ぶりとなる4thアルバム『トキサカシマ』 松武秀樹との制作過程を語る

2018年12月27日 12:52  リアルサウンド

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 テクノポップ旋風吹き荒れる80年代に登場し、3枚のアルバムをリリースした”シンセの歌姫”こと山口美央子が、実に35年ぶりとなる通算4枚目のオリジナルアルバム『トキサカシマ』をリリースする。


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 本作は、前作『月姫』の続編ともいえるべき内容。”妖のファンタジー”をコンセプトに、ヨーロッパのデカダンやジャパネスク~オリエンタルを融合した楽曲たちは、相変わらず唯一無二の輝きを放っている。職業作曲家としてコンスタントに活動を続けていたとはいえ、自ら歌うのは1985年にリリースされたベスト・アルバム『ANJU』以来というメロディに、ブランクなど微塵も感じさせないのは驚きだ。むしろ、彼女の得意とする和洋折衷の世界観は、中田ヤスタカや相対性理論、米津玄師といったアーティストの持つオリエンタリズムを通過した耳で聴くと、とても新鮮。松武秀樹(Logic System)と共に作り上げたサウンドスケープは、ヴェイパーウェイヴやフューチャーベースなどに親しむ若い層にもきっと響くことだろう。


 「声」とサンプリング以外、ほとんどシンセで作り上げたという本作。その制作秘話について山口と松武に聞いた。(黒田隆憲)


■今聴いても新たな発見が埋まっていた


ーーそもそも山口さんと松武さんは、どのようにして出会ったのでしょうか。


山口美央子:私は1980年に『夢飛行』というアルバムでデビューしたのですが、その頃にはもう松武さんはシンセサイザーのプログラマーとしてトップの人だったんです。当時の私は”シンセの歌姫”というキャッチフレーズがついていたくらい(笑)、シンセを多用した音楽を作っていたので、それで必然的にお仕事を依頼することが多くて。『夢飛行』、『NIRVANA』、『月姫』と、全てのアルバムに参加してもらっています。特に『月姫』は、サウンドプロデュースの土屋(昌巳)さんと松武さん、そして私の3人で作ったようなアルバムでした。当時はまだみんな若かったですし、その時期からのお付き合いも随分と長いので、もう言いたいことは何でも言える間柄ですね(笑)。


ーー(笑)。松武さんは、当時の山口さんをどう思っていましたか?


松武:デビュー時から一貫して自分のカラーを持っているシンガーソングライターという印象ですね。和の要素やAORのエッセンスを取り入れつつも、ベースにはテクノがあって。他のアーティストとは明らかに色合いが違っていました。


ーーなるほど。山口さんは、デビュー時からそういうサウンドを志向していたのでしょうか。


山口:はい。当時YMOにはとても影響を受けました。KYLYNから辿っていくうちにYMOに行き着いたというか。大学の友人で自宅にスタジオを持っている人がいて、デビューのきっかけになったデモテープは、彼の家でTEACのマルチレコーダーを使って多重録音したものなんです。それをいくつかの音楽出版社に持っていき、その中の1社が気に入ってくれてデビューが決まりました。


ーー『月姫』以降、松武さんとの交友はずっと続いていたのですか?


山口:そうですね。共通の友人も多いですし。松武さん主催のイベントに出席するなど、割とコンスタントに顔を合わせていました。


ーーでは今回、実に35年ぶりとなるニューアルバム『トキサカシマ』を作ることになった経緯を教えてください。


山口:昨年12月に、私の過去3作が松武さんのレーベル<pinewaves>からリイシュー(初CD化)されまして。ファンの方からの反響もとても良かったんです。まだ覚えていてくれた方が大勢いてとても嬉しかったところに、今年に入って松武さんから「新作を作りませんか?」という話を頂いたんです。


松武:あの3枚がCDになっていないこと自体が信じられなかったんですよ。僕のFacebookアカウントにも海外のリスナーから、「MIOKO YAMAGUCHIのCDを購入したいのだけど、どうしたらいいか分からない」という問い合わせがよく来ていたんですね。「いや、CDはないんだ」というと「絶対出してくれ」って(笑)。それで私が原盤会社へ直談判しに行きました。それで(リイシューが)実現することになるのですが、やはり今聴いても良い音楽だし新たな発見が埋まっているんですよね。これはもう、新作を出すしかないと。


山口:『月姫』リリース以降も、私はずっと作家活動をしていたので、人に楽曲提供することには慣れていましたが、自分自身の作品なんてもう何年も作っていないし、そもそもそんな発想がなかったから出来るかどうか不安だったんですよね。でも、松武さんと打ち合わせを重ねていくうち、お互いが好きな音楽……例えばUKのプログレっぽいサウンドに、物語性のある歌詞を付けるのだったら、私自身とても好きな世界観だし、”ファンタジー”をテーマにしたアルバムだったら出来るかもしれないなと。まずは取り掛かりとして曲だけでも書いてみようと思って5月の連休に試してみたら、作っているうちに段々楽しくなってきちゃって(笑)。


ーー”妖のファンタジー”をテーマにした理由は?


山口:昔からファンタジーというか、オカルティックな世界が大好きで、買うのもそんな本ばっかりなんですよ(笑)。神秘思想家のゲオルギイ・グルジエフも好きでした。「見えるものだけが真実ではない」と思っているので、例えばパラレルワールドや波動も本気で信じてますし。『ファイナルファンタジー』的な世界も、この宇宙のどこかにあると思っているので、ちょっとヘンなんですけど(笑)。そういう、目に見えないものを表現する手段として音楽は最適な手段ではないかと。


ーー今作のジャケットも、そういう世界観を象徴しているのかなと。まさに異世界への入口という感じですよね。


山口:そうなんです! これはドイツの通称「ラコツ橋」の写真です。水の上にかかる見事な曲線のアーチは、きっと悪魔の王であるサタン自身が作ったに違いない、として「悪魔の橋」と呼ばれていて。これ、本当にあるんですよ。何かでこの写真を見つけて「これがいい!」と。それに、「女性が部屋に飾りたくなるようなジャケット」というのも裏テーマにありました。そう思って探していた時に、この写真を見つけたんです。例えばジャズのECMや、ヒプノシス(レッド・ツェッペリンのアートワークなどを手がけたデザイン集団)っていつも、「これは何を示唆しているんだろう?」と思うような不思議なアートワークじゃないですか。


ーー確かに。そういえば、山口さんって今は森の近くに住んでいるそうですね。それも今作に影響を与えていますか?


山口:そう思います。私、5つの自然元素でいうと属性が「水」なんですよ。水って流動的なので、土に根を生やし立っている木々の近くにいると落ち着くんです。安定したものを求めているのでしょうね。それと、「精霊の森」という曲でも書きましたが、森というのは異界への入り口ですし、古くからある森は、様々な時代で「何が起きたか?」を全て見てきた神秘的な存在です。ちなみに森といえば、ロシアの戯曲『森は生きている』(サムイル・ヤコヴレヴィチ・マルシャーク)も小さい頃から好きで、そこからもインスパイアされた部分は大きいですね。


ーータイトルにもなっている「トキサカシマ」の意味は?


山口:ひと言でいえば「時を逆行する」という意味です。……私、ゲームでは『クロノ・トリガー』が好きなんですよ。「時の番人」とか、「時を旅する」みたいなキーワードが頭の中にあって、それを上手くひと言で表せないか悩んでいた時、ふと本棚を見たらジョリス=カルル・ユイスマンスの幻想小説『さかしま』(澁澤龍彦訳)が目に入ったんですね。「さかしま」は「逆さま」という意味ですから、そこに「とき」をつけようと思ったんです。


ーー『クロノ・トリガー』が出てきたのは驚きましたが(笑)、なるほど、そんな風につながっていたのですね。楽曲はいつくらいに揃ったのですか?


山口:さっきもお話したように、楽曲は5月くらいから作り始めて、8月にはほぼ出そろっていました。これまで作曲家として人に楽曲を提供する時には、アレンジャーの邪魔にならないように、簡易的なデモテープしか作っていなかったんですが、今回は松武さんに、「自分のやりたい世界なんだからアレンジも自分でしたら?」と言われて。


松武:そこは強く言いましたね。「サウンドメイキングは僕が全部助けるから」と。なので、全体のコンセプトと、最終的なブラッシュアップに関しては僕も色々言いましたが、曲作りやアレンジについては一切口を出しませんでした。特に歌詞に関してはほとんど彼女が1人でやっていますね。


山口:プロセスとしては、9月から1曲ずつ1週間~10日と決めてアレンジを詰めました。それを松武さんにデータで送ってチェックしてもらいつつ、サウンドのブラッシュアップをお願いしました。ただ、「これは外せない」というシンセの音や、エフェクトに関しては事前に松武さんに釘を刺しました。特にディレイに関しては結構こだわりがあって、松武さんに勝手に変えられないようデータをバウンスして渡しましたね。「このディレイを外されたら私、絶対に許さない!」と思ったので(笑)。


松武:(笑)。それでいいんですよ。彼女のこだわりに関して、僕がとやかく言うことではないし。ただ、トラックダウンは流石にやりづらかったですね、バウンスされたデータではディレイの微調整とかできなくて(笑)。


ーーアレンジは苦労しましたか?


山口:最初は大変でした。データのやり取りをメールでしながら曲を作っていくという作業自体、初めての経験でしたし。


松武:DAWは日進月歩ですからね。もともと彼女が使っていたのはCubaseのかなり古いバージョンだったので、まずはそれを最新版にアップデートしてもらいました。そこからは、あっという間にやり方を覚えてくれて。理解するのがものすごく早いんですよ。きっと負けず嫌いなんでしょうね、「人に教えてもらうくらいなら自分で調べる」みたいな感じかな(笑)。思いついたらとりあえずやってみるっていう姿勢もいいなと思いました。音楽制作ってそういうものですしね。ともかく、予想以上にスピーディーに作業が進みました。


山口:Cubaseの基本操作は分かっていましたからね(笑)。使ってみたら、内蔵のソフトシンセにすごく良い音が多くて、今回のアルバムでも多用しています。アナログシンセと違って配線に悩まされることもないじゃないですか。女性なので、部屋がシールドだらけになって汚くなるのも嫌だったんですよ、前は(笑)。そういう煩わしさもなくなってすごく快適でした。


ーー今回のアルバムで、メインで使っているシンセサイザーは?


松武:アナログでいえば、やはりMoogとProphet-5がメインでしたね。あと、彼女が自分で気に入っている音色。Cubaseの中に入っているFM系のきらびやかなシンセ音が好きなんですよ。ちょっとでも変えると、「変えたでしょ」って言われる。バレちゃうんです。音作りやミックスダウンに関しては、Logic Systemの相棒である入江純のスタジオで、彼と一緒に詰めていきました。


山口:(笑)。でも松武さんの凄いところは、ミックスダウンで更に分かったんですけど、私が気に入っていれたストリングスに、別の音色を少し足すことで音を引き締めてくれたり、グッと前に出してくれたり、そういう幾つかのパターンを用意してくれて、実際に聴き比べをさせてくれたんですよ。混ぜる音色の比率なども、その場で調整させてくれたし。それはとても嬉しかったです。


■イメージ通りのSEを探すのが大変だった


ーー今回、楽曲のイメージを松武さんに伝えるため、絵コンテを描いて送ったとか。


山口:映像を送ったこともあります。「トキサカシマ」では、『ゲーム・オブ・スローンズ』(ジョージ・R・R・マーティン著のファンタジー小説シリーズ『氷と炎の歌』を原作としたHBOのテレビドラマシリーズ)の1分30秒のところを観てもらって、「この映像の感じを音にして欲しい」って(笑)。他にも、「峡谷を通って靄の立ち込める湖にたどり着き、靄が晴れると幻の湖が目の前に広がる感じ」という風に、ストーリーを全て絵コンテで説明しました。


 「恋はからげし夏の宵 / Ton-Ten-Syan」という曲は、井原西鶴の「八百屋お七」の物語がベースになっているのですが、そのあらすじを全部書いて送りました。「ここでヤグラに登って半鐘を鳴らしたい」とか「ここで岡引きが笛を鳴らして」とか。本当は花火も鳴らしたかったけど、それはちょっと大袈裟すぎるのでやめました(笑)。


ーーイメージ通りのSEを探すのも大変だったそうですね。


山口:そうなんです。「恋はからげし夏の宵 / Ton-Ten-Syan」の鐘一つにしても、火の見櫓の鐘ってあまりないし、しかもやかましくなく音楽の中に違和感なく溶け込ませるのも大変で……。岡引きの笛の音も、なかなか見つからなかったですね。あと、「エルフの輪」で妖精の声を入れたかったんですけど、これも苦労しましたね。「妖精の笑い声を作って欲しい」という私の無茶なリクエストに、松武さんが真摯に対応してくれて。たくさんパターンを考えてくれたのですが、「なんかイメージが違う」となって(笑)。そこから「妖精の声ってなんだろう?」という話にもなりましたね。


松武:存在していない音だからね、「宇宙の音」と同じくらいあり得ない。ほら、宇宙なんて無音なのにシンセでスペーシーなサウンドってあるじゃないですか(笑)。「妖精の声」もそれと同じ。色々考えたけど、どれもピンとこなくて。最終的に山口さんに何か喋ってもらい、ピッチを変化させた後にディレイをかけているのが完成形ですね。


山口:言葉ではなかなか通じにくいんですよね。この曲の最後の「鍵の音」も、見解の違いが色々あった。松武さんは最初、ドアの「ガチャ」っていう鍵音を作ってくれたんですが、私の考えている音は、円形の扉が閉じる音だったんですよ。


松武:閉じ込められる恐怖感みたいな。


山口:そう、『サスペリア』みたいな怖い。それも試してみたんですけど、そしたら恐ろし過ぎちゃって。


ーーはははは!


山口:手錠をロックする音も試してみたけど、それも違う。納得する音を見つけるまで大変でした。見解の相違は結構、他にもありましたよね。「水の音」にしても、私はパシャっていう水面を弾く音をイメージしたんだけど、松武さんは水滴が落ちる音をイメージしていたり。


松武:これ、バッチリじゃん!って思ったら「違う」って言われました(笑)。水の音一つにしても、こんなに見解が違ってくるものだなと。初心に帰った気持ちでしたね。結局これは本人が洗面器に水を張り、その表面を叩いた音をサンプリングしました。


ーー音作りの際、絵コンテを持ち込むアーティストって山口さん以外にいました?


松武:絵コンテというのはあまりないですけど、大滝詠一さんも絵を描いて「こんな感じだ」って言う人でした。YMOもあったかな。その方が音作りもしやすい。中には「トタン屋根に硫酸を落としてジュージュー溶ける音を作って欲しい」ということを言う人もいましたけどね。誰だったかは内緒です(笑)。


ーー(笑)。以前から山口さんのアルバムには和の要素がミックスされていて。今作でも「恋はからげし夏の宵 / Ton-Ten-Syan」が、とてもいいコントラストになっていますよね。


山口:和のテイストは、「お祭り」(『夢飛行』)や「さても天晴、夢桜」(『月姫』)でもやっていて、ファンの方にも好評だったんですね。なので今回は、もう1曲和にチャレンジしてみようと思い作りました。「ジャパネスク三部作」ですね(笑)。もともと「八百屋お七」は好きな物語で、情景も作りやすかった。三味線の音も、松武さんがいい感じにブラッシュアップしてくれて嬉しかったです。


 メロディに関しては、今回は「ヨナ抜き音階」を使ってみました。以前はあまり使いたくなかったんですよ。日本だと演歌みたいになってしまうので。80年代はそこを避けていたんですけど、今回はちょっと使ってみてもいいかなと。あまり演歌っぽくならない自信はありました。


ーーボーカルレコーディングもスムーズに出来ました?


山口:歌うのは本当に久しぶりだったのですが、意外と歌えましたね。特に練習もしなかったんですけど、それが良かったのかも。きっとうまい人は、レベルを保つためにも日々歌い込んでいるんでしょうけど。私のボーカルスタイルは、そんな感じではないし。こういう声質だからこそ出来たともいえますね。


松武:楽曲はもちろん、歌声も全く変わってなくてびっくりしました。望んでいた通り。アレンジを本人に任せたのがいい方に転んだ気がしますね。まあ、本人は大変だっただろうけど。


ーー作り終えてみて、今はどんな心境ですか?


山口:とっても満足しています。自分の好きな世界を思う存分描き切ったので。特にアレンジと歌詞は持てる力の全てを注ぎ込んだので、やりきった感はすごくあります。


今回は全て自分の責任で入れた音。「絶対に失敗したくない」と細部にわたり考え抜きました。それに加えて、信頼している松武さんはじめ、スタッフの人たちの助言やブラッシュアップのおかげでより良いものになったと思います。本当に感謝しているし幸せです。120パーセント好きなアルバムですね。


ーー今後、作っていく予定は?


松武:どうですか?


山口:はい。やっぱり作ることは好きなので、それが形になって世に出るかは別として、「自分の作品」は作り続けたいですね。ゴッホみたいに永遠に描き続ける、という。出来たら少しずつライブ的なこともやっていきたいですしね。


松武:最後の曲が「精霊の森 Prologue」になっているじゃないですか。エピローグではなくプロローグなんです。つまり、ここからまた何かが始まるということ。「精霊の森」の次は、何処へいくのか……。山口美央子の今後の展開に期待して欲しいですね。(黒田隆憲)