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ゆず、「マボロシ」に感じた未体験の衝撃 新機軸打ち出した楽曲の世界観を探る

2018年11月30日 18:02  リアルサウンド

リアルサウンド

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 最新アルバム『BIG YELL』を引っ提げた全国アリーナツアーで約33万人を動員。さらに2018人の“新メンバー”と一緒に歌ったMVも話題を集めた応援ソング「うたエール」(日本生命CMソング)、音楽をはじめた頃の若き時代をプレイバックするフォーキーなナンバー「公園通り」(伊藤園「お~いお茶」CMソング)、爽快でカラフルなポップチューン「マスカット」(TVアニメ『クレヨンしんちゃん』主題歌)とバリエーション豊かな楽曲を生み出してきたゆずが11月16日、配信シングル「マボロシ」をリリースした。岡田将生主演ドラマ『昭和元禄落語心中』(NHK総合)の主題歌としても話題を集めているこの曲は、心の裏側に潜む暗い部分、決して分かち合えることができない感情を描いたミディアムバラード。“これまでのゆずを手放した”というキャッチコピーが示す通り、これまでの彼らのパブリックイメージとは大きくかけ離れた楽曲となっている。


(関連:ゆず、歌う楽しさ伝えるエンターテイナーへ クレヨンしんちゃん主題歌「マスカット」などから考察


 作詞・作曲を手がけた北川悠仁は「マボロシ」の制作に際し、生と死、美しさと残酷さなど相反する感情を描いた『昭和元禄落語心中』の世界観を汲み取りつつ、「今までゆずが表題曲の中で表現してきたポップさだったり、前向きさだったりを手放し、新たな自分たちの表現を目指」したという。この曲の主人公は、愛して憎んだ“あなた”の幻影を追うように、暗闇のなかを一人で歩いている“わたし”。具体的なことは説明されず、失ってしまった愛に対する哀切な感情、どこか薄暗く、現実離れした世界だけが濃密に表現されている。北川自身が「試行錯誤の末、“マボロシ”というテーマが浮かび、このキーワードと物語に背中を押され、今までのゆずにはない、切なく幻想的な楽曲に仕上がりました」と語っている通り、彼らの音楽に親しんできたファンにとっても未体験の衝撃を感じられる楽曲と言えるだろう。


 アレンジを担当しているのは、安室奈美恵、BTS、EXILE THE SECOND、三浦大知、SKY-HIなど数多くの楽曲を手がけてきたSUNNY BOY。ダークなアンビンエント感のあるシンセ、さらにストリングス、ピアノなどの響きを活かしつつ、力強いビートとともにドラマティックなサビのメロディに導くアレンジは「マボロシ」のコンセプトをしっかりと増幅させると同時に、ゆずの新たな表情を引き出すことに成功している。ヒップホップ、R&B、エレクトのトレンドをさりげなく取り込むことで、ポップミュージックとしての強度を高めているところもポイントだろう。


 そして言うまでもなく、楽曲の中心を担っているのは北川悠仁、岩沢厚治のボーカルだ。岩沢が精緻な表現力によって陰鬱な「マボロシ」の世界観を描き出し、北川がエモーショナルなボーカルで濃密な感情を宿らせる。そしてふたりの声が合わさり、〈鮮やかに今 目の前蘇る〉というサビのフレーズが響いた瞬間、リスナーは圧倒的なカタルシスへと引きずり込まれるーーそう、新機軸を打ち出した「マボロシ」は、デュオとしてのゆずの魅力を改めて示す楽曲でもある。アコースティックデュオからスタートし、ロック、エレクトロ、ラテンなど幅広い音楽を吸収しながら、自らの作風を広げてきた彼ら。「マボロシ」のように大胆な作風にチャレンジできるのも、“ふたりで歌えば、ゆずになる”という圧倒的な確信があるからだろう。


 「マボロシ」はMVやアートワークにおいても、楽曲の世界観と重なる、きわめて刺激的なクリエイティブが展開されている。


 RADWIMPS、サカナクションなどのMVを手がけてきた映像監督・写真家の島田大介のディレクションによるMVは、雨が滴り落ちる水面のシーンから始まる。舞台となっているのは、架空の廃墟。北川、岩沢は別々に登場し、それぞれに異なるストーリーが描かれていく。歌唱、演奏シーンは一切なく、先鋭的なショートフィルムのようなMVだ。全編に渡り陰影を強調した映像も、強いインパクトを放っている。


 メインビジュアル、およびジャケット写真は、ファッション、ポートレート、静物など幅広いフィールドで活躍している写真家・北岡稔章が担当。「様々な偶然の出会いがあり愛が生まれるように、偶然の持つ強さを引き出すために縦、横、などは考えず、お二人が出す雰囲気を感じるがままに多重露光を使用し撮影しました」という写真は、水面の揺らぎと感情の起伏をリンクさせた、危うくも美しい仕上がり(楽曲の特設ホームページのトップ画面に指で触れると水面が広がる仕掛けも)。また、このアートワークから派生した写真展『ゆず マボロシ展』が12月7日から東京・CLASKA 8F“The 8th Gallery”で開催。音楽と写真の有機的なコラボレーションが期待できそうだ。


 これまでのシングルの表題曲は“ポップで前向きなアップチューン”もしくは“強いメッセージを放つ”イメージが強かったゆず。楽曲、アートワークを含め、痛みを伴うような切なさ、ダークで陰鬱な世界観を前面に押し出した「マボロシ」は、彼らの音楽世界をさらに広げることになるだろう。デビュー20周年を超えた今も、メジャーシーンのど真ん中で高い人気を維持したまま、自らのイメージを打ち破るような果敢なチャレンジを続ける。固定概念に捉われないその姿勢こそが、ゆずの最大の魅力であり、多くのファンを惹きつけ続ける理由なのだと思う。(森朋之)