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PSクラシックに収録されなかった幻の名作『moon』の話をしよう

2018年11月15日 08:52  リアルサウンド

リアルサウンド

 『ドラゴンクエスト』をクリアするまでに自分が何匹のモンスターを殺したか、そんなことを覚えているプレイヤーはいないだろう。そもそもRPGでモンスターの死は、「たおした」や「やっつけた」のような言葉によって巧妙に隠されている。


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「もう、勇者しない。」


 このキャッチコピーと共に、1997年にラブデリックから発売されたPSソフト『moon』は、既存のRPGを新たな視点から捉えなおした革新的なゲームだった。


 残念ながら『moon』は、今年発売されるPSクラシックに収録される予定がない。しかし、だからこそもう一度『moon』に思いを馳せる機会があってもいいだろう。ゲーム史に名を刻んだ、愛のゲームについて振り返ろう。


アンチRPGという発想


 『moon』のテレビCMは、「もう、勇者しない。」というキャッチコピーと相まって非常に印象に残る。内容は以下の通り。


 『ドラゴンクエストⅢ』の勇者にそっくりな姿をした男がタンスを開ける。すると、その家の家主が「おやめください!」と勇者に嘆願する。しかし勇者は家主の声には耳を貸さず、タンスの中のコインに夢中になっている。


 説明するまでもなく、これはRPGで他人の家を勝手に物色できる仕様を風刺したものだ。そして、『moon』のテーマはまさにこのCMのような「既存のRPGへの批判や風刺」にある。


 『moon』のイントロでプレイヤーは、ゲーム内ゲーム「FAKE MOON」をプレイすることになる。『ドラクエ』と『FF』を混ぜこぜにしたようなこの2DRPGは特に面白みもなく、あっという間にラスボス戦まで進んでしまう。しかし、ラスボス戦が終わる直前に「FAKE MOON」を遊んでいた、『moon』の主人公はゲームの世界に入り込んでしまう。


 さて、ここからがゲーム本編「REAL MOON」なのだが、この世界の勇者は傍若無人な破壊者として描かれている。勇者は可愛らしい動物スライを一刀両断し、民家から「でんせつのよろい(女性用下着)」を盗み、ただの犬を殺そうと追っかけ回す。


 私たちRPGで何気なく行う戦闘やアイテム探しは、視点を変えればただの暴力でしかない。『moon』はプレイヤーにその事実を突きつけてくる。


経験値ではなく「ラブ」を集める


 「ラブ」を集めること。それが『moon』のほぼ唯一の目的だと言っていい。本作には一貫したストーリーはほとんどない。ゲームは主人公が行く先々で起こる断片的なエピソードの積み重ねで進んでいく。


 ラブを集める方法は大きく分けてふたつ。ひとつは、勇者に殺されてしまったアニマル(勇者視点ではモンスター)の体に魂を戻してあげること。そしてもうひとつは、『moon』世界の住人と素敵なコミュニケーションをとることでラブが発生する。


 たとえば、城の兵士イジリーのお願いを聞いて、毎週日曜日に彼のエアプレーンの練習に付き合ってあげれば、そのうちイジリーは上手にエアプレーンを飛ばせるようになり、ラブが生まれる。


 ラブを集めるとラブレベルが上がりフィールドでの行動時間が増えるほか、「愛の免許皆伝」「愛の並卵味噌汁」「愛の大統領」など素敵な称号をつけてもらえる。


可愛らしさと憎たらしさを併せ持つキャラクターたち


 『moon』には他のゲームにはない独特の世界観があるが、その世界観を形作っているのは個性豊かなキャラクターたちだ。ここで全員を紹介できないのは名残惜しいが、筆者がプレイしていて特に印象に残ったキャラを紹介しよう。


 モンスターの魂を神の使いと崇め、最終的に自分が神になってしまうアダー。微妙に難しいミニゲームを仕掛けてくるのだが、ミニゲーム時の音楽が素晴らしく何度でもプレイできてしまう。


 夜な夜な謁見の間に忍び込んで、歌い踊っている兵士のフレッド(元ネタはもちろんQEENのフレディ・マーキュリー)。フレッドの他にも、『moon』には洋楽のアーティストをもじったアニマルやキャラクターが多数登場する。


 ストーリーの各所で主人公の行動に文句をつけてくる、エコ倶楽部の3人(それぞれ森林保護、海洋保護、フェミニズムの担当分野がある)。説教を食らった後にラブが発生する原理がイマイチよくわからない。


 ただ優しいだけでなく、それぞれ個性を持ったあくの強いキャラクターは、『moon』の世界観をより独特のものにしている。


『moon』と時代性


 ここまで『moon』がどういったゲームか軽く紹介したが、ここからは『moon』についてゲーム外の部分から考えてみる。どんな作品も、それが発表された時代と無縁ではいられない。『moon』もまた、発売された当時の時代性に大きな影響を受けているはずだ。


JRPGとバブル


 『moon』の話をする前に、JRPGが成立し人気を博した時代背景について触れておきたい。


 初代『ドラゴンクエスト』は1986年に発売され、『ドラゴンクエストⅢ』の時点では社会現象となるほどのブームを巻き起こす。同じくスクウェアの『ファイナルファンタジー』も、87年に発売され『ドラクエ』と双璧をなす人気タイトルとなった。


 ファミリーコンピューターが発売されたのが85年であるため、86,7年にこれらの人気タイトルがリリースされるのは不思議なことではない。だが、『ドラクエ』と『FF』を代表とするJRPGが日本で支持されたのには、バブルという時代性も影響していたのではないかと私は考える。


資本主義的なゲームとしてのJRPG


 RPGは他ジャンルのゲームと比べ、資本主義的な性質を強く持っている。RPGではほとんどの町に武器屋や宿屋があり、代金さえ払えば強力な装備を揃えてゲームを有利に進められる。RPGを遊ぶうえで、お金は非常に重要だ。


 また直接お金をやり取りする点以外にも、レベルが上がることで着実に強くなっていくシステムも一考の余地がある。日本経済が右肩上がりに成長しており、個人レベルでも年功序列で出世する終身雇用制度がまだ機能していた時代に、キャラが確実に強くなっていくRPGのシステムはフィットしていたのかもしれない。


 既存のRPGのオルタナティブとして登場した『MOTHER』ですら、作中には資本主義の匂いが蔓延している。むしろ、『MOTHER』は舞台が現実になった分、「敵を倒すとお父さんが銀行口座にお小遣いを振り込んでくれる」「デパートでアイテムを買える」など資本主義的な側面が強化されているとすら言える。


成長神話が崩壊した後のゲーム『moon』


 さて『moon』の話に戻ろう。『moon』の発売された97年、日本はバブル崩壊後の不景気に加え震災や地下鉄サリン事件が重なり社会全体が不安定な状態となっていた。社会全体の混沌とした空気は、『新世紀エヴァンゲリオン』や『少女革命ウテナ』が生み出される土台にもなった。90年代のサブカルコンテンツは、どれも一癖も二癖もあるディープなものばかりだ。


 そんな時代に世に出た『moon』は、資本主義的なノリが信じられなくなった人のためのRPGとでも言うようなゲームだった。『moon』には強さのパラメーターは存在しない。またお金の概念はあるものの、買えるのは大したアイテムではなくRPGほどお金に万能感がない。


 強さやお金よりも、目の前の相手とのコミュニケーションを大切にしたい。経済の成長神話が崩壊した後に作られた『moon』は、そんな時代の気分のようなものを如実に反映していたのではないだろうか。


それもラブ。これもラブ。愛に溢れ、いつまでも愛されるゲーム『moon』


 PSというハードウェアに、ラブデリックというインディー的なノリを持った開発元、そこに時代の空気が重なったことで、幻の名作『moon』は誕生したのである。


 PSクラシックにこの名作が入っていないことは残念だが、せめてこの記事で少しでも『moon』について知る人が増えてくれたなら幸いだ。


 また今年10月には、ラブデリックのメンバーが立ち上げたインディーゲームスタジオOnion Gamesからシューティングゲーム『BLACK BIRD』が発売された。こちらも『moon』のような独自の世界観を持った名作であることを保証する。ぜひプレイしてみてほしい。


(脳間 寺院)