2018年12月09日 10:52 弁護士ドットコム
大人になって知った、野球の新しい楽しみ方。球場で飲むお酒(特にビール)のことだ。試合中は、最大10kg以上もするサーバーを背負い、何人もの売り子が声を張り上げている。売り子次第で、売上は大きく変わるのだという。
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現代ビジネス(11月20日付)に、ジャーナリスト・岩垣良子さんによる、元売り子へのインタビュー記事が掲載されていた。相手は、年間2万4000杯の販売記録を持つ、ほのかさん。現在はモデル・タレントとして活躍している。
記事によると、売り子は本人の個性や体力などで、担当エリアが振り分けられる。ほのかさんの持ち場は、1塁側のシーズンシート。常連客が多いため、まずは名前と特徴を覚えていった。
そのほか、髪型をポニーテールにする、ビールを注ぐ際につく片方の膝にサポーターをまく、などの工夫で知名度とファンを獲得していったそうだ。
一方、本人のコメントに気になる記述もあった。アルバイト代は基本給2600円プラス売上に応じた歩合給とのことだが、「カップの数とお金がズレていると、カップ1個700円がバイト代から引かれてしまう」そうだ。
球場のお酒は現金払い。売上金とカップの数を照らし合わせ、不正を防ごうとするのは理解できる。しかし、ほのかさんによると、風でお金やカップが飛ぶこともあるという。自動的にバイト代から引いても良いのだろうか。
労働問題にくわしい太田伸二弁護士は、「この話を前提とすると、『全額払いの原則』(労働基準法24条)に違反する可能性があると考えます」。
「本部側としては『売上よりも多くカップが減っていることから、その分、売上を盗んだり、知人にタダでビールを渡したりしている可能性がある』として、損害賠償の意味でアルバイト代からビール代相当を引いているのだと思われます。
しかし、仮に損害賠償請求権が成り立つのだとしても、『全額払いの原則』があるため、損害賠償分を差し引いてアルバイト代を支給することは許されません。賃金は生活の基盤なので、労働者が確実に受領できるようにしなくてはならないのです」(太田弁護士)
ただし、減額が「損害賠償」でなければ、問題なしと解釈する余地もあるという。
「ビールの売り子は歩合制のようです。ビールのカップを無くしたことをマイナス評価して歩合給の額を決めるという方法もあり得ます。
しかし、その場合は過去3カ月の間に支給されたアルバイト代の平均賃金の60%は保証しなければならないという制約を受けます(労基法27条)」
さて、バイト代の減額が「損害賠償」の意味だったとする。賃金全額をアルバイトに渡したあと、不正の証拠もないのに、本部がカップ分の返金を求めるのは可能なのか。
「人を雇って事業を営んでいる以上、その人が一定程度ミスをすることは折り込んでおかなければなりません。労働者の軽微な不注意による損害については、損害賠償請求が認められないとされています。
一方、重大な過失や故意であれば、損害賠償が認められます。言い換えれば、『売上を盗んだ』とか『タダでビールを渡した』ような場合でなければ、ビールの売り子に『アルバイト代を返せ』とは言えません。
ビールの売り子がカップを無くすことは、よほど大量でもない限り、軽微な不注意によるものと言えるでしょう。本部側がカップを無くした売り子に対して損害賠償請求をしても認められないと考えます」
ちなみに、こうした理由で返金させられたアルバイト代は、取り戻せるかもしれない。
「本件に限らず、アルバイト代から損害賠償分を差し引くことは労基法違反の可能性があります。時効は2年ですから、辞めてしまっていても諦めず、労働基準監督署や労働問題に取り組む弁護士に相談していただきたいと思います」
(弁護士ドットコムニュース)