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“スクリーンジェニック”と呼ぶにふさわしい 桜井日奈子、『ういらぶ。』で発揮した立体的な存在感

2018年11月26日 10:22  リアルサウンド

リアルサウンド

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 今年4月に公開された『ママレード・ボーイ』の際に、「桜井日奈子という女優の魅力はラブコメ要素の強い“キラキラ映画”でこそ最大限に引き出されていくにちがいない」と踏んだが、その予感はまさに的中したと言えるだろう。現在公開されている『ういらぶ。』で桜井日奈子が魅せる演技は、これまでの彼女が持ち合わせていた“フォトジェニック”さを超越した“スクリーンジェニック”と呼ぶにふさわしい立体的な存在感を最初から最後まで完璧に発揮していた。


参考:シャツがはだけた平野紫耀、桜井日奈子を抱き寄せる【写真】


 星森ゆきもの『ういらぶ。―初々しい恋のおはなし―』を実写映画化した本作には、“キラキラ映画”に必要なあらゆる要素が凝縮されている。主人公の凛を演じるのは今年大ブレイクを果たしたKing & Princeの平野紫耀で、『花のち晴れ~花男Next Season~』につづいてギャップのあるヘタレ男子を好演。さらに玉城ティナ、磯村勇斗、伊藤健太郎、桜田ひよりと、高い演技力とスクリーン映えする“華”を備えた若手俳優たちが主人公カップルを徹底的にサポートしている。


 そこにドラマ版『ウォーターボーイズ』やミニシアター公開ながら脚本力の巧さで大きな話題をさらった『キサラギ』から、『ストロベリーナイト』のようなメディアミックスのブロックバスター作品までそつなくこなす佐藤祐市監督の安定した演出。序盤の方に何度か組み込まれるCMイン映像のようなタイトルコールに遮られても、すぐに流れを取り戻すだけの引力を維持して、仰々しい表現さえも作品世界へ自然に一体化させる。


 やたらと“リアリティ”が求められるきらいのある日本映画において、“理想”を最大限まで追求する少女漫画作品というのはどうにも内容の薄いものと捉えられがちではあるが、決してそうではないということを、改めて証明した作品といえるだろう。というのも、まず主人公男子のキャラクターは思春期の男子の多くが経験し得る至極普遍的な恋愛への理想からの脱却に悩む存在として描かれ、またヒロインも恋愛を通していかに自分をステップアップさせるかに頭をひねり続ける。


 その2人を支える親友2人の存在は徹頭徹尾見守り役として維持され続け、波風を立てるライバルとして性格が正反対の兄妹を登場させることで、物語の主たる4人の関係性を一切崩さないまま、新しい人間関係の登場によって新しい視点が植え付けられる、成長に伴う社会との関係性が描写されるのだ。“リアリティ”というものは何もマクロの社会でとらえて初めて実現し得るものではなく、高校生の仲間内というミクロの中で発生して完結しても成立する極めて内向的なものであってもいいのである。


 閑話休題、本作で桜井日奈子が演じる優羽というキャラクターは、平野演じる凛に暴言を吐かれ続けてどんどんネガティブ思考に陥ってしまうという少女だ。凛とは両想いでありながらも、素直になれない凛と自分に自信のない優羽はお互いの感情に気付くことができずに空回りをつづけるというもので、いかにして2人の恋が成就していくのかが映画の核となる。もちろん、この優羽という存在がヒロインという立場にいる以上、観客の共感の的にされやすい存在ではあるが、客観的に観るとその凄さは一目瞭然だ。


 登場シーンでは原作と同様に、凛のワイシャツのボタンを留めようとするくだりからはじまる。平野のギャップ演技で作品全体がコメディ的な路線に振り切るのであれば、必然的に桜井の演技もコメディへと振らなくてはならない。それでも彼女に“ギャップ”は伴わない。凛と向き合った時と1人で文鳥に語りかけている時、そして親友でもある暦といる時とのすべてのパターンが同じライン上の並列でありながら、それでもはっきりと対象に対する感情によって左右されるトーンの明暗が浮き彫りになり、そのわずかな差異で笑いを生む。


 すでに序盤から3パターンあったものが、中盤で凛を拒絶するシーンで見せる表情であったり、伊藤健太郎演じる和真の登場によって増え、クライマックスのキャンプ地でのやり取りや、桜田ひより演じる実花の登場によって嫉妬を露わにするシーンなど、感情のバリエーションと比例するようにどんどん増え続けていく。常に挙動不審なヒロインの不安定な心理状態を全身を使って演じ、感情を吸収してすぐさま放出していく姿には、否が応でも目が釘付けになってしまうほどだ。


 数年前に“岡山の奇跡”と言われて大きな注目を集めた彼女だが、女優としての才に関してはまだ疑問の余地が多く残されている。セリフ回しのぎこちなさや、パブリックイメージを超えられるだけの役幅など、よく言えば向上すべき点が多々あるわけだ。それでも、本作で優羽というキャラクターを演じた彼女の表情には、迷いが一寸たりとも感じられない。それだけ彼女には、コメディエンヌとしての才が隠されていたということなのかもしれない。(久保田和馬)