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ホンダF1副TD本橋の2018年総括(3):PU運用面で大きく成長し、深い絆で結ばれたトロロッソ・ホンダに欠けていたもの

2018年12月10日 15:31  AUTOSPORT web

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2018年F1第21戦アブダビGP トロロッソ・ホンダの集合写真
トロロッソ・ホンダの初年度となった2018シーズンを、ホンダF1の副テクニカルディレクターを務める本橋正充が振り返る連載企画の最終回。本橋は、トロロッソとはお互いに敬意を持って良い関係を築いて仕事ができたと語りつつも、チームが優勝するためには「まだ何かが欠けている」と指摘した。

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 復帰後4年目のシーズンとなった2018年、ホンダは2度パワーユニット(PU)をアップデートした。最初は6月の第7戦カナダGPに投入された『スペック2』で、もう1回が9月の第16戦ロシアGPに登場した『スペック3』だ。それぞれPUの特徴とその使い方に関して、本橋は次のように解説した。

「まずアップデートする前のスペック1について説明すると、これはコンサバ(保守的)な仕様になっていました。その理由は、昨年まではかなりの頻度でPUに不具合が発生したために、PU交換によるペナルティが科せられていました」

「コンマ数秒を競う戦いをしている中で、グリッド降格ペナルティを受けるというのは、現場で仕事しているスタッフにとっては非常にインパクトが大きいのです」

「また開発側にとっても、トラブルに対処することで開発のスピードが落ちたり、対処している間はなかなか次のアップデートに踏み切れないという別の意味でマイナス面が出てきます」

「さらにトロロッソとは2018年シーズンから組んだので、トロロッソの車体にホンダのパワーユニットを搭載したマシンをできるだけ多く走らせて学ばないといけないことがたくさんありました」

「そのためには多少パフォーマンスに目をつぶっても、信頼性が高いほうがいいということで、コンサバな仕様をプレシーズンテストに持ち込み、開幕戦もほぼ同じ仕様で臨みました」

■「スペック2以降は、パワーユニットの状況を理解しながら使用しなければならなかった」


 プレシーズンテストで、トロロッソ・ホンダはメルセデス、フェラーリに次ぐ10チーム中、3番目の走行距離を稼ぎ、マシンを熟成させることに成功。開幕戦ではピエール・ガスリーのパワーユニットにMGU-H(熱エネルギー回生システム)のトラブルが発生したものの、それ以外は深刻なトラブルを引き起こすことはなかった。そして、第7戦カナダGPにスペック2を投入した。

「スペック1がきちんと走ってくれたので、スペック2はパワーに振った仕様になっていました。といっても現在のF1は燃料の流入量が決まっているので、燃焼効率が高くなった仕様となっています」

 このスペック2は9月の第15戦シンガポールGPまで使用された。ただし、本橋副TDは同じスペック2でも、レースによって異なる使い方をしていたという。

「スペック2からは、現場でパワーユニットの状況をきちんと把握しながら使っていました。というのも新しいPUというのは、それまで使用していたPUとは異なる特性を持っているからです」

「もちろん、その特性はベンチによるテストでも把握しているのですが、実際に車体に搭載して実走しないとわからない部分があります。その特性をきちんと理解していないと、本来持っている性能も引き出せなければ、信頼面での問題に発展しかねない。したがって、現場でどういう振る舞いをするのかを、きちんと把握しながら使っていました」

「つまり、最初はそんなに攻めた使い方をしていなかった。特性を理解しながら徐々に攻めていき、夏休み前(ハンガリーGP)くらいになって、ようやく持っているパフォーマンスをきちんと使い切るようになったと思います」

 ハンガリーGPでは今年初めて2台そろってQ2に進出したトロロッソ・ホンダ。その理由は、総括(2)でコミュニケーションが改善されたからだと本橋副TDは語っていたが、ハード面でもホンダがスペック2をかなり攻めた使い方ができるようになっていたわけだ。


 そして、9月末のロシアGPのフリー走行にスペック3が登場。しかし、そのスペック3でホンダはオシレーション(共振)に悩まされた。

「エンジンがどのようにトルクを出すかによって、ギヤボックスなどの駆動系への振動が変わってしまうんです。もし、エンジンの燃焼が少しでも不安定な部分があるとトルクも安定しないで別の振動を発生させてしまう。そうなると、今度はそれがきっかけになって、別の振動を生み出す。その辺の詰めが、スペック3を使うにあたってはちょっと甘かったと反省してます」

 この問題への対応には少し時間を要したものの、メキシコGP以降は再発させてなかった。つまりスペック3の構造的な問題ではなく、スペック3の特性に合った使い方に課題があったと言っていい。この問題の対処については、「オシレーションの改善は、基本的にすべてデータ設定で対処しました」と明かしてくれた。

■大きな成長を遂げたホンダとトロロッソのスタッフへ「もっとわがままを」


 スペック1でスタートし、スペック2でジャンプアップし、スペック3とともにシーズンを終えた4年目のホンダ。しかし、進化したのはパワーユニットというハードウェアだけではない。ホンダのスタッフも、これら3つのスペックとともに、大きく成長した。

 その最前線に立っていたのが、ガスリー担当の湊谷圭祐パフォーマンスエンジニアとブレンドン・ハートレー担当のクリスファー・ライトだ。2人は2017年までシステムエンジニアを経験し、今年からPUパフォーマンスエンジニアに昇格した。


「2人のPUパフォーマンスエンジニアは、センスを含めたレースに対する運用面が、この1年間でだいぶ磨かれました。本当に賢いです」

「ただ、成長したのは2人だけではありません。2人が、何が最適なのか、秒単位で的確に出す指示に対して、トロロッソ側のエンジニアもそれをきちんと理解して行動し、いい関係を築いていました。今年から始まったチームですけど、お互いがお互いをきちんと認め、リスペクトしあい、深い絆を結びながら仕事ができました」

 そのうえで、本橋副TDは、あえてこんな注文を出した。

「リスペクトする気持ちは保ちつつ、ホンダのスタッフにも、トロロッソのスタッフには、もう少しわがままを言ってもらいたいですね。だって、私たちはここに勝つために来ている。でも、まだ勝てていない。ということは何かが足りない。だったら、勝つにはどうすればいいのかを、ホンダだけじゃなく、トロロッソ側も含めてひとりひとりのエンジニアの意見、アイデアを出してほしい。私たち(マネージメント)がそれを受け止め、できるだけ早く開発にフィードバックしていくことが大切なんです。これはもう、勝つまで終わりのない目標です」

 21戦という2018年の現場での戦いは終わった。だが2019年に向けたファクトリーでの戦いは、すでに始まっている。