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渡辺志保が選ぶ、2018年HIPHOP年間ベスト10 米国のポップミュージックシーンを制した年に

2018年12月24日 10:02  リアルサウンド

リアルサウンド

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・カーディ・B『Invasion of Privacy』
・City Girls『G I R L C O D E』
・ドレイク『Scorpion』
・J・コール『KOD』
・ジェイ・ロック『Redemption』
・Lil Baby & Gunna『Drip Harder』
・ミーク・ミル『Championships』
・ポスト・マローン『Beerbongs & Bentleys』
・プシャ・T『Daytona』
・トラヴィス・スコット『Astroworld』


(アルバム10枚は順不同。筆者が個人的に好んで聴いた10枚を列記した)


 今や、全米で最も聴かれている音楽ジャンルとなったヒップホップ。2018年もそのドミネーションっぷりは前年を凌駕するほどであり、もはや米国のポップ音楽シーンはヒップホップが制するほどであった。ドレイクは「God’s Plan」「Nice For What」、「In My Feelings」と立て続けにナンバー1シングルをチャートへ送り込み、アルバム『Scorpion』は発売されたその日にプラチナム・ディスクに認定され、Apple MusicやSpotifyといったストリーミングサービスにおける1日の再生回数記録をも塗り替えた。もはやジャンルを越えてポップアイコンとして親しまれるようになったドレイクだが、彼のスタイルをさらにアップデートさせ、同じように成功したアルバムがポスト・マローン『Beerbongs & Bentleys』だろう。リル・ピープやXXXテンタシオンらが提示してきたエモラップに、自身の出自も活かした(彼はもともとロック好きで、バンドを組みギターを弾いていた)ロックの要素も盛り込み、両ジャンルをエクストリームな方法で融合させてブレイクを果たした。そういった意味では、エイサップ・ロッキーが発表した『Testing』も、プログレやインダストリアルロックなどのテイストを織り込んだ、文字どおり実験的な仕上がりであった。


(関連:コダック・ブラック、ミーク・ミル、6ix9ine…モラルとクリエイティビティに挟まれるラッパーたち


 そして、2018年はフィメールMCの活躍もとても目ざましかった。なんといっても、カーディ・Bの活躍だ。デビュー・アルバム『Invension Of Privacy』はダブル・プラチナムに輝き、「Bodak Yellow」と「I Like It feat. J Balvin & Bad Bunny」がそれぞれビルボードチャートで首位を獲得したことなど、カーディはいくつもの「女性ラッパー初の」という冠がついたトロフィーを勝ち取ることとなった。Migosのメンバーであるオフセットとの結婚と別離、長女カルチャーちゃんの誕生など、私生活における変化とキャリアの成功にまつわる姿を、これまでと変わらずありのままにインスタグラムにぶつけてきた。他に、ドレイクからの急なフックアップでも名を挙げたCity Girlsやティエラ・ワック、エイジアン・ドール、ノーネーム、リコ・ナスティー、そしてカップケイクにレイケリー・47といった個性豊かな若い女性ラッパーの輝かしいアルバム作品が豊富にリリースされた。今やカーディの天敵といった存在になってしまったニッキー・ミナージュも『Queen』を引っさげてシーンを騒がせた。


 2018年は、カニエ・ウェストが自身がプロデュースする7曲入りのアルバムを立て続けに発表し、また、彼自身も幾度となくトランプ大統領への支持を表明。最終的には「政治的な発言はもうしない」というところに落ち着いたという、めまぐるしいトピックも見られた。自らの不安定さを“作品”にして見せた『ye』は賛否が分かれるところだが、キッド・カディと共に作り上げた『Kids See Ghosts』は二人のクリエイティビティが高次元で絡み合った佳作であった。また、そのプロデュース作において最も研ぎ澄まされた仕上がりだったのが、プシャ・T『Daytona』だ。ドレイクとのビーフも話題になったプシャだったが、MCとしての切れ味は随一で、錆びぬことないスキルを十分に見せつけたのだった。全7曲というタイトな構成が惜しい気もするが、逆に潔く7曲で終わるくらいのボリュームの方が、リスナーの飢餓感を煽るという意味ではいいのかもしれない。


 そんなこともあり、ヒップホップアーティストにとっての”アルバム”とは一体なんだろうか、と考えさせられた一年でもあった。ストリーミングサービスで瞬時に楽曲が配信される昨今、ヒップホップアーティストたちはさらにシングルないしはEP単位での楽曲発表に重きを置いている。そんな中、コンセプトや収録楽曲にこだわり抜いた、アーティストの美学や理想が反映された厚みのあるアルバム作品により惹かれた年だった。トラヴィス・スコット『Astroworld』、ジェイ・ロック『Redemption』は、まさにそんな作品である。他、ニプシー・ハッスルやフレディ・ギブス、ブラック(6lack)らのアルバムも、彼らの個性が上手く落とし込まれたアルバム作品だった。個人的にはやはりアルバムというアートフォームにこそ、アーティストのスキルや魅力、底力が宿ると思っているので、来年もこうした作品に期待したい。


 また、ここ1、2年間での潮流の一つとして、世代間の軋轢ーーというのは大げさだが、年長者が若輩ラッパーに対して苦言を呈するシーンも(これまで以上に)増えてきた向きがある。今年、顕著だったのはエミネム『Kamikaze』のようなアルバムだろうが、筆者としてはJ.コール『KOD』が、世間に対しての問題定義も含め、その点において最もスマートに美しいアルバムとして昇華したように思う。リル・パンプを自分のスタジオに招いてみっちりとインタビューした”アフターケア”も含めて完璧だったのではないだろうか。


 ヒップホップの醍醐味の一つでもある、フレッシュな若いラッパーたちのアルバム作品が相次いだのも、今年の特筆すべき点の一つ。大躍進を遂げたルーキーの一人は、間違いなくアトランタ出身のリル・ベイビーだろう。Migosらと同じレーベル、<Quality Control>に所属し、シングル「Yes Indeed」のヒット、『Harder Than Ever』、『Street Gossip』と二枚のアルバムを放ち、同じアトランタの新鋭ラッパー、ガンナとともにコラボアルバム『Drip Harder』を発表した。マネーバッグ・YOやヤングボーイ・ネヴァー・ブローク・アゲイン、キー・グロックといったサウスの若手勢のアルバム作品も相次ぎ、楽しい一年であった。サウスといえば、ヒューストンでもバン・Bやリル・キキ、ポール・ウォールといったローカルシーンを盛り上げてきたベテランたちのアルバム作品が量産されたのも、非常に印象的だ。今やメンフィスを代表する存在となったヤング・ドルフ『Role Model』も重厚かつストリート臭さが漂う名作だった。


 ラップ・ミュージックは社会を映す鏡でもあるが、今年、筆者がその点において特に心を動かされたのが、ミーク・ミル『Championships』である。これまで、地元であるフィラデルフィアのフッドを背負うギャングスタラッパーとして名を馳せてきたミークであるが、今や、刑務所をめぐる環境における改革や、人種的マイノリティをめぐる行政・司法のあり方を問う、アイコニックな存在となった。また、昨年末から今年は、より若いアーティストを取り巻くメンタル面の問題、そして、それにまつわる薬物濫用にどう向き合っていくかといったトピックも取りざたされるようになった。過激でエッジーな部分だけに目を向けるのではなく、彼らが置かれた環境や、彼らのアーティスト性をどう尊重していくかということについても考えなければいけない局面に差し掛かっていると思う。マック・ミラー『Swimming』やXXXテンタシオン『?』といった作品から我々が学ぶことはたくさんあるように思う。


 2019年も、多種多様で濃厚なヒップホップ作品との出会いが多くあることを祈る。来年のシーンも、今から楽しみでしょうがない。(渡辺志保)