トップへ

ロマンチシズムと暴力が交差する 『ボーダーライン:ソルジャーズ・デイ』は“現代的西部劇”に

2018年11月28日 12:02  リアルサウンド

リアルサウンド

写真

 メキシコの麻薬組織(カルテル)と戦う女性FBI捜査官を描いた前作『ボーダーライン』(’15)から約3年、続編となる『ボーダーライン:ソルジャーズ・デイ』が日本でも公開となった。シリーズの売りである激しい戦闘シーンやバイオレンス描写もふんだんに盛り込まれ、アメリカとメキシコの国境をテーマにしたストーリー性も受け継がれた本作。また、1作目の公開時と比較してもっとも大きな変化は、何といってもドナルド・トランプの大統領就任であろう。メキシコとの国境に壁を作り、その費用をメキシコ側に負担させると奇天烈な主張をする新大統領が誕生して以降、国境にまつわる物語はより生ぐさい現実味を帯びて観客へ訴えかけるようになった。現実の側が映画へ近づいたという点においても、いま見るべきフィルムである。


参考:『ボーダーライン:ソルジャーズ・デイ』が浮き彫りにした、“続編映画”の在り方


 シリーズ2作目である本作は、アメリカ国内の商業施設で発生したテロ事件から始まる。多数の死者を出したテロ実行犯は、メキシコからの不法入国でアメリカへ侵入し、事件を起こした疑いが持たれている。犯人のアメリカ入国にメキシコの麻薬組織が関与したと考える政府は、麻薬組織をテロ集団とみなし、その壊滅を指示する。政府から指示を受けたCIA工作員マット(ジョシュ・ブローリン)は、組織を直接に攻撃するよりも、組織どうしの抗争を煽ることで共倒れを狙う作戦が効果的だと主張する。メキシコで麻薬王の娘を誘拐し、これを敵対組織の仕業だと見せかけることで抗争を開始させようという大胆な作戦を立案し、学校帰りの少女が誘拐される。


 前作の重要なせりふ「法の秩序が残る場所へ行け」「ここは狼の地だ」が示すように、本シリーズでは、ひとたび国境を越えれば法や警察が味方してくれない残酷な社会があり、誰もが剥き出しの暴力にさらされるほかないという恐怖が描かれている。メキシコとは「狼の地」であり、その無秩序な場所で人びとはただ獣のように殺しあっているのだ。とはいえメキシコの麻薬組織は、アメリカ人が麻薬を大量に消費するからこそ存在するのであり、メキシコに蔓延する暴力はアメリカが後ろめたい快楽を得るための代償でもある。アメリカ人がみずからの快楽をむさぼった結果、メキシコは無法地帯とならざるを得ない。ゆえにメキシコに蔓延する暴力や犯罪は、アメリカがいずれ支払わねばならないツケでもある。


 本作に出てくる、見渡す限りの砂漠、人気(ひとけ)のない荒涼とした土地は、西部劇に典型的なイメージであり、誰も助けに来る者がいない状況を強調する。人里離れた場所では法の秩序に頼りにくく、頼れる者は自分自身以外にいないというのがアメリカにおける銃所持の根拠のひとつでもある。「日本など他の先進国のように比較的治安の安定している国で、都市生活を送る人間には想像しにくい部分もあるが、隣家まで20キロ、最寄りの町まで50キロなどという居住環境もめずらしくないアメリカの地方では、異常事態が発生した場合、警察官の到着をただ待つわけにはいかないのが実情だ」(『銃に恋して 武装するアメリカ市民』半沢隆実/集英社新書)。こうした状況下、暴力や銃はより切実な意味を持つ。劇中、何台もの重装備車をつらねて警戒しながら砂漠を走るものものしい場面は、いかなる暴力が勃発しようとも助けを求められない状況、無秩序の不安をビジュアルとして示している。たとえば『ノクターナル・アニマルズ』(’16)がそうであるように、見渡す限りの砂漠とは法の秩序が行き届かない場所であり、いつどのような事件に巻き込まれるかわからない恐怖を伴う。秩序の不完全な場所における生存をかけた戦い、それが西部劇的なテーマだ。従って本作は、現代的な意匠を施された西部劇だといえる。


 物語後半において、隣国との関係悪化を懸念した米政府は、作戦の中止を指示する。結果、CIAと行動を共にしていた謎の男アレハンドロ(ベニチオ・デル・トロ)は使い捨てられ、誘拐した麻薬王の娘イサベルとふたり、メキシコの地に取り残されてしまう。さらに政府は、事実をもみ消すためにアレハンドロとのイサベルの殺害命令を出した。かくして、窮地に陥ったふたりが不法入国者を装ってアメリカへ戻ろうとする展開はすばらしいの一言。この後半の展開には唸ってしまう。まるでコーマック・マッカーシーの小説を読むような、アメリカらしいロマンチシズムと暴力の交差に胸を打たれる。かけがえのない“何か”を守るために国境を渡る者たちの物語とは、まさにコーマック・マッカーシーが繰り返し描いてきた世界だ。国境を渡ってアメリカへやってきたメキシコの牝狼と出会った少年が、狼を故郷の山へ戻すために旅へ出る『越境』(ハヤカワepi文庫)や、高級娼館に買われていった女性のために命を賭けて戦う『平原の町』(ハヤカワepi文庫)など、彼の〈国境三部作〉にも通じるドラマを感じた。アメリカ文化を追求していくと、どうしても苛烈な暴力につきあたってしまう。アメリカ特有の、社会における暴力のあり方についても考えるところの多いフィルムであった。(文=伊藤聡)