中高卒者の就職支援を行うハッシャダイは11月24日、東京大学駒場キャンパスで「白熱ヤンキー教室@東京大学駒場祭」を開催した。東京大学の学園祭におけるイベントで、NPO法人Bizjapanとの共催となる。
イベントでは、中高卒の若者の現状と今後の可能性について考えるパネルディスカッションが行われ、少年院で法務教官を務める安部顕さん、ラッパーの晋平太さん、ハッシャダイの勝山恵一さんの3人が登壇した。
レポート前編では晋平太さんの「ラップの力」について紹介する。ハッシャダイは「ヤンキーインターン」という、中高卒の若者に自らの選択肢を広げることを目指したプログラムを無料で提供している。営業やプログラマーの育成や英会話講座などに加え、晋平太さんが講師を務める全3回の「ラップ実践講座」もあるといい、晋平太さんが講座の様子を語った。
講座の初回では、いじめと闘うラップ少年を描いた英国の映画『Hopeful』を一緒に鑑賞して、自分をさらけ出すことはかっこ悪くはないということを伝える。そして、受講者は次回までに自己紹介ラップを作る。なぜ東京に来たか、今まで何をしていたのか、これから何をしたいのかなど人生を語ってもらうという。
「ドラッグやってるんじゃない? って言われるけど、本当は知的で精神的な遊戯」
晋平太さんは「ハッシャダイに来る人たちは変化をもとめている。『変わりたい』というエネルギーが凄くて、そういう人は自分のストーリを語れる。それを引き出してあげるだけ」という。しかし突然ラップをしろと言っても、抵抗があるのではないか。
「お調子者からやらせていきます。すると『お前もやれよ』って連鎖していって、みんなやらざるを得ない状況に(笑)。ラップって知的な作業なので、率先してやっているやつだからといって上手いわけではなく、小さい声で嫌々ラップしてる人のがめちゃめちゃ響いたりしますね」
少年院で法務教官として働く安部さんは「普通に生きてきた人は、自分の人生と向き合うことは少ない」と語る。ハッシャダイや少年院に来る人は自分の人生に疑問や不安を持っており、同年代より考える機会があったので自分を語れるのではないかと指摘する。
「僕も少年院で自分が企画したダンス指導をしているのですが、ダンスは技術ではなく自己表現だなと思うことがあります。多分彼らにとって、ラップも同じなのではないでしょうか」(安部さん)
晋平太さんも「初めてラップに挑戦する人のラップって、いいんですよ」と話す。
「真っ赤な顔でリズムに乗れるかどうかもわからなくて、めちゃくちゃ必死にめちゃくちゃ一生懸命やる。大切なことってそれなんじゃないかなって。人に届けるには技術も大切だけど、初めてのラップは最高。どれ聞いても泣いちゃうくらい。やってる側も泣く」
晋平太さんは今でも「ラッパーってドラッグやってるんじゃない?不良でしょ?」と言われるというが、「でも本当は知的で精神的な遊戯。危険な部分も含め大好きなんですけど、そうじゃない側面、文化的な側面が知られていない。広めたら普通の人でも受け入れてくれると思う」と話した。
ラップがアンガーマネジメントに 「少年がキレたのには、別の理由があった」
ラップ講座の前後に、参加者の自己肯定感を調査したところ、受講前の自己肯定感は大学生平均を下回っていたが、受講後には平均を上回るようになったという。
自分の過去を振り返りながら弱みをさらけ出し、強みとして捉え直す、ラップ特有のプロセスが影響していると考えられるという。ラップでは「レペゼン(represent/〇〇を代表するという意味)」という特有の「自称文化」がある。社会・地域の文脈の中で自分を新たに捉え直すことで、意識にも変化が起きるようだ。
晋平太さんは以前、日本全国を旅し、各地、各コミュニティのラッパーと交流したことがあった。ラッパーの特徴として「自己主張をする人が多い」といい、「自分のことが好きだし、支えてくれる仲間・家族も大事にします」と話す。
「自分を育ててくれた街のことも大切にします。ラップ作りは自身の内省が大切になります。自分は誰で、どこから来て、何が好きで、何がしたくて、を考える。ラップ作りは『自分で考える力』と『発信する力』の両方が鍛えられます」
自己肯定感の高低は、学力や規範意識、自己有用感などと相関性がある。また、自分が所属している社会・地域に対する否定的な感情も影響してくるといい、これが中高卒者やヤンキーの自己肯定感の低さの要因になっている可能性があると、同社は指摘している。
さらに、生涯の移動距離は学歴が高ければ高いほど長くなる。しかし世の中には大学進学のために上京する人もいれば、その選択肢すら「自分にはない」と思う人もいる。
この選択格差は親の社会階層や、地域、学校など生まれ育った環境が大きく影響してくる。つまり文化資本や社会関係資本の差が、選択格差につながるというのだ。晋平太さんは都内の学習支援教室でもラップ講座を開いているが、「環境的にめぐまれていない、文化資本に非常に乏しい子どもが多い」と指摘する。
「でもラップをしていると、子どもたちも『この人が影響を受けている人はどんな人だろう』と遡っていく。すると映画だったり小説だったり、引用元にたどり着く。モノをすきになることで文化的興味が出てくるし、興味も広がっていく」
晋平太さんは『バリバラ~障害者情報バラエティー~』(NHK)で発達障害や適応障害がある人にアンガーマネジメントのためにラップを教えたこともある。食べ物を「先に食べられた」というだけでキレてしまう少年がいたのだが、なぜ怒ったのかということを丁寧に聞いていくと、別の理由があったという。
「すると『先に食べた』ことは引き金でしかなく、実は学校で多数決があって、なぜ少数派の自分の意見は『間違い』のようにされてしまうのか、ということに憤りを感じていたんです」
これに安部さんも同意し、「『何にキレたの?後ろになにがあったの?』ということは法務教官もやります。小さなきっかけで風船が割れる。背景に何があったのかを考えることが大切なのは同じです」と話した。
「ラップなら弱点や、『俺は少年院にいた』というネガティブなものも主張できる」
このイベントでは何度も「ラップは内省」という言葉が出てくる。現役東大生の司会者・成田航平さんは「自己内省というと就職を思い出す」と話していた。就活でも自己分析することが求められるが、これに晋平太さんは
「自分は就活をしたことがないのでそんなのがあるんだって感じなんですけど、大きな違いは履歴書だと素敵なことしか言わないですよね。絵画コンクールを受賞したとか。それなら僕は『普通免許持ってます』しか言えない(笑)。でもラップは弱点や、何も持ってなかったとか、『俺は少年院にいた』というネガティブなものも主張できるし、強みになることもある。真実味が出ますよね」
と語っていた。ダメな自分も認めるという側面が、自己肯定感の向上に繋がっていくのだろう。晋平太さんはラップには「エデュテイメント」(『エデュケーション(教育)』と『エンターテイメント』の造語)という面もあると指摘していた。
「言葉にはパワーがあって、人を上げることも落とすこともできる。それを分かっている人って中々いない。言われた相手がどういう気持ちになるのかを考えることは教育的なセンテンスになる。それが国語でも道徳でもいれていけたらと思っています。日本人は自己主張が苦手っていうけど、ラップは和歌や短歌と地続きで、現代版だと思っています」
後編に続く