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あいみょん×ビッケブランカ×平野義久……『獣になれない私たち』のセリフ以上に雄弁な音楽

2018年11月14日 19:02  リアルサウンド

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 新垣結衣と松田龍平がW主演を務めて話題の水曜ドラマ『獣になれない私たち』(日本テレビ系/以下、『けもなれ』)。『第69回NHK紅白歌合戦』(NHK総合)への出場も決定した注目のシンガーソングライターあいみょんが手がけた主題歌「今夜このまま」は、彼女特有の毒と官能がリアリティとユーモアにベクトルを変え、その分しっかりとドラマに寄り添った作品になり、作家性の幅を発揮している。


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■ビールが大人のしがらみを洗い流す
 『けもなれ』は、新垣演じるOLの深海晶と、松田演じる会計士・税理士の根元恒星が、クラフトビールバーで偶然出会い、見ず知らずの他人だからこそ言える外では言えない本音をぶつけ合いながら、傷つき、癒やされ、また明日へと踏み出していく物語。脚本を『アンナチュラル』(TBS系)や『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系)などを手がけた野木亜紀子が担当した、コメディタッチのラブストーリーではあるが、複雑に張られた伏線と、登場人物たちが抱えるさまざまな問題が少しずつ明らかになるたびに、胸の奥に切ない気持ちが広がっていく。


 その主題歌を歌うあいみょんは、2016年に「生きていたんだよな」でメジャーデビューしたシンガーソングライターで、強烈な個性を放つリアルで刺激的な歌詞の世界観が話題に。彼女にとって初となる書き下ろしドラマ主題歌「今夜このまま」は、自分の持ち味を保ちながらも、『けもなれ』の登場人物たちが“それでも”明日を生きるために、すべてを飲み干し洗い流してくれる爽快さと、本音を受けて止めて寄り添ってくれる温かさが感じられるものになった。


 社会に出ると思い通りにいかないことが少なくない。理不尽な上司、やる気のない後輩、恋人とも上手くいっていない。言いたいことはたくさんあるが、それを言ってしまえたらどんなに楽になることか。複雑な世間のしがらみに絡め取られまいとして、それでも必死に一本の糸をたぐり寄せながら生きていくのが、大人という生き物。そんな大人たちが、その日をリセットして再び明日と向き合うための必須アイテムのひとつがお酒だ。子どものころは、父親が酔っ払って帰ってくる姿を見るのは好きではなかったが、今では新橋のガード下で帰りに一杯なんていう気持ちがよく分かるようになった、という人はきっと少なくないはずだ。実際にドラマでは、登場人物たちの交流の場としてクラフトビールバーが設けられている。とりあえずの一杯が、鬱屈した日常から自分を解放し、そこからまた新しい物語が生まれるのだ。あいみょんの「今夜このまま」は、社会でさまざまなものと戦いながら自分が欲するものを追い求めていく大人の気持ちを、ドラマのキーアイテムである“ビール”になぞらえながら、登場人物たちの心情を絶妙に表現して聴かせている。


■雄弁でありながら没入感を損なわない音楽
 このドラマでは、そんなあいみょんが歌う主題歌「今夜このまま」をはじめ、ビッケブランカが歌う挿入歌「まっしろ」、平野義久(ナチュラルナイン)が手がける劇伴といったさまざまな音楽が、実にドラマの内容や展開とシンクロしながら流れる。白い雪の情景に重ねながら、過去の過ちもすべて白紙に戻せたらどんなにいいか、と歌うバラードの「まっしろ」。美しく奏でられるピアノとともに、どこか淡々としながらも、想いを胸に抱いたような歌声が、ドラマ中に時折訪れる胸を締め付けるような切ないシーンと実にマッチする。晶が流れに身を任せてキスをしてしまう時、彼女の胸の奥に広がっている複雑な心情を、「まっしろ」は妙に言い得ている印象だ。


 平野が手がける劇伴も同様で、必要以上に自己主張することはないが、場面において重要な役割を果たしている。たとえば「愛していれば乗り越えられますか? 苦しくても辛くても」と晶が気持ちを吐き出すシーンや、涙を押し殺そうとするシーン。田中圭演じる花井京谷が、黒木華演じる長門朱里に「愛せなくてごめん」と言って、無言で荷物をまとめるシーン。平野によるストリングスとピアノのしっとりとしたサウンドが、まるでセリフの行間を埋めていくように静かに流れ、さりげなく想像力を掻き立ててくれている。


 獣になれない人たちが、本性を剥き出しにて本音をぶちまける時。言わなきゃ良かったという後悔。とっさにしてしまったキス。二度と変えられない既成事実……。登場人物の気持ちが大きく揺れ動いた時、そこに流れる音楽には、話題性や奇をてらったアイデアは必要ない。そこにあって欲しいのは、邪念のないドラマのためだけにある音楽と、視聴者とドラマをより重ねるための架け橋となる音楽だけだ。その点であいみょんの「今夜このまま」とビッケブランカの「まっしろ」、平野義久の劇伴は、実に絶妙なバランスを持ちながら、セリフ以上に雄弁だ。


■榑林史章
「THE BEST☆HIT」の編集を経て音楽ライターに。オールジャンルに対応し、これまでにインタビューした本数は、延べ4,000本以上。日本工学院専門学校ミュージックカレッジで講師も務めている。