トップへ

タイトル決定戦のクライマックスで最終融合。クールでホットな山本&バトンのコンビ力と共闘体制

2018年11月16日 12:22  AUTOSPORT web

AUTOSPORT web

今年からコンビと組んだ山本とバトン。レースウイーク中、ふたりでコミュニケーションを取る姿が良く見られた
「あぁ、やられた!」

 KeePer TOM'S LC500との同時ピットを終えてコースに戻ったRAYBRIG NSX-GTジェンソン・バトンの前に、ZENT CERUMO LC500が思いがけず立ちはだかった。“同点対決”のライバル・キーパーがタイヤ無交換作戦に出てくることを警戒したレイブリック陣営はピットインを引っ張っていたが、その間にフレッシュタイヤに履き替えて追い上げていたZENTが先行する形となったのだ。

 予選のあと、山本尚貴は「相手(キーパー)ばかりを見て戦いすぎても、見失ってしまう部分もあるだろうし」と語っていたが、それが現実になりかけていた。まだキーパーを背後に従えているとはいえ、ZENTが“チームプレー”に出てくる可能性はある。

 バトンはなんとしてでもZENTの前に出なければ、と考えていた。タイヤを多少使ってでも前に出られれば、残り20周の展開は楽になる。バトンはあの手この手でZENTを攻め立てた。だがZENT石浦宏明のブロックはじつに巧妙だった。要所要所をきっちりと抑えてくる。3周トライしたあと、「これはタイヤを労わらないと(キーパーが追い上げてきたら)まずい」と考え直したバトンは、石浦と間合いを取って自らのタイヤについたピックアップを落とし、次なる戦いに備えた。

 予想どおり、ブレーキングに優れるキーパー平川亮はじりじりとマージンを削り取ってきた。追い詰められていくレイブリックのピットでは、伊与木仁エンジニアの言葉を借りるなら「『やっべぇ!』と『行けぇ!』が交錯」していたという。チームとしての初タイトル目前の大ピンチに、尋常ではない緊張感がサインガードを支配していた。

 しかし、当の本人はいたって冷静だった。ピットからは平川とのギャップが無線で伝えられるが、バトンは無言のまま。「今回はピックアップの“ピ”の字も言ってこなかった。クールでしたよ。逆に俺が『プッシュ、プッシュ』って言い過ぎたから、機嫌が悪かったのかもしれない(笑)」(伊与木氏)。

 実際、コクピットの世界チャンピオンがナーバスになったのは、平川に背後につかれた「最初の1ラップだけ」だったという。

「かなりの接近戦のなかでトラフィックに突入していったけど、ミラーで後ろの様子を見ながら、トラフィックを抜いていったんだ。その1ラップを終えたらだいたい(平川の動きが)“読めた”ので、おそらく大丈夫だろうと自信がついた」

 今年、スーパーGTで初めて下位クラスのトラフィックを体験したバトンは、山本の助言も得ながら、貪欲に学ぶ姿勢を見せて一年間で素晴らしい“適合”を見せた。そして最終戦のクライマックスで、見事その成果が発揮されたといえる。“巡り合わせ”もあるとはいえ、平川が「向こうはトラフィックをすいすい抜いていき、僕は引っかかってしまった」とレース後に語ったほど、今回のバトンの走りに隙はなかった。

「(今年身につけたトラフィック処理の)集大成だった」とバトンの走りを評する伊与木氏は、残り2周でキーパーとのギャップが広がったときに「逃げ切れる」と安堵した。一方バトンはここでも冷静で、チェッカーフラッグを見て初めて平川を退けたと確信、ようやくクールな鎧を脱ぎ捨て「イチバーン!」と叫んでいた。緊張と冷静と熱狂。微妙で絶妙な“温度差”が、タイトル決戦の裏側に存在していた。

 伊与木氏はもてぎ戦のターニングポイントとして「持ち込みセット」を挙げる。10月のもてぎテスト、そして直前のオートポリス戦でのマシンの状態はいまいちで、今回も走り出しは少なからぬ不安があったという。

 しかも公式練習はウエット路面から乾いていく状況となり、持ち込んだ2種類のドライタイヤを評価することで精一杯。だが幸いにもマシンのバランスは良好で、土曜日はほとんどセットアップに触ることなく、フロントロウを確保できた。言うまでもなく、予選順位が重要なもてぎで、ライバルに“先手”を打てたことは大きい。

 持ち込みセットに関しては、「研究所と協力し、8号車(ARTA NSX-GT)ともデータなどを共有しながら」(伊与木氏)、熟考を重ねて仕上げてきたという。そのセットアップの精度の高さが奏功した形ではあるが、同時にそれはARTA野尻智紀の驚速PPラップを生み出すことになってもしまい、予選後の山本は悔しさを露わにしていた。そこにはキーパーより前のグリッドを確保できたという安堵感はほとんど感じられないほどだった。

 今季のホンダ陣営には、このように共闘体制を採りながらもガチガチにぶつかり合う気持ちが良い結果を生み出していた側面も感じられた。それはレイブリック“内部”とて同じことで、「ドライバーなので、『自分の方が速い』と思っていないといけない部分はあるし、JBもそう思っているはず。でも我を出しすぎるとうまくいかないということも、お互い分かっている」と山本は決勝前に語っていた。

 もちろんそれはGTの世界では昔から語り尽くされてきた表現ではある。だが、“F1世界チャンピオンをルーキーとして迎え入れる”という特殊な状況のなかでも、その姿勢をふたりのドライバーが貫き、初年度にして結果を出したことは賞賛されるべきだろう。当初その組み合わせを疑問視していた人々にも、一泡吹かせる結末となった。

 速い者は強く、強い者は速い。それを見せつけたレイブリックのタイトル獲得劇だった。

■オートスポーツ 11月16日発売No.1494 スーパーGT第8戦もてぎ250km特集号