トップへ

誰でも“可愛い声”のVTuberに? ボイストランスフォーマー「VT-4」実機レビュー

2018年11月30日 11:12  リアルサウンド

リアルサウンド

写真

 「ボイスチェンジャー」というものがある。これはその名の通り入力した声を加工して出力するエフェクターの一種であり、設定次第で様々な声色を操ることができる。


(関連:ボイス・トランスレーションーー“バ美肉”は何を受肉するのか?:後編


 そんな「ボイスチェンジャー」が近年、バーチャルYouTuber界隈を発端にして大きな注目を集めている。今回はその背景説明と、Rolandから新たに発売されたボイストランスフォーマー『VT-4』の実機レビューを併せて行っていこうと思う。なお、VT-4は厳密に言えばボイスチェンジャーではない、ということ注釈として先に記しておく。


■可愛い女の子になりたいという欲求
 バーチャルYouTuberは、ガワ(見た目)を自由に作れる。なろうと思えば男にでも女にでも、果てはガイコツにでもなんでもなれる。もし生まれ変われるのならば可愛い女の子になりたいーーそんな妄想をしていた一部の男子に取って、この文化はまさにうってつけだった。


 何より、「のじゃおじ」ことねこます氏の登場はまさにその思想に寄るところが大きい。彼は「狐娘になりたい」という欲望をたった一人で追い続け、実現した。事実「彼に影響されてバーチャルYouTuberを始めた」という人は後を絶たない。今ではある程度のノウハウがネットでシェアされ、誰でもやろうと思えば(ある程度苦労すれば)モデルを作ることができる。この環境があるのも、ねこます氏が先立って知見を広くシェアしていたおかげだろう。


■立ちはだかる“声”という壁
 3Dもしくは2Dのモデルに自分の動きを対応させるバーチャルYouTuberというシステムは、大勢の”外見”を美少女へと変えた。しかし「声」だけが大きな課題として彼らの前に立ちはだかり続けた。ある者はそのままの声で。ある者は最初から喋ることをせず。ある者はボイスロイドに代弁させ。そしてある者は自分の声を加工することに心血を注いだ。


 初期からボイスチェンジャーを使っているバーチャルYouTuberの参考例を出したいが、名指しで「これはボイチェンだ」などと言うのは野暮に他ならない気がするので、やめておく。とにかく、バーチャルYouTuberの流行と同時に、いくつかのボイスチェンジャーに注目が集まり始めた。筆者が覚えているのは「恋声」、「神ボイスチェンジャー(VCS)」、「Rovee」、そしてVT-4の前身である「VT-3」。多くの人間がこれらに手を出し、そして絶望する。何故なら、ボイスチェンジャーで「可愛い女の子の声」を出すのは至極困難だからである。恥ずかしながら筆者も夢を打ち砕かれた者の一人だ。ボイスチェンジャーによってはいくらパラメータを調整しても、みんな「同じような声」になってしまう、これも問題であった。多少可愛い声が出せたとしてもこれではアイデンティティが担保できなかったのである。


■バ美肉文化の隆盛
 そんな折、にわかに「バ美肉」という言葉がインターネットで散見されるようになった。どこから説明したらいいのか困るが……まず辿らなければいけないのは「イラストレーター」だろうか。


 そもそもバーチャルYouTuberには元々イラストレーターの人間が多い。モデルの製作、特にLive2Dモデルに関しては彼らの土俵だからだ。そんな「本業イラストレーター」のバーチャルYouTuberの中でも、自分のことをぼかさず「元々イラストレーターのおじさんです」と公言している人々が集まり、少しずつ界隈を作り始めた。


 その代表格と言ってもいい「りむちゃん」と「まきちゃん」、「魔王マグロナ」氏らが2018年6月に生放送で企画した「バーチャル美少女セルフ受肉おじさん女子会ワンナイト人狼」───略して「バ美肉おワ人狼」こそが「バ美肉」の語源である(アーカイブが無いようなので同じ系譜を持つ別の動画を貼っておく)。


■バ美肉の意味
 前述したように、「バ美肉」とは「バーチャル美少女受肉」の略称である。厳密に言えば「バーチャル美少女受肉したおじさん達がワイワイしている地獄のようなコンテンツ」を指すものだ。なお「地獄のような」というのもかなり重要で、この言葉は彼らーーバ美肉おじさん達ーーがやっている「コンテンツ」を端的に表す為によく用いられてきたものである。このように本来は「おじさん」「地獄」という意味合いを含んでいるのが「バ美肉」なのだが、あまりに語感がキャッチー過ぎたせいか今では「バーチャル美少女の肉体を手に入れる」という広い意味で使われがちである。ちなみに、「受肉」という言葉だけであれば、「委員長」こと月ノ美兎が2018年4月にclusterで行なったイベントでも登場している。初の3Dモデルお披露目イベントで彼女が放った言葉が「受肉した」であった(なお、宗教用語である「受肉」とは一切関係無い)。


 もしバ美肉文化に興味を持ったのなら、2014年から活動している「みゅみゅ教授」を分析しても面白いかもしれない。


■バ美肉おじさんの中でも異彩を放つ「魔王マグロナ」
 バ美肉おじさん達はバーチャルYouTuber界隈に「新しい地獄コンテンツの面白さ」を上手く広めたが、その中の一人である「魔王マグロナ」氏はもう一つの衝撃を界隈に与えた。それこそが「ボイスチェンジャー」の圧倒的な効果である。


 これは現時点で彼のチャンネルにある最新の生放送アーカイブだが、この通り女の子の声にしか聞こえない。彼自身が「おじさん」であることを公言している以上、ここでは彼を「彼」と呼ぶが、もはやそれすら憚られてくるほどに彼は女の子にしか見えない。なお筆者は彼のくしゃみを聞いて普通に心臓が跳ねた。記事冒頭で「ボイスチェンジャーで女の子の声を出すことは難しい」と述べたが、”不可能では無い”ということを広く知らしめたのは間違いなく彼だろう。結果としてボイスチェンジャー、特に彼がよく使用している「恋声」及び「VT-3」は再び注目を集めることとなった。彼の詳しいプロフィールについてはネットに多くの記事があるのでそちらを参照してほしい。


■VT-4の登場とレビュー
 彼がよく使用していたボイストランスフォーマー「VT-3」の後継機、「VT-4」がRolandから発売された。価格は26,000円で、「恋声」などのフリーソフトに比べるとその値段に足踏みしてしまうかもしれないが、マグロナ氏にRolandから実機が貸し出されていたり、明らかにバーチャルYouTuberを意識した売り方だった為に注文が殺到。現在品薄で中々手に入れることができず、場所によっては7万円ほどで出品されているので、26,000円で買えるなら安いだろう。なお7万円での取引は明らかに異常なので、時間がかかっても定価で手に入れることをオススメする。


 こちらがVT-4の箱。「ボイストランスフォーマー」という肩書きで、本来は声を色々と加工して音楽に乗せ、独特なサウンドを手に入れる為のもの。


 裏側には単3電池を格納できるボックスがある。VT-3は別に電源を用意しなければ使えなかったが、VT-4からは電池さえあればどこでも電源を入れられるようになった。マグロナ氏いわく「これのおかげで誰でも手軽にボイチェンカラオケができる」とのこと。


・VOLUME:ボリューム。出力される音声の大きさを調整する。
・MIC SENS:マイク感度。感度を高くすれば小さな声も拾うようになる。(その分環境音も拾う可能性があるので注意)
・PEAK:ピーク。これがしばしば点灯していると入力音声が大きすぎるということ。
・ROBOT:声のピッチ(音程)が強制的に均一にされ、ロボットのようになる。
・MEGAPHONE:そのまんま、メガフォンのような声になる。
・KEY:AUTO PITCHのキーを設定する。例えばこれを「C」にしてAUTO PITCHのツマミを右に回せば、Cキーのスケールに合わせて音程が補正される。
・MANUAL:押すと現在のスライダーやAUTO PITCHのつまみ設定が反映される。
・BYPASS:押すとエフェクトが強制的に無効になる。
・PITCH:声のピッチが変わる。上下、プラスマイナス1のオクターブまで変化させることができる。
・FORMANT:声のフォルマントを変更する。+にするほど男性の声に、-にするほど女性の声になる。
・VOCODER:押すとボコーダーエフェクトがかかる。かなりホラーな感じ。
・HARMONY:押すと声にハーモニーが重なる。
・AUTO PITCH:「KEY」ツマミで設定したキーに音程を補正する際の強弱を調整する。強くすればするほど補正された声は正しい音程になるが、ケロケロとした声になるので注意。逆に狙ってケロケロした声にする場合はこのツマミを強くする。
・BALANCE:入力した音声(普通の声)と加工した音声のバランスを調整する。マックスにすると加工された音のみになる。
・REVERB:残響音を加える。
・MEMORY:上にある数字のボタン。ここに自分の設定を保存することができる。


 左に電源、その隣にUSB端子があり、A to BのUSBを使ってPCに接続すればオーディオインターフェースとして使うことができる(ドライバは接続すれば自動的にインストールされる)。、VT-4からはPCへの入力音声(もしくはVT-4からの出力音声)をオーディオデバイス上で「DRY」「MIX」「WET」から選べるようになるなど、指定しておけば加工された音声のみがPCに入力される。


 その隣がMIDI端子とマイク端子、LINE出力端子。PCに接続しない場合は、マイク端子(キャノン)から入力された音声をLINE出力端子からミキサーやアンプに流し込む。それぞれで使うケーブルが違うので買ってすぐに使いたい場合はケーブルも最低限揃えておきたい。MIDI端子はあまり使わないと思うが、一応説明しておくと、MIDIキーボードなどのMIDI入力機器を接続してMIDI情報を入力すると、それに合わせて声が変化する。


 PHONESにヘッドホンやイヤホンを接続すると、マイクから入力して加工された音を聴くことができる。またPCに接続してオーディオインターフェースとして設定すればPCの音もここから聴くことができる。ただし3.5mm端子で、ヘッドホンは端子を変換しなければならない場合もあるので注意。隣は同じく3.5mmのマイク入力端子。LINE OUTの設定ツマミは、出力される音声をステレオかモノラルのどちらかに切り替えることができる。


 たとえばLINE OUTの設定ツマミをステレオにしておけば音声はステレオで出力されるが、モノにするとLINE OUTの「R」からはエフェクトのかかってない音(BYPASS)が、「L」からはエフェクトのかかった音がそれぞれ出力される。リバーブなどのエフェクトを使うのであればステレオで、純粋に加工された声のみを使う場合はモノに設定して「L/MONO」から出力する。


 PHANTOM(ファンタム)は、「ファンタム電源を必要とするマイク」を使用する場合のみオンにする。主にコンデンサーマイクはファンタム電源供給が必要な場合が多いので忘れないように。


■実際に可愛い声に挑戦してみる
 で、筆者が軽く(丸2日間)いじってみた結果は……いかがだろうか、23歳の独身男性が自宅でこれをやっているのだから、まさに「地獄」と呼ぶには相応しい。声優を志している方などは失礼に感じる言い方もしれないが、別に筆者は声優を目指しているわけではない。女の子になろうとしているのだ。ピッチとフォルマントを少し上げただけだが。歌わないのでAUTO PITCHは切ってある。


■使用感
 やはり「Rovee」、「恋声」などPCのソフトウェアと違って圧倒的な点は「低遅延」だろう。PCのソフトの場合、PCスペックによっては処理が追いつかず声が出力されるまでにラグが生じる。実際に経験すればわかるのだが(筆者は以前Roveeを使っていた)、出力される音声にラグがあると実に喋りづらい。その点「VT-4」は外部機器であり、処理はこの機器の中で高速で処理されるため、どのような環境であってもパフォーマンスを保つことができる。また「VT-4」からローカットフィルター、ノイズゲートやエキサイターなどの音質補正エフェクトがデフォルトで実装された為、「VT-3」よりも綺麗な声を簡単に出すことができる、という印象だ(「VT-3」は別でエフェクトをかけて調整する必要性があった)。


 しかしながら「女の子の声を出す」という点においては、やはりまだまだ簡単とはいかない。フォルマントを上げすぎると事件現場に居合わせた人の証言VTRのような音声になるし、かといって下げすぎると「声が高い男の人」ぐらいにしかならない。ここに関しては「声の出し方」を変えつつ、と「ピッチ及びフォルマント」が絶妙にマッチするポイントを地道に探っていくしかない。実際、上に貼った音声も「ボイスチェンジャー」感の抜けない声になってしまっている。しかしながら、「Rovee」などで調整した時よりは多少可愛い声が出せた気がする。気がするだけだが。


■マグロナ氏は何故可愛い声になるのか
 これに関しては諸説あるが、彼の地声がそもそも「ボイスチェンジャー」と相性が良い、というのが大きな要素としてある。そしてさらに可愛くなるよう声の出し方を変えている。ちなみに筆者の体感では、普段と違う声の出し方で普段と同じ喋りをするのは困難を極める。かなりの練習が必要なものらしい。


 そして何より彼は加工された声をさらに聴きやすくする為、さまざまなエフェクトを用いて調整、及び研究を続けているらしい。無論先に書いた通りボイスチェンジャーとの相性(ボイチェン適正とも言われる)も大事だが、マグロナ氏の声は一朝一夕のものではない。それを裏付ける努力が確かにある。ここについては彼の配信などで語られていることが多いので、可愛い声が出したい人は研究するべきだろう。


■「VT-4」は買いか、否か
 筆者の独断で言うならば、買いだ。ボイスチェンジャーで可愛い声を出すのは、難しい。しかし、繰り返しになるが、「できないことはない」のだ。そこにわずかながらでも可能性があるなら、努力の価値は確かにあるだろう。「VT-4」を使って誰でも簡単に可愛い声になることはできないかもしれないが、ボイスチェンジャーとしての質は間違なく高い。挑戦の投資として26,000円は安いものだろう。マグロナ氏だけでなく、バーチャルYouTuberの「オニャンコポン」氏も恐ろしく可愛い声を出す。ここにはちゃんと夢がある。


 一応最後にもう一度だけ注釈を入れておくが、「VT-4」はバーチャルYouTuberの為に作られたものではないし、そもそも可愛い女の子の声を出すためのものでもない。しかしその商品名がバーチャルYouTuberの略称である「VT」の字を持っている、ということに、不思議な因果を感じざるを得ないのも、また事実だ。


(じーえふ)