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【ペドロサ独占インタビュー】MotoGP引退を決めた理由「自分でも気づかないうちに心のなかで決断していた」

2018年12月26日 16:41  AUTOSPORT web

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ペドロサがMotoGP引退を決めたとき。「これが最後のHRC契約になると思っていた」/特別インタビュー
2018年第19戦バレンシアGP、ダニ・ペドロサはMotoGP最後のレースを終えた。雨のバレンシアGPを終えたあとの心境、そしてペドロサがこの世界から身を引くことを決めたときと、そのきっかけについて迫る。2年前、ペドロサはすでに引退を意識し始めていた。

 12月上旬、ペドロサはツインリンクもてぎで開催されたオフシーズンのファンイベント、ホンダ・レーシング・サンクスデー2018に参加するために来日。インタビューはそのイベント前日に行われた。

■最後のレース、雨のバレンシアGP
 ペドロサにとって現役最後のレースは簡単なものではなかった。むしろかなり厳しいレースだったと言えるだろう。強い雨によるコースコンディションの悪化で、決勝レースは一時中断。再開後もフルウエットの路面に、足をすくわれるライダーは多かった。

「最終戦はかなり複雑な状況だったよ」。ペドロサはそうバレンシアGPを振り返る。

 バレンシアGPは2017年、ペドロサが優勝を果たした場所。ファンも有終の美を飾るペドロサの姿を期待していただろうし、ペドロサ本人も同じ思いだったはずだ。

「(バレンシアGPは僕にとって)最後の戦いだったから、最高の結果を出したいと思っていた。デザートも最後の一口は美味しく味わいたいと思うだろう?」

 しかし、ペドロサの“デザート”は甘いものではなかった。バレンシアサーキットを走りながら、これが最後のレースだと思い巡らせるどころではなかったのだ。

「あのレースは、少しでも気を抜けばコースアウトするような状況だった。最終戦をほろ苦い思い出にはしたくなかったから、とにかくコースアウトしないようにマネージメントしながら、全力を尽くしたよ」

「少しは感傷的になったけれど、それよりも本当に強い雨が降っていたから動揺する気持ちのほうが強かったんだ」

 ペドロサは最後のレースを5位でチェッカーを受け、レプソル・ホンダ・チームのピットに帰ってきた。ペドロサはバレンシアGPを走りきったあとの心情を、こう表現している。

「感情的になったよ。多くの友人や家族、チームスタッフ、メカニック、これまでの18年間で関係を築いてきた人々、なによりファンがいたからね。スタート前から感傷的になったし特別な1戦になったんだ」

 ただ、自身がMotoGPを退いたのだという意味での感傷的な感覚は、まだない。

「引退したことを実感するのは、もう少し先かな。まだ“その時”は来ていないよ」

■ペドロサが引退を決断したとき
 HRCがペドロサとの契約を2018年シーズン限りで終了すると発表したのは、シーズン半ばの6月だった。そして7月の第9戦ドイツGP前に、ペドロサは引退を発表する。そのひと月の間には、ペドロサがヤマハのサテライトチームに移籍するのではという話も流れた。しかしペドロサが最終的に下した決断は、レースの第一線から退くことだった。

「2年前にHRCと契約をしたときから、これが最後の契約になるだろうと思っていた。レースを続ける選択肢もあったから、心境が変わるかもしれないとも思った。だけど、最終的には自分でも気づかないうちに、心のなかで引退を決断していた感じがするんだ」

 2015年、ペドロサの引退がささやかれた時期があった。開幕戦カタールGP後に、右腕の腕上がり手術を受けたときだ。シーズン中、しかも開幕戦直後の手術に、ペドロサが抱える症状の深刻さがうかがえた。

 そのときから引退を意識していたのか、そう質問するとペドロサは「(2015年のことは)今回とは違う」と言った。

「確かにあのときは序盤からああいった状況に追い込まれた。厳しい状況だったよ。引退という文字が頭をよぎった。でも、それは心理的にというよりも、肉体的にレースを続けられないかもしれないと思ったからだ」

 アスリートが現役を退くとき、その理由にはさまざまなものがあるだろう。ケガはもちろんのこと、チームから解雇されるなど自分ではどうしようもない外的要因で、終焉を自身で選べないことだってある。

 ペドロサの回答は、精神的な面が「MotoGPライダー人生に幕を引くときだ」と決断させたということを物語っていた。少なくとも、ペドロサの言葉からは「こうなることが自然だ」という風に心が動いていったのだと思われた。

■現役引退で“ダニ”から“ダニエル”へ戻る……?
 ペドロサは2019年から2年間、KTMのテストライダーを務めることが発表されているが、MotoGPへの代役参戦やワイルドカード参戦する可能性はないときっぱり言う。

「まったくそのつもりはないよ。ただ、楽しみたいだけなんだ」

 それは、MotoGPでレースをすることに、気持ちの整理がついていると言っているようにも聞こえた。


 160cmという小柄な体格で、モンスターマシンとも称されるMotoGPマシンを操ってきたペドロサ。小柄だからこその苦労もあっただろうことは、想像に難くない。体格についての話になると、ペドロサは左手首を見せながら話し出した。

「みんなも知っていると思うけれど、たとえば僕は腕も細いほうで、(体格的に恵まれているライバルと比べて)ケガをしやすいことが多かった。これは精神的に受け入れるのが大変だったね」

「高速サーキットではマシンをすばやく左右に振ったりコントロールする必要があるわけだけど、その点でも苦労を強いられた。オーバーテイクや集団でバトルするときは、本当に大変だった。ただでさえ、大変な仕事をこなしているなかで走っているんだからね。それからタイヤの温度管理も難しかった。特に寒いコンディションでは、グリップを引き出すのが大変だったんだ」

 本人が語るように、ペドロサはケガが多かった。ケガでチャンピオン争いからの離脱を余儀なくされたシーズンもある。2018年シーズンも、第2戦アルゼンチンGPでの転倒により右手首を骨折して手術を受けている。

 それでもペドロサはロードレース世界選手権に参戦してから18年、MotoGPクラスでは13年間にわたりトップライダーとして活躍し続けた。MotoGPクラスではランキング2位を3度、獲得している。そのモチベーションはどこにあったのだろう。

「僕は自分の夢を追いかけ続けてきたんだ。達成できなかったこと、失敗したこと、悪いことに捕らわれてしまいがちだけれど、僕はとにかく自分の夢を追いかけ続けてきた。壁が高いと感じても、その先につかみたいものがある、と乗り越えてきたんだ。その繰り返しが18年間になったんだと思う」

『自分の夢』、それはMotoGPクラスのチャンピオンだったのだろう。その頂を目指して、ペドロサはひたすらに歩んできたのだ。そのキャラクターは決して派手ではないが、そんな姿がファンを惹きつける魅力のひとつでもあった。

 最後に、「ペドロサ選手は引退して、ダニエルに戻るのですか?」と聞くと、ペドロサは破顔して笑い声を上げた。ペドロサの本名はダニエル・ペドロサ。MotoGPでは登録名として“ダニ”・ペドロサを称していた。

「どうかな」とペドロサは笑う。

「友達も僕のことを“ダニ”って呼ぶんだ。短くて呼びやすいからね。僕のことをダニエルとフルネームで呼ぶのは……そうだな……誰もいないね(笑)。個人的にはダニエルという名前は好きなんだけど、誰も呼ばないから、このままなんじゃないかな」

 ダニ・ペドロサのMotoGPストーリーは2018年にエンドマークを迎えた。ロードレース世界選手権で通算54勝、通算表彰台獲得数は153回。MotoGPクラスではランキング2位を3度獲得した。その活躍が讃えられ、2018年のバレンシアGP前では史上29人目のMotoGP殿堂入りを果たしている。その記録とともにペドロサが残した鮮やかな活躍は、いつまでも見た者の脳裏に焼き付いていることだろう。