2018年11月26日 10:12 弁護士ドットコム
家庭裁判所で取り決めた養育費。親権者ではなく子どもの権利だと思っていました。でも、それを手にする道のりには、思わぬ敵が次々と立ちはだかりました。突き離されているようにすら感じる制度、銀行の杓子定規な方針、そして費用。
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シングルマザーが立ち向かうには、時間も費用もかかるイバラの道のりでした。養育費を差押えるまでにどんな壁があったのか。私自身の経験をまとめました。(ライター:塚田理恵)
今から7年前のある日。母子2人の生活が始まって3年。予想はしていたけれど、とうとうその日がやって来た。毎月支払われていた7万円の養育費が止まってしまったのだ。その後、思い出したように中途半端な額が振り込まれることは何度かあったが、それも数カ月で途絶えた。
そして養育費とともに、定期的に続けてきた息子との面会も途絶えた。
後になってわかったことだが、ちょうどそのタイミングで、元夫は再婚していた。十分な支払い能力を持ち、再婚相手とタワーマンションに居住していたのだ。『支払えない』のではなく『支払わない』というスタンス。
再婚して元夫は父親を一方的に廃業してしまったのだと思う。
養育費がストップすることは、離婚する時に覚悟していた。養育費は払わない人が多いと聞いていたからだ。でも実際に支払いが滞り始めてみると、それを仕方のないことだと受け入れている自分に違和感がわいてきた。
養育費をもらうことは息子の権利なのに、私が何もせず諦めてしまっていいのだろうか。子どもの権利を行使しないのは怠慢でないのか。そこで、養育費を回収してする手だてを調べ始めることにした。
わかったのは、次のことだった。
・家裁に申し立てをすると、裁判所は差押えを執行する
・申し立て時に、差押え対象(元夫)の口座や給与の支払い元を提示する必要がある
後になってわかるのだが、「差押え対象」の特定と提出こそが養育費請求の最大の関門といっても過言ではない。差押え対象とは、銀行口座や財産のこと。夫婦であっても、相手がどこに(それも銀行名、支店名、口座番号まで!)どれだけ財産を持っているかなんて知らないのでは。ましてや、元夫であれば、なおさらのこと。
相手がサラリーマンであれば、勤務先に給与の差押えを申し出ることもできる。それどころが、交渉において差押えを示唆するだけで養育費を確保できる可能性も高いそうだ。
しかし、元夫は資格を持っていて、転職も当たり前という働き方をしていた。SNSでの発信もしていないし、夫側の親族や知人にも連絡は取っていないため、情報は何もない状態だった。離婚してから数年も経過しているし、追跡は非常に困難なことが予想された(そして実際に、その通りになった)。
元夫は、世界で一番遠い他人になった。子どもがまだ小さいこともあり、リターンが不明確な作業に時間はかけられない。近況がわからない以上、申し立ては先延ばしせざるを得なかった。
養育費の未払い金がある程度まとまった額になり、元夫も気軽に転職できない年齢になる頃まで待とうと決めた。当面なすすべなし。当時、息子は7才、習い事も進路も旅行も、自分がしてあげられる範囲で精一杯していこうと心に決めた。
シングルマザーとして仕事と育児に追われる内に、あっという間に時間は過ぎた。養育費が途絶えて約7年。未払金は約500万を超えた。ちょうどこの頃、養育費請求のアクションを自ら起こさないと時効が成立してしまい、債権はなかったことになってしまうのだと知った。
息子も成長し中学生になった。これから学費や塾代がかかる。元夫の預金がある口座を探し出し、口座の差押えをしよう。重い腰をあげアクションを起こす決心をした。
そこから先は、私ひとりの力で進めることはできない。元夫の戸籍の取り寄せ、銀行への口座有無の照会など、私ひとりではできない。弁護士の力を借りるしかなかった。しかし幸いにも、弁護士である実の弟が、実費だけで動いてくれることになった。
それにしても、勤務先も住所もわからない元夫を相手に、どうやって進めるのか。弟は「銀行に弁護士照会をかけてみよう」という。弟は次のように説明する。
「弁護士会から銀行に対して、養育費を定めた調停証書や(受け取る人の)預金通帳を提示し、未払いであることを伝える。そして、本来支払うべき人の口座があるのかないのか。ある場合、口座残高はいくらなのか照会をかけることができるんだよ」
でも、私には元夫の預金がどの銀行にあるかなんて検討もつかない。ある程度、広範囲の銀行に照会をかけるしかない。ただ一行の照会につき5000円がかかるから、むやみやたらに照会をかけることはできず、費用との兼ね合いで照会先を絞るしかない。
迷った私はメガバンクを含む14行に預金の照会をかけた。それだけでトータル7万円。ただし三井住友銀行だけは諦めることにした。他の銀行が1銀行に対して5000円なのに、三井住友銀行だけは1支店照会をかけるごとに5000円がかかったからだ(注:いずれも2017年7月に実施。現在は対応が変わっている可能性もあります。以下、同)。
こういった場合の照会に協力する気は毛頭ないのだと感じた。それだけではない。口座がないというのは仕方ないが、残念なことに、照会に協力しないスタンスの銀行の回答が他にもありくじけそうになる。
以下、簡単にまとめると、照会の結果は、次のような具合だった。
・該当なし 7行
・該当あり 2行
・取引明細書発行に別途2700円必要 1行
・口座名義人の同意がなければ回答不可 3行
・回答なし 1行
預金残高を開示したのが、住信SBIネット銀行とみずほ銀行だ。1行の残高は2円だったが、もう1行からは未払分の全額を回収できる預金額が明記された回答書が返ってきた。
さあ、あとは家裁に申し立てをするだけ。ところが、そううまくは進まなかった。
手続きをとろうとしたところ、ある事実が判明した。調停内容が書面として元夫に送達されておらず、差押えに必要な『送達記録』が準備できないのだ。送達記録とは、裁判所が離婚の合意事項を書面で送付した記録のこと。彼が合意事項の1部である養育費の支払い義務が自分にある事を認識してしている証拠となる。
10年前、私はある弁護士に依頼して調停で離婚が成立した。調停が終わる際に、元夫、調停員、私・弁護士、裁判官同席で養育費を含めた合意を確認している。それでも夫が自分の義務を認識していることを示す「送達記録」というその紙切れ1枚がないと差押えの手続きはできないというのだ。
この事実が判明すると、弟は「普通、調停が成立したら、送達はするんだけどなあ。今から送達もできるけれども、それをするとよっぽどボーッとしてない限り、預金はメガバンクから動かされてしまって、また振り出しに戻ると思う」と言う。
再び道は閉ざされて、途方に暮れた。
この状況に「やってみなければわからないけれど」と弟は1つの策を提案をしてきた。家庭裁判所ではなく、地方裁判所に財産の仮差押えの手続きを申し立てるというのだ。養育費が長期未払いとなっていること、送達を先にすると預金を動かされる可能性が高いことなどを陳述書にまとめた。
この後、一度呼び出しを受け、78万円の「供託金」といわれる一時的な担保金を法務局に支払うことで、仮差押えは認められた。
が、ほっとするのは早かった。銀行への一斉照会をかけてからここまでで1カ月が経過している。どこかの銀行が元夫に照会があったことを通知している可能性も否めない。
法務局に78万円の供託金を現金で納めてから1週間後、裁判所からみずほ銀行に仮差押えの指示が郵送で発送された。そこからが早かった。その2日後の午前、未払い養育費全額の仮差押えが完了した電話をうける。その後、元夫に送達を実施し、送達記録ができたところで、差押えを実行し、未払い分の養育費を回収することができた。
こうして7年分の未払金は無事、息子の通帳に振り込まれた。ただし、今後の養育費について無事、振り込まれるようになるかはまた別の問題なのだけれど。
それにしても、本当に大変な作業だった。幸いにも弟の協力があって、経済的な負担は少なくて済んだが、時間の限られたシングルマザーにとっては負担の大きな手続きだった。裁判所という場所も、郵送や実際に足を運ばなくてはならないことが多く、IT化が進んだ時代とは思えない場所だった。子どものためにも、親権者が養育費を容易に確保できるよう制度を整えてほしいと切に願う。
(弁護士ドットコムニュース)