2018年最終戦アブダビGPはメルセデスのルイス・ハミルトンがポール・トゥ・ウィンで王者の貫禄を見せつけた。
しかし全く危なげのない勝利のように見えたが、実はそうではなかった。僚友バルテリ・ボッタスがタイヤを壊して後退したように、ハミルトンも常にタイヤに不満と不安を抱えながらのレースだった。それを勝利へと導いたのは、ハミルトンの腕とメルセデスAMGのエンジニアリング能力が一体となった彼らの強さだ。
メルセデス(以下、MGP)「後ろはBOT(ボッタス)、VET(セバスチャン・ベッテル)がP3、RAI(キミ・ライコネン)がP4だ」
まずはスタートで首位を守ってボッタス、フェラーリ勢を後ろに従え、ニコ・ヒュルケンベルグ(ルノー)の事故処理のために入ったセーフティカーが明けると同時にじわじわと引き離していく。
MGP「BOTとのギャップは1.1秒。ギャップ1.4秒。気持ち良く走れている状態ならストラット3に変えてくれ」
しかし予選Q2をウルトラソフトタイヤで通過しスタートにそれを履いたにも関わらず、ハミルトンのタイヤは性能低下が早かった。
ハミルトン(以下、HAM)「グリップがすごくプアだ、特にリヤタイヤだ」
ハミルトンがそう訴えたのは6周目。翌7周目にはキミ・ライコネンのマシンがコース上に止まりバーチャルセーフティカー(VSC)が出たため、メルセデスAMGはここでハミルトンをピットインさせ早々にスーパーソフトタイヤに履き替えて最後まで走る作戦に出た。
コースに戻るとハミルトンは3強の最下位5番手。VSCが解除されても他車はなかなかピットインせず、自身のスーパーソフトのフィーリングが決して良くないこともあってハミルトンの不安は募った。
HAM「BOTとVETの状況は?」
MGP「今チェックしているところだ。何か分かったら知らせるよ。VSCが解除されたらHPP8ポジション5」
HAM「彼らの後ろでコースに戻ることになるって分かっていたの?」
MGP「そうだよ。我々はこのタイヤで最後まで行くことは忘れるな。前のVER(マックス・フェルスタッペン)はハイパーソフトタイヤ。オーバーヒートに苦しんでいる。ディレイト(ディプロイメント切れ)が早めに起きていると訴えている」
ハミルトンはリヤタイヤのデグラデーションが早くも進んでいると訴えるが、実際にはスライドによるオーバーヒートだった。
MGP「今の最大の目標はBOTを我々のSCウインドウの内側に留めておくことだ。今9秒前方、ウインドウは約10秒だ」
HAM「リヤタイヤがタレてしまっている」
MGP「心配するな、BOTと9秒差なら大丈夫だ」
HAM「本当に正しいことをしているのか?」
MGP「あぁ、その通りだよ。ギャップ9.0、BOTは45.0」
MGP「リヤのグリップ不足はオーバーヒートのせいだ。ツールを使って調整しろ」
15周目にセバスチャン・ベッテル、16周目にはボッタスがピットインしてハミルトンの後ろに回った。
MGP「君はタイヤを上手くマネージメントしているが、ターン5~7で少しスライドしているよ。(暫定首位のダニエル・リカルド)RICと同じペースで走れれば良い。セーフティカー(SC)ウインドウ内にさえ置いておけば大丈夫だ」
21周目、アブダビでまさかの雨雲が接近してくる。メルセデスAMGはいち早くハミルトンにその情報を伝え、心とタイヤの準備をさせておく。
MGP「この後に雨が降る恐れがある。インターミディエイトには履き替えたくないから、タイヤを最高の状態に保っておいてくれ」
24周目に雨が落ちてくるが、数周で雨は通り過ぎた。ピットからの的確なアドバイスで、ハミルトンは混乱もなくペースを維持して走り続けた。
HAM「雨だ」
MGP「ここから5分ほどは少し雨脚が強い予報だ。VETはリヤに苦しんでいると報告している。ブレーキバランスを少し後ろ寄りにして対応しろ。雨はかなり小雨ですぐにやむからステイアウトだ。もし想定外のことが起きたらすぐに知らせてくれ」
ハミルトンは「このタイヤは全く良いフィーリングじゃない」と訴えながらも、まずまずのペースを維持してリカルドに次ぐ実質トップの位置を走る。
コーナーの入口でデフの使い方やリフト&コーストをすることによってリヤのスライド量を減らしオーバーヒートを防ぐ。メルセデスAMGはハミルトンに最適なタイヤマネージメントのためのアドバイスを送る。
MGP「BOTは43.4。ギャップは6.7。BOTとの比較で負けているのはターン2~3、ターン17のリフト&コーストによるもの。必要だと思ったときだけやってくれ」
MGP「デフをオープンにすることとブレーキバランスを考えろ」
リカルドがタイヤを使い果たしてピットインするとハミルトンが再び首位に浮上する。しかし2位ボッタスはタイヤマネージメントに苦しみ、38周目にベッテルに抜かれ、40周目にタイヤが壊れて2度目のピットインを余儀なくされてしまった。これで2位にはベッテルが上がり、ハミルトンよりも速いペースでギャップを縮め始めた。
HAM「僕はこれ以上のペースはないよ」
MGP「まだ6.5秒ギャップがあるよ。VET42.8、ターン3でセーブしていなくてこのタイムだ。彼と較べてメインロスはターン9だ」
しかしこの頃になるとハミルトンのタイヤも温度が安定しフィーリングが向上してきた。
HAM「タイヤはOKだ」
結局、じわじわと迫るベッテルに決定打を与えることなく55周を走り切ったハミルトンがトップでチェッカードフラッグを受け、今季11勝目を挙げた。
外から見れば楽勝のように見えるが、実際には技術の限りを尽くして困難を乗り越えた末の勝利。ハミルトンの腕とメルセデスAMGの技術力、チームが一体となってあたかも楽々とクルージングしているかのように勝ち獲った2018年のメルセデスAMGらしい勝利だった。
MGP「イエス! やったなルイス! 素晴らしい2018年だった。今日だけでなく、1年を通して本当に素晴らしい走りだったよ。メインストレートのファンの人たちにもドーナツターンを披露してあげてくれ」
HAM「スイッチ変更は?」
MGP「変更の必要はないよ、ストラット8のままで大丈夫だ」
2018年に好バトルを演じ認め合ったベッテル、そしてこのレースを最後にF1から去るフェルナンド・アロンソとともに3台でドーナツターンを披露。こうして2018年の最終戦に華々しい幕を下ろしてみせたのだった。